第2話 忍術

 意識が覚醒してから数日が経過した。

 あれからいくつか分かったことがある。


 まず一つ目が、この家は山の中にある外界から遮断された場所ということだ。たまに母親に抱えられて、縁側に出ることがあったのだが、その時に見えるのは傾斜に生える木々。その木々がこちらから麓への視界を遮っていた。


 そして二つ目は、父親の仕事は、命を賭けた忍び仕事ということだ。何度か仕事から帰宅した父親を見てきたんだが、基本的に身体から出血を伴っての帰宅だった。

 それと覚醒した日に聞いた『強い忍者になるぞ』という言葉から、この世界は戦国時代前後なのだろうと思っている。


 はぁ、戦国時代なのに忍者か。


 忍者と聞いたら舞い上がる人が多そうだが、あれは創作された話であって、実際の忍者はゴリゴリに差別される職業だ。

 武士から見下されながらも、命を賭けて情報を奪ったのに、貰える給料は雀の涙程度。そんな薄給でも働き続けるのは……なんでだろうな?


 そもそもだ、どうして薄給なのにも拘わらず、こんな豪邸に住めているんだ? もしかしてここは戦国時代じゃないのか?


 いや、どちらでも構わない。この世界が何時代だろうと、俺は英雄になる。それが前世からの夢だ。

 一度は死んだ身、英雄になるための努力を惜しむつもりはない。俺は英雄になってやる!!


「オンギャァ、オンギャァ」


「あら、おしめ変えましょうね」


 ……まずはおむつ離れを済ませるのが先だな。

 それだけじゃなくて、離乳食も食べれるようにならないと。大人の精神状態で、女性のおっぱいを吸うってのは何処か恥ずかしい。

 そういう癖を否定するつもりはないんだが、そういう場でもないのに吸うってのは恥ずかしいんだ。


 十分飲んだので、おっぱいから口を離す。

 母親は俺の身体を持ち上げ、優しく背中をとんとんと叩いてくれる。


「げっぷをしましょうねぇ」


 これまた恥ずかしい言われようだが、赤ん坊の身体は自分の意志でげっぷをすることができない。おっぱいを飲むときに空気も一緒に取り込んでしまっているため、既にお腹の中は空気でぱんぱんになっている。


 長い間その状態でいると、気持ち悪さで反射的に泣いてしまう。だから母親は背中を叩いてくれる。


 そして背中を叩かれること数秒。


「げふ」


「よくできましたぁ」


 優しい掌が俺の頭を撫でる。

 心地いい気持ちとげっぷをしたことで身体が楽になり、喜びの気持ちが前面に出てしまう。


「きゃっきゃっ」


「嬉しいねぇ」


 身体が喜んでいるだけで、心までは喜んでいないんだからね!


 あまりの恥ずかしさに、心の中のメスガキが出てしまった。

 だが嬉しいのに変わりはない。前世で親に褒められた記憶なんてなく、いくらテストで高得点を取ろうと、当たり前だと言わんばかり態度しか取ってくれなかった。


 いい生活だなぁ。

 そう思っているが、当然不満もある。


 暇すぎる。この身体と何もできない。そもそもこの部屋に暇を潰せるような物はなく、あったとしても現代っ子の俺ではすぐに飽きてしまうだろう。


「ほら、寝んねしましょうね」


 母親に持ち上げられ、布団へと置かれる。

 隣に寝転がった母親にとんとんと優しくお腹を叩かれると、一気に眠気が押し寄せて来る。暇とかそんな雑念は消え、頭の中を支配するのは、いかに良質な睡眠を取るのかということだけだ。


 それではおやすみなさい。


◇◇◇◇◇


 あれから一年ほどが経った……と思う。

 部屋の中にはカレンダーとか時計とか、日付が分かるものが一切飾られていないため、大体の感覚でしか時の流れを知ることができない。


 ただ、身体もだいぶ成長してきているし、発声もできるようになってきているから、一年くらいは経ったと思っている。


「あら、起きたの?」


「あー」


「はいはい、どうしたのかしら?」


 一歳を迎えているのであれば、言葉を発せても可笑しくないと思うんだが、思うように口から出る声が言葉になってくれない。

 これは前世に身に付けた身体の使い方が尾を引いているのか、そもそもそういう身体に生まれたのか、どちらにしても遅れ過ぎているというわけでもないし、今は悩むつもりはない。


