第6話 ENISHI-ing Goes(6)

「親父に昔、縁日へ連れていってもらったことがあるんです」

「エンニチ――あ、お祭りのこと?」


 頷き、静かに続ける。


「うちの家族、というか父親は特に厳格で、滅多に遊びにも連れていってくれないような人だったんです。人のものを羨んだりするのも親父的には気に入らないみたいで。一度だけ、僕がお店のお菓子を盗ったときなんか口が血まみれになるほど殴られましたよ」


 そんな父親がある年――彼が十歳の夏に、一度だけ神社の縁日へ連れていってくれた。


「夜店も手持ち花火も、僕からしてみれば指をくわえて見てるだけの憧れだったので浮かれてました」


 普段と違って甚平を着た父親が、どれか二つ、二つだけ買ってやると言ってくれたのが嬉しかった。

 幼き日の彼は迷いに迷ったが、気分屋な父親の気が変わらないうちにとリンゴ飴を所望した。

 あと一つ。どうするんだ。

 父親は抑揚なく言った。


「紫李さん、“金魚競い”って知ってますか」

「聞いたことなら」


 おっ、坊ちゃんやってくかい? 

 薄暗い屋台の奥からテキ屋のおじさんに声をかけられた。

 ガラス鉢の中で悠然と泳いでいる金魚のからだが透き通っていることに気づき、少年はあっと声をあげた。それは本物の金魚ではなく、まじないを施された血が姿を変えたものだった。

 店の主人は、それと同じものをお客の血でつくって闘わせ、勝ち残ったら景品がもらえるのだとルールを説明した。

 血が濃ければ濃いほど、金魚も強くなる。お父さんと協力すれば、うんと大きな金魚になるよ。

 縁日で遊ぶことまでは許しても、お父さんがそこまで協力的になってくれるとは思えない。少年はおそるおそる、隣に立つ父親を仰ぎ見た。と。


 ん、やるか。


 意外な展開に、彼は面食らった。


「今思えば自分の血の濃さだとか男としての強さだとか、そういうものを証明したかったんだろうって思うんです。古い人間でしたから」


 検診の採血ですら怖がる彼は、注射器の筒に自分の血が溜まっていくのを直視することができずギュッと目を瞑っていた。

 父のものと二本分の血を採り終え、いざ、と主人が金魚鉢に針を浸してプランジャーを押し込んだ。

 マーブル様に広がっていた血はやがて、湯葉のような薄手の布状にまとまり、ふわっと見えない手で緻密な細工が施されていった。

 先に異変に気づいたのは父親だった。


「ガラス鉢の中に現れたのは“二匹の”金魚でした」

「それって……あっ」


 ぷかり、ぷかりと双子のように揺蕩う金魚たちを二階堂は不思議そうに見つめるばかりだった。

 だが彼の父親はそれだけで察してしまった。


 自分と息子との間に、血の繋がりがないということを。


 あっけに取られている店主をよそに彼は、いくぞ、と強引に手を引かれていった。いまだ父親だと思い込んでいる、実の父親ではない人に。人混みを抜けた頃には、手は離されていた。


「家に帰ってからは、親同士の会議が始まりました。子供部屋に押し込まれた僕には、どんな会話があったのかは判りませんでしたが一言だけ『そういうところが嫌だったの』と母が泣いているのだけは聞こえました」


 紫李は無言で耳を傾ける。

 夏休みが明ける頃、両親が正式に離婚して彼は母親についていくことになった。経済的な事情を考えれば不安はあったはずだが、父――元父親が引き取りたがらなかったことは容易に想像がつく。

 翌年に母親が再婚し、彼の苗字が二階堂となった。このときの相手の男性の連れ子が、彼のいう“妹”だった。


「そういうことか」


 ぽつりと紫李が呟くと、二階堂は何か聞きたそうに顔を向けたが「ううん、なんでもない」と誤魔化した。


 血のつながりのない妹。嗜血式神が足跡を辿れなかった理由がこれで判明した。


「妹は、子供ながらに人間ができたヤツでした。性格が良すぎると言ってもいいくらい。だから母親もすぐにあの子のことを受け入れて、かわいいかわいいって……正直言って、厳しい親父がいた頃よりも我が家はうんと明るくなりました」


