不忍の忍者~地味な前世だったので、今世では英雄になります。忍者と聞いて焦りましたが、トレンドは忍ばない忍者らしいので丁度良かったです~

Umi

第1話 英雄症候群の転生

 俺の人生は、あまりに地味過ぎた。

 それを自覚したのは、小学六年生の頃だろう。

 

 基本的に私立への進学となる子たちは、友人たちと別れを惜しんでいる中、俺は惜しむことも惜しまれることもなく、私立中学へと進学した。


 両親は金持ちという訳でもないのに、私立の中学に通うこととなったのは、親が学歴にコンプレックスを抱いていたからだろう。で、自分の学力とやる気に見合わない学校に通うこととなったせいで、友人を作る余裕などなく、授業に付いて行くので精いっぱいだった。


 その流れは高校でも、大学でも続いてしまい、長い学生生活にも拘わらず、私生活でも遊ぶような友人を作ることができなかった。


 できるはずの友人を代償に手に入れた高学歴も、社会に出たら役に立たない。必要とされるのは、人より抜きん出た技能、もしくは円滑なコミュニケーションができる十分なコミュ力。しかし残念なことに、俺はその両方を備えていなかった。


 結果、大手企業には入ることができず、可もなく不可もなくな中堅企業への就職となり、自分も満足してしまっている。


「はぁ、結婚してぇなぁ」


 人生の節目と言ってもいい結婚を望むような言葉を呟く。

 だが口にすることはあれど、行動に移すことはないだろう。これまでもそうだし、これからもそうだ。


 人と結婚することよりも、現状維持を望む。それが俺が選んだ人生。幸せになれずとも、今を楽に生きられる人生だ。


「あっ? 買いに行かねぇと」


 いつもはコンビニ弁当を買い置きしているんだが、雨が続いてコンビニに寄ることすら憂鬱になって、それすらもしていなかったら、遂に昨日切れたんだった。

 はぁ、雨も降ってねぇし、コンビニに行くか。


 財布とスマホ、鍵だけを持って部屋から出る。既に日は落ち始めていて、オレンジ色の夕焼けが身体を照らす。


むなしいな」


 いつもはこんなことは思わないのに、キレイな夕焼けが空虚な俺の心を照らし出しているようで、虚しさで心が痛くなる。


「お父さん、今日の夜ご飯は何かなぁ?」


「なんだろうな、お腹が空いてきたし、急いで帰るか?」


「うん!」


 聞こえて来る親子の声が、余計に心の虚しさを刺してくる。


 何かが違えば、あの親子のような人生を送れたのだろうか?

 そもそも自分の生き方は、自分で選んだのだろうか? 親が敷いたレールの上を進んだ際に生まれたエネルギーの余韻で生きているだけなのではないだろうか?


 と考え始めたらキリがない。


「やめだ。どちらにしろ、今更人生を変えるなんて無理だ」


 自分の考えを心に仕舞い直す。

 もう出てこないように、空っぽの心に蓋をして、もう心が痛くならないように……な。


 比較的都会に住んでいるにも拘わらず、全く聞こえてこない喧騒に不気味さを覚えつつ、イヤホンで外界と自分を断絶しようとした時だった。


 先刻の親子の背後に立つ、見るからに不審な男に気付いてしまう。


「おいおい……」


 全身黒ずくめ、手元は良く見えないが、一瞬だけ夕焼けに反射した金属の輝きが見えた。身体を震わせていながら、その眼光には覚悟が見受けられる。

 あれは人を殺める覚悟だと、進化の過程プロセスで失われていたはずの、動物としての本能が警笛を鳴らしていた。


 男が動き出すのと同時に、俺も駆け出していた。手の中にあったスマホや鍵が落ち、ポッケに入れたはずの財布も零れ落ちる。

 しかし俺は足を止めない。


 ……なんで走っているんだ。


 頭では非合理的な動きをしていることを理解しているはずなのに、身体は動くのを止めてくれない。それどころか、走る速度を上げてすらいた。


「はぁっ!」


 男がナイフを突き出した。

 

「――!!」

 

 俺は間に合った。腹部に感じたことのない熱さを感じながら、地面に倒れる。そして言葉にならない音が、口から零れる。

 その声を聞き、親子がこちらを見た。


 逃げろ


 たった三文字。しかし声に出てくれない。

 だが俺の想いは伝わったようで、親子は慌てて逃げ出した。


「ま、待て!」


 それに合わせて男も走り出そうとしたが、俺の右手がそれ拒む。

 右足を掴まれ、俺と同じように地面に伏す男。だがこのままでは直ぐに追いかけてしまう。できるだけ引