第3話 霊力

 父上の“霊射”を見てから、四年の月日が経った。


 五歳の誕生日を迎えていながらも、俺の世界は家の敷地内で完結している。生まれてこの方、一度も敷地外へと行ったことがなく、その内側で得られた情報しか俺は得られていない。


 だがここが戦国の世に似たファンタジー世界であると確信している。家を歩き回れるようになって、家の中を見て回ったのだが、そこには現代日本ではあり得ないクナイや日本刀が飾ってあり、家を出入りする人たちは皆、和装をしていた。

 ここが戦国時代前後でなければ、この家はだいぶ格式高い家系となってしまう。ならば戦国の世と思う方が、心的には楽だ。


 だが、そんな狭い世界も今日で終わりだ。


 今日は母上から家の外へと出かけると聞いている。何処へ向かう先はまだ聞いていないが、きっと父上の仕事に付いて行くのだろう。


 昨夜、父上が『ようやくうちの子も忍術を覚えるのか』と呟いているのが聞こえて来た。つまり俺も忍術を覚えなければならない環境へと送り込まれるということだ。


「れい、準備はできたかしら?」


「はい、母上!」


 俺は母上に手を引かれ、山道を降りる。

 近付く世界が広がるその時を、ワクワクしながら待つ。穏やかな田園が広がっているのか、血みどろの戦場が広がっているのか、どんな場所だろうと、英雄になるぞ!!


「これから行くのは、東京にある江戸忍者スクールよ」


 東京……だと?

 江戸のことが東京って呼ばれるようになったのは、明治以降のはずだ――っ!!?


 山を降りた先、道路に繋がったその場所、そこには真っ黒なアウディが横付けしてあった。視線がアウディに奪われてしまったが、周りを見渡してみれば耐震設備がしっかりしているであろう現代の建物群が目に入る。


「……」


 俺は心の中で叫ぶ。


 閉鎖的な家に産まれただけで、現代に転生したのかよォ!!


 と心の志村〇八が叫んでいた。

 まあ何となく分かっていた。忍者の家系にしては大きすぎる家、豪華な食事、戦国の世ではあり得ない話題と、挙げればキリがないが、何となく現代ではないと思いたかった。


 平和な世で英雄は生まれない。英雄が生まれるのは何時の時代も戦乱の最中さなかだ。英雄を夢見る俺にとって、戦国の世の方が好都合だった。


 しかし、止まってはいられないため、アウディの運転席に座っている人に目線をやった。すると、そこに座っている大男――父上が目に入る。

 父上は普段の服装は和装に髭面と、カタギの人間とは思えない様相をしていたが、今はスーツをビシッと決めて、顎もツルツルになっている。まあカタギの人間に見えないのは変わらないけどな。


「父上、髭はどうされたのですか?」


「ふふふ、やっぱり煉斗れんとさんは髭が印象的ですよね」


 母上が父上のツルツルな髭を見て笑っている。

 

霊華れいか、笑うなよ」


 車中から出て来た父上は、何もない顎を触りながら、笑う母上を軽く小突いた。そして二人だけの世界を創り出し、子供である俺の前でイチャイチャし始めた。


 両親のイチャイチャなんて見たくないため、俺の目は死んでいるはずだ。だが、もう文句は言わない。この四年間で、心の中でイチャイチャに突っ込むのに疲れてしまった。


「霊華様、煉斗様。霊斗様が見ておられますよ」


 アウディの後部座席から降りて来た女性。

 彼女は、たまにウチにやってくる侍女のような仕事をしている高倉莉里だ。昔は莉里さんと呼んでいたが、彼女に呼び捨てで呼ぶように強く言われたため、今では莉里と呼んでいる。


「――ほら、早く車に乗れ」


 莉里の指摘は、両親のことを冷静にさせた。

 俺にイチャイチャを見られた両親は、二人そろって頬を赤く染め上げている。やめて欲しいなぁと思いつつ、促されるまま車に乗り込む。


「結局、どうして髭を剃ったんですか?」


 あんなに髭を伸ばしていた父上が髭を剃るなんて、よっぽどのことが起きるはずだ。


「まだ話していないのか?」


「話している途中で麓についてしまったので、最後まで話せなかったんですよ」


 確かに江戸忍者スクールに行くとか言っていたが、忍術を学ぶ場所だったりするのか? 