 二階堂少年だけが、影を抱えて生き続けることになった。

 自分の本当の父親は一体誰? そんな不安とも悲しみともつかない気持ちを抱き続けていた。

 だがそんな彼にさえ、突然目の前に現れた「妹」は明るく振る舞った。

 わたし、お姉ちゃんかお兄ちゃんが欲しかったんだっ。サンタさんに頼んだけど来てくれなかったから、もうムリなのかなーって思ってたけど夢が叶った! これからよろしくね。


「最初は変なヤツだなって思ってました。どこに行くときも金魚のフンみたいにくっついてきて。けどいくら邪険に扱っても、兄ちゃん兄ちゃんって慕ってくるので最終的には諦めました」


 そういうところあるんですよ、あいつ。

 思い出語りをする二階堂の頬は、いつしか緩んでいた。

 彼は腰を軽く浮かせて向き直った。


「雨宮さんの言っていた通りですね。心配するあまり、僕、あいつに過干渉になってました。これじゃあ強権的な前の親父と変わらないや」血のつながりもないのに似るなんてね、と力なく笑った。


「話したいことはそれだけ?」


 紫李が促すと、二階堂は何かを言いかけたが思い直したようにかぶりを振って、


「ここまでありがとうございました。僕、引き継ぎ先の会社さんに妹のこと頼んでみます」

とさっぱりした顔で言った。


「ハジハジ」

 紫李は、自分がほとんど無意識に喋っていることに気づき驚いた。

しかし言葉は自然と口をついて出た。

「あたしと、個人契約をしないかい」


   *


 個人契約――すなわち闇営業。

 フリーランスである紫李がスキマ時間でコンビニや居酒屋のバイトをするのは自由だが、こと縁斬り関連の仕事に限っては、所属先であるハレバレを通さずに引き受けるとこれはややこしいことになる。

 と、分かってはいるが引き受けざるをえなかった。


「仕事にプライド持ってないのかとか煽られちゃあねぇ〜?」


 二階堂はギクリとして「あれはその、つい気が大きくなったというか、すみません」


「あは、いいっていいって。このまま見捨てんのも寝覚めが悪ィしさ」


 そうカッコよさげに語る紫李だが、振り込まれたばかりの先月分の報酬を全額パチンコで溶かしたことと今回の闇取引が関係があるのかは、本人以外知る由もない。

 日中はハレバレの事務仕事をこなしながら、夜間は闇に紛れて九十九協会の足取りを追う。そんな生活が一週間ほど続いた。


「ふァ……おはよう……きゅう〜……」


 ボスン、とソファに倒れ込む紫李を「おそよう、でしょ」呆れ顔で迎える摩耶。


「あんたは万年正月休みみたいね。何を夜更かしすることがあるんだか」


 紫李が昼過ぎに起きてくるのはいつも通りのこととして、アリバイは必要だった。寝ぼけた頭をゆっくり回転させ「えぇ〜? なんか……MeTube見たり……ゲームやったり……?」と無難な言い訳を捻り出す。


「ふん。そんな生活続けてたらいつか血栓できて死ぬわよ」


 摩耶は占い師のようにズバリ言い切った。


 流石はジャーナリストと言うべきか、二階堂の情報収集の腕は確かだった。

 彼がハレバレへ駆け込む以前に集めていた情報をもとに、独自に捜査を行ったところ石川町某所のとある施設が浮上してきた。


「石川町て。目と鼻の先じゃん」


 灯台もと暗しとはこのことだ。


「元はガリア製薬の研究施設だったらしいんですけど、数年前に閉鎖して今は別の会社の研修センターになっているそうです」

「けど実態は……っと」


 紫李が紙の資料に目を通す。該当の会社の本拠地として登録されているのはどうやら架空の住所のようで、ペーパーカンパニーであることは一目瞭然だった。

 また施設に出入りしている関係者数名の血液を式神によって採取したところ、三年前に川崎で発生した抗争で前科のついた九十九の構成員のものと一致した。


「決まりだね。研修センターが奴さんたちのアジトってことで間違いないっしょ」


 重々しく頷く助手席の二階堂に、「にしても、特別な技術に頼らないでここまでリサーチしてたとはね。やるじゃ〜ん、脚で稼ぐ記者さん」と言って、太腿をパシンと叩く。


「そ、それほどではないです。ただどこにいても不審がられないというか……影が薄いだけですよ」


 二階堂は謙遜してそう言った。

 だが、ここからはクライアントを危険な目に遭わせることはできない。紫李は手を打って告げた。


「さて。本丸も割れたところで、作戦会議といきますか」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る