第4話 ハイスペック美少女お坊ちゃんナルル

 ――アスリニア学園。


 アスリニア市の小高い丘に広がる広大な学園は、明らかに魔界とはレベチだった。


 アスリニア王国中から生徒が集まる有名校。白く清潔感のある校舎が三棟並び、グラウンドは1キロマラソンくらいできそうだ。その半分は芝生で覆われ、大きな噴水が朝日を反射している。


「……すっご」


 カトレアが口をポカンと開ける。フェンスで囲まれたグラウンド。その奥にはテニスコートやプールまで見える。小さな校庭、ボロボロの校舎しかなかった魔界中学とは雲泥の差だ。


「そんなにすごいの?」


 ナルルがキョトンとする。嫌味じゃなく、本当にこのすごさが分からないらしい。


「お前の感性どうなってるんだ。仮にもこの学園、人間界で最高クラスだろ」


「だって地元だし、試験も普通に受かったし」


 開いた口が塞がらない。当然のように言われたが、カトレアは死ぬほど勉強した。元魔王なのにだ。それでもギリギリ、あと一問外れたら落ちていた。


「……ナルル。お前、もしかして頭良いのか?」


「そんなことないよ? 家庭教師のみんなが教えてくれたこと、暗記してるだけだし」


 今変な言葉を聞いた。家庭教師のみんな。つまり複数形。暗記で受かるのは癪だが、それよりもっと気になる情報。


「……念のために聞く。お前の家、金持ちだったり、する?」


「そんなことないよ? あ、けどガードマンが二十四時間警備してくれてるから、安心して寝れるくらいかな」


 カトレアの耳がピククと動く。ある予感が胸に湧く。さらにナルルが追撃。スマホを取り出し写真を見せる。


「ほら、これが僕の家。普通でしょ?」


「ぴょっ」


 変な声が出た。見せられた画面には馬鹿みたいな豪邸。お決まりのプール付き。青い尖り屋根や尖塔まで聳える、小さな城みたいな建物。どう見ても「普通」の範疇を逸脱している。


 ナルルの男モテを加速させる一因、かもしれない。しかも無自覚。タチが悪い。


「……我、お前の彼女」


「えへへ。うんっ。そうだよ?」


「つまり、この家も我の物」


 血迷う。言葉が勝手に出てしまう。ナルルの顔が赤く染まる。


「……う、うん。きっと僕、カトレア以外と付き合えないし……将来は、そうなる、かも……ふへっ」


 重い。ヘビー級発言。なのにカトレアは小躍りしたくなる。むしろナルルが見てなければ確実にしている。


(我の人生勝ち確か? 今日可愛い下着で良かった。…………いや、そうではない!)


 寸前のところで思い留まる。目先の誘惑に負けるなんて魔王失格。カトレアには崇高な目的がある。力を取り戻したら、この世の全てが手に入る予定だ。


 ブンブン首を振る。自分の髪がペシペシ顔を叩く。理性カムバック。


「……気に食わん。早くクラス表を確認するぞ」


 ぷいっと顔を逸らし、生徒が集まる校舎に向かう。流されるな。こいつはあくまで敵だ。


「うん! 一緒のクラスがいいね!」


「…………うむ」


 それはそう。心からそう思う。もし違ったら暴れてやる。


 ナルルを引き連れいざ人集りへ。大きな紙が貼り出されているが全然見えない。


「ぐぬぬぬぬ。どけ、我に道を譲れー!」


 グイグイ前へ進む。喜び手を取り合う女ども。ガッツポーズするチャラ男。掻き分けて最前列へ。


「ふぅ……どれどれ?」


 ズラリと並ぶ名前。一年一組から確認。二人の名前は見当たらない。


 続いて二組、なし。あと半分。


「うーん……僕たちは何組だろ……あっ!」


 いつの間にか隣にナルル。三組の表を指差し、大きな声を上げた。


「あった! あったよカトレア! 僕たち同じクラスだー!」


「なにっ! …………ほ、ほんとだ……」


「やったー! カトレアと一緒だー!」


 ナルルに両手を握られる。


「ち、ちょっとナルル! いきなりこんなっ」


「わーい! これからよろしくね、カトレア!」


 ブンブン手を振られる。ナルルがピョンピョン跳ね、さらに手がガクガク揺れる。口では抵抗するが振り払う気にはならない。


(こ、こいつ、やっぱ積極的だな。まあ、我が可愛いせい、か?)


 されるがまま。喜ぶナルルを見上げる。女子と変わらないくらいの身長。自分はそれより頭一つ低い。魔王なのに。


「……気に食わん……なんで我はこんなちっこいのだ……」


「ちっさくて可愛いよ?」


「お前はお前で大胆発言カマすな」


 嬉し……くなんてない。大体こいつの方がモテまくってる。周りの生徒たちもナルルばかり見ている。ほんと気に食わん。


 ――とその時、一人の生徒がカトレアたちの前に身を乗り出した。見覚えのある坊主頭。昨日ナルルに迫っていた男の一人……な気がする。


「ナルル。俺、お前と離れたくなくて必死に勉強したのに……こんな仕打ち……」


 二人に落ちる大きな影。肩が怒りに震え、顔は涙で濡れている。全然可愛くない。


 ナルルがギクリと怯える。男を見上げ、繋いだ手から震えが伝わる。


「さ、サーガ……ごめんだけど僕、君の気持ちには応えられない」


 坊主頭の名前判明。ナルルと同じ中学だったっぽい。


「僕はこの子……カトレアが好きなんだ


「ふおっ⁉︎ わ、我、いきなり告白された⁉︎」


 そういえば付き合っていた。ナルルが申し訳なさそうに、しかしハッキリと伝える。けどなんで好かれてるかは不明。悪くない気分だけど。


「……それでもいい。俺もナルルと同じクラスだ。いつかその女から、お前を奪ってみせる」


 睨まれる。怖くはないが背筋が凍る。男同士の純愛。漫画は好きだがリアルは引く。


「きっと無駄だよ。サーガのことは友達として好き。だからこれからも、友達として仲良くしてほしいな」


 ナルルのお人好しスマイル。サーガが感極まった顔になる。多分『好き』しか聞こえてない。


「お、俺もお前のこと好きだ! これからもよろしくな!」


「うん! 分かってくれて良かった!」


 絶対分かってない。そして諦めてない。なんなら目の中に炎が燃え盛っている。


「……まあいいか。それよりナルル、そろそろ教室に行くぞ。始業式も始まるだろ?」


「そうだった。行こう、カトレア」


「うむ」


「俺も一緒に行くぜ」


 人混みを掻き分ける。サーガが後ろから付いてくる。従者Aゲット。このまま校舎に突入。

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