第5話 股間絶対潰すキックをシュシュ
ご丁寧に名前が書かれた下駄箱で上履きに履き替える。青く清潔な廊下。左を向くと一年の教室が四つ並んでいる。
「これが都会の学校か。汚れ一つないな」
ピカピカの廊下を進む、というか手を引っ張られる。通り過ぎる二つの教室。チラリと覗くと、バッとナルルに視線が集まる。もちろん男子限定。
「ホラーかよ」
「だ、大丈夫。カトレアが一緒にいてくれたら……多分」
「我を魔除け扱いするな、愚か者」
段々ナルルの真意が読めてきた。こいつ、元魔王を男避けと思っている。ちょい気に食わ。だけど我慢。初日から問題を起こす気はない。
そのまま三組の扉を開ける。目に良さそうな水色の床。段状に並んだ四列の長机が弧を描き、教壇を見下ろしている。
「大学の講義室みたいだな。ドラマでしか知らんけど」
「僕の家のシアタールームもこんな感じだよ?」
「無自覚自慢ぶっこむなクソ金持ち。それより注目されておるぞ?」
やっぱり集まる獣の目。女子たちは華麗にスルー。
(我の呪い、効きすぎだろ)
ここまでとは思わなかった。改めて見ると不自然な光景。ふふんと胸を張る。
「席は決まってないみたい。好きなところに座っていいのかな?」
「ナルル。俺と並んで座ろうぜ」
「もちろん良いよ。カトレア、あそこに三人で座ろう」
窓側の最上段を指差すナルル。まるで魔王のために空けておいたような席。カトレアに相応しい。
「おい、あいつナルルじゃね?」
「マジだ。あの女誰だ? なんで手なんて繋いでんだ?」
「……許せねえ」
既に半分以上埋まっている座席。角の生えた頭は三分の一ほど。魔族たちが普通に溶け込んでいる。
「ナルル。お前、有名人なんだな」
「……あんまり嬉しくないけどね。だってみんな、目が怖いもん」
熱烈な視線、恨み言をスルーして席につく。窓際からカトレア、ナルル、サーガが並ぶ。
前列の男子たちがチラチラ見てくる。その中の一人、赤い髪の魔族が目に止まった。
(ん? あいつ、なんか見覚えある気がする)
記憶をほじほじ掘り返す。側近の魔族の一人、豪炎使いのフレアが浮かぶ。
しかしあれは千年前。いくら魔族でも寿命を迎えているだろう。
「おい、そこの赤髪魔族」
だから確認。ズビッと指差すと、赤髪が「あん?」と返事をした。
「お前、もしかしてフレアの関係者か? 名を名乗れ」
「んだお前? 俺はフレイム。フレア爺ちゃんのこと知ってんのか?」
大正解。生意気な態度までソックリだ。けどなんだかんだ素直に名乗る。先祖揃って単純なやつだ。
「……ふっ。いや、こっちの話だ」
「ガチでなんだこいつ。ちょっと可愛いからって調子乗ってんのか? ま、ナルルの方が可愛いけどな」
褒められた。そして貶された。眉がピクピク吊り上がる。だけど我慢。こいつ如きに怒るなど魔王の名折れだ。
「ご指名だぞ、ナルル。あいつを振れ」
「カトレアは僕の恋人。フレイム、君? ごめんなさい」
命令通り、ペコリと謝るナルル。ペット化に成功。フレイムが「ちっ、あの女うぜえ」と舌打ちした。安い挑発。魔王をキレさせるにはまるで足りない。
「ぶち殺すぞクソガキ。我を誰だと思っている?」
めっちゃ足りてた。カトレア自身ビックリだ。
「あぁ⁉︎ おい女! テメェ今なんつった!」
落ち着け。今度こそクールに抑えろ。
「ぶち殺すぞクソガキ。貴様のジジイの教育が足りんかったようだな」
大⭐︎失⭐︎敗。正直は美徳というし仕方ない。
「ちょ、ちょっとカトレア。いきなり喧嘩売っちゃダメでしょ! めっ!」
「うるさい! 我をムカつかせたあいつが悪い! 今すぐあのガキの股間を蹴り上げてくれるわ! シュッ! シュッ!」
机の下で足をシュシュる。股間絶対潰すキックのイメトレ完了。いつでもいける。
「……キレた。あの女燃やすわ」
ガタンと立ち上がるフレイム。鬼の形相で睨んでくる。早く分からせたい。股間潰したい。
「やってみろ。我の美脚が唸りを上げるぞ」
対して余裕の笑みで見下ろす。一触即発。サーガの顔がビビっている。一方、ナルルはオドオドを通り越し、キリッとフレイムを睨んだ。
「やめて。カトレアにひどいことするなら僕が許さない。この子は僕の恋人だ」
(……あれ? なんかナルルがカッコよく見える……?)
んなはずない。なのに胸がドキドキする。これじゃ恋する乙女。必死に首をブンブン振る。
「そうだそうだー。できもしないことを吠えるなー。ダサいぞー?」
さらに挑発。なんだが楽しくなってきた。フレイムの怒りが膨れ上がり、体から赤い魔力がユラリと立ち昇る。
「外に出ろ。テメェを火だるまに――」
フレイムが口を開いたその時、教壇側の扉がスパァン! と開いた。
「みんなお待たせー! 私がみんなの担任、魔界アイドル・ミミちゃんでーす! 間もなく始業式が始まるので、大ホールに移動しましょー!」
騒がしい登場。そして見覚えのあるフリフリの黄色いドレス。やかましい声は動画と変わらない茶髪のポニーテール。
教室の誰もがミミに注目する。間違いなく、魔界アイドル本人だ。
「「……は?」」
燃え上がりかけたフレイムとカトレア。だがミミはさらに大きな声を上げる。
「さあ! みんな、いっくよー!」
こうしてカトレアは無事? 初日から喧嘩をせずに済んだ。
ナルルはアイドルの登場に驚きながらも、「行こう、カトレア。」と手を引っ張った――。
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