 この時代まで忍者が残っているとすると、諜報機関とかの役割を担っていると思うが……。


「江戸忍者スクールに行くというところまでは聞いています」


「そうか。ならばそこから先は俺から話そう。ただ、目的地までは一時間近く掛かるから、車に乗りながら話すぞ」


 全員が車に乗り、江戸忍者スクールを目指して車が動き出した。

 運転席には父上、助手席は俺が座っている。そして後部座席は、父上の後ろが母上、俺の後ろが莉里という順番だ。


 発進したアウディの中では、父上の話し声とエンジン音しか聞こえてこない。後ろの二人は俺たちに配慮して声を出さないためにスマホを見ている……スマホ!? 持っていたのかよ!!

 わざわざ俺が居る前では触っていなかったってことか!?


 はぁ、なんか疲れたが、父上からの話を聞き逃すわけにはいかないため、押し寄せて来る睡眠欲に打ち勝ち、父上の話に耳を傾ける。


「まず俺たち忍者について話そう。忍者というのは、“あやかし”市民を守る存在であり、国家に属する立派な公務員だ」


「僕は妖なんて見たことないんですけど、本当に存在しているのですか?」


 冷静を装っているが、心の中はだいぶ荒れ狂っている。

 “妖”。それが何なのかは分からないが、前世には存在していなかった化け物であることは確かなはずだ。ならば、この世界でも英雄になれる可能性はある!


「それは人間と妖とでは、住んでいる次元が違うからな」


「れい、運転中は危ないんだから、しっかりと座っていなさい」


 顔ではポーカーフェイスができていたが、身体は反応してしまったようだ。

 俺は心を落ち着かせながら、身体を椅子へと戻す。


「はい」


 注意を受けてしまったため、礼儀正しく背筋を伸ばしたまま、父上の話を聞く。しかし興奮は冷めやらず腰が浮いてしまっている。


「父上、続きをお願いします」


「では……次元が違うと言ったが、俺たちの住む世界は表、奴ら妖が住んでいる世界は裏と呼ばれている」


「でも住んでいる次元が違うのなら、忍者はいらないのでは?」


「良い質問だな。妖は表世界の負の感情から生まれ、それを糧とする。だから際限なく産まれ続ける妖たちは、人間の負の感情を増やすために、どうにか次元を越えようとしてくるんだ」


「……越えて来るんですか?」


「いや、普通の妖には無理だな」


 “普通”という言葉に引っ掛かる。

 俺は、妖には強弱があるのだろうと、予想した。


「普通じゃないのが居るってことですね」


「勘がいいな。妖たちも俺たち人間と同じように霊力を持っていて、霊力を増やすために人間を襲う」


 “霊力”か。

 益々ファンタジーチックな世界観になって来たな。


「霊力というのは、何ですか?」


「霊力ってのはな――」


「煉斗さん、それ以上は掟違反になりますよ」


「そうだったな。ここから先は、今日の目的が終わってからだ」


 重要なところではぐらかされてしまったため、俺は胸にモヤモヤを抱えたまま、残りの三十分間のドライブをすることとなった。

 モヤモヤを解消するため、母上の隙を狙って父上に質問を投げかけてみたが、全てはぐらかされてしまった。


◇◇◇◇◇


 そして約一時間の旅路の末、到着した場所は皇居だった。


「こんなところに学校があるのですか?」


 こんなところに学校があるとは思えなかった。

 皇居といえば、天皇の家のはずだ。そんなところに学校を作るなんて、宮内省が許すとは思えない。


「流石にここにはないぞ」


「でもそれらしい建物はないですよ?」


 父上の言葉は要領を得ない。


「忍者は一般的に知れ渡った職業ではないからな。隠す必要があるんだ」


 俺の口から、自然と疑問が出る。


「ならば、どうやって行くんですか?」


「そう逸るな。莉里頼むぞ」


 父上の声を聞き、莉里は周囲を見渡している。


 何をしているんだ


 そう声を掛けるよりも早く、莉里は動いた。

 周囲に一般市民が居ないことを確認し終えた莉里は、しゃがんで両掌を地面に付ける。


「“霊校開門”」


 莉里の掌を中心とした円形状の魔法陣が、地面に浮かび上がる。

 魔法陣はドンドン大きくなっていき、やがて俺たちの足元まで覆った。刹那、眩い輝きを放ち、俺は目を瞑ってしまう。


 数秒が経ち、眩い光が力を失っていく。そこで恐る恐る目を開けてみると、そこにあったはずの皇居に広がる緑の公園はなくなっていた。

 あるのは天然の芝生が広がるグラウンド、前世に見てきた物も含めて最大級に大きい校舎、東京ドームに匹敵する大きさの体育館だ。



「ここは……」


 あまりに常識外の事象に、俺は言葉が出なかった。


「ここが江戸忍者スクール! 俺たち忍者が最初に通う学校であり、忍者の才能を選別する最初の壁だ!!」


「最初の壁……」


『江戸忍者スクール』


 その後数秒、声を発することができなかった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る