「もー、レイトは甘えん坊なんだからぁ」


 母親に抱きかかえられる。

 約一年間の接し合いを経て、母親に対する依存度が高まってしまった。これは前世の反動だと思うが、もう気にすることは止めている。

 そもそも赤子と言うのは、母親に対して依存している存在だし、これは正常な赤子の動きなはずだ。


「あー?」


「また一点を見つめて、何かあるのかしら?」


 そしてこの一年間で、俺の身体が普通ではないことが分かってしまった。縁側から見える地面。そこから噴き出している謎の靄があるのだが、それが見えるのは俺だけのようだ。


 その靄は、一定期間経つと空気中へと霧散していき、一定期間の休憩を経て再び地面から噴き出す。


 それが見えているのは、俺の頭が変なのか、瞳が変なのか、どちらにしても何かしらの病気を患っていることは確かだと思う。

 言葉が話せるようになったら、両親に伝えるつもりだが、もし難病だった場合、なんで気付いてくれなかったんだと両親に当たってしまいそうで、少し怖い。


「あら、レントさんが帰って来たみたい」


 ここにも変わるものと変わらないものがある。

 もう母親は立ち上がらなくなった。対する父親は変わらずドタドタと足音を鳴らしながら、走って部屋へとやってくる。


 そして粗暴に俺の身体を持ち上げると、もじゃもじゃとした顎で俺の顔をすりすりしようとしてくる。

 咄嗟に腕を突き出し、拒否する姿勢を見せると、悲しげな顔をしながら、俺の身体を下ろした。


 誤解しないで欲しいのは、すりすりされるのが嫌という訳ではない。命がけの仕事から帰って来て、顔を洗ってすらいない顎ですりすりするのは不潔だから嫌なのだ。


「何度も言っているでしょ。レイトはキレイ好きなんだから、スキンシップは風呂に入ってからでしょ」


「……はぁい」


 拗ねる男の背中姿に威厳などない。

 あれは家庭で肩身の狭い一般的な父親だ。


 それから十数分。帰って来た父親はとても元気だった。行きの拗ね具合が嘘だったかと思うほど、とても元気だ。


「レイト、今日も元気だったか!!」


 父親はもじゃもじゃとした顎を擦りつけて来た。

 若干チクチクとするが、こんな触れ合いすらも心地よく感じる。それほどまでに、前世の両親から愛情を貰えていなかった。


「そんなお前に忍術を見せてやろう!」


「ん?」


「レントさん、良いんですか?」


「ああ、軽い物だけだ。許可もいらないだろう」


 忍術だと?

 忍術と聞いて一番最初に思い浮かべるのは“影分身の術”だが、そんなファンタジー的なものはできないはずだ。一番現実味がある技と言えば……思いつかない。某忍び漫画に影響されたせいか、ファンタジーチックな技しか思い出せない。


「よし、庭に行くぞ!!」


 思考が固まる前に、俺は父親に抱えられて縁側へと連れて来られた。

 そして縁側に腰かけて、父親がこれからすることに注目する。この家に生まれた以上、俺も父親の仕事を継ぐはず。それなら今の内から動きを知るのは大きな糧となるはずだ。


「見てろよ! “霊射”」


 その言葉を聞き、なんて中二臭いんだ。といった感想しか抱けなかった。しかし直ぐにその思いは変わる。


 父親の掌の先に、地中から噴き出していた靄が集まり出す。否、集まっているのではなく、掌から放出されたのが収束している。

 やがて靄は弾丸状に固まり、掌の先から射出される。刹那、直線上に合った木製の塀が大きく抉れていた。


「どうだ、凄いだろ――」


 誇らしげに振り返って来た父親の顔が、一気に青に染まる。

 その目線の先を確認すると、鬼のような形相で父親を見つめる母親の顔があり、お尻から臭い存在が漏れてしまう。


「ほぎゃぁほぎゃぁ!!」


「あら、漏れちゃったの?」


 ここはファンタジーな世界のようだ。

 お尻にウンチを感じつつ、俺はそう思った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る