第6話 交差する純粋と魔王の企み


「――以上。この学園のもっとうは『自由な学びと成長』です。新入生の皆さま、青春と勉学を心から楽しんでくださいね」


 まるで国際会議が開かれそうなセレモニーホールに、学園長アスタルク・ビスマルクの挨拶が響いた。


 約500人の新入生一同。真紅の絨毯でクラスごとに整列し、爽やかなインテリ眼鏡の言葉に感銘を受けている。


(椅子ふかふか。我のアパートにもほしい)


 しかしカトレアはありがたい挨拶に興味はない。スマホをイジりながら、椅子の感触を満喫中。決めた。これ待って帰る。


「む。ガッチリ固定されてる。力ずくで壊すか」


 悪意はない。ほしいから持って帰る。魔王として当たり前だ。


 しかしそれを見ていたナルルがギョッとした。


「カトレア? 何してるの?」


「見て分からんのか? 座椅子もソファーもうちにはなくてな。これ気に入ったからもらう」


 魔力を手に込める。椅子がミシミシ軋み始める。


「えっと、ちょっと落ち着かない? うちの使ってない家具、好きに持ってっていいから」


 ピタリ、そしてピクリ、からのニヤリ。天上の声が降りてきた。こんな椅子どうでもいい。


「その話乗った。なんならお前の家に住んでやっても良いくらいだぞ? くははは!」


 さすがにこれは言いすぎ。分かってはいるが、大きな要求から入るのが交渉の基本だ。これで家具一式がボロアパートに。


 しかしナルルは目を丸くすると、顔をダラしなく緩ませた。


「そうだよね。僕たち付き合ってるし、一緒に住むのが普通だよね!」


「は? ……いやいや、今のは冗談で……」


「それじゃ今日から一緒に住もう! 引っ越しはいつがいい? 父さんに言ったらすぐに手配してくれるよ」


 あ、こいつガチだ。目がキラキラしてる。思い込みが激しすぎるし、仮にもカトレアは乙女でナルルは男。そんなのダメに決まってる。


「お、お前こそ落ち着け。我は家具さえ揃えられたら……」


「嬉しいなー。カトレアと暮らせるなんて夢みたい! 執事さんやメイドさんたちも、きっと喜んでくれるよ!」


「…………ふひっ」


 決定。あんなボロアパートどうでもいい。使用人の数イコール権力。目先の欲望に従うべきだ。


 周りの生徒にジロジロ見られる。羨ましいんだろう、負け犬どもめ。勝者の余裕でドヤ顔を返す。


「えー、それでは始業式は以上になります。明日から楽しい学園生活を謳歌してください」


 ちょうどつまらない式も終わった。早速立ち上がり、ナルルの腕を引っ張る。


「行くぞ、ナルル! さっそくお前の家……じゃなくて、我の居城を案内せよ!」


「その前に教室に鞄取り行くよ。それとうちに来るのはあとで。先にお出かけするって約束してたでしょ?」


 なるほど、お楽しみは取っとけということらしい。これくらいは耐えてやろう。


「それでいいから早く行くぞ。腹も減った。まずはお前の金で美味しいランチを貪るとしよう」


「うん! オススメのお店に案内するね!」


 男どもの視線をスルー。気になる魔力もちょいちょいあるが、今はどうでもいい。


 立ち上がった生徒たちを押し退け、カトレアは大ホールをあとにした。



「……あの女……まさか……」



 ざわめきに混ざる、鋭い視線にも気付かずに――。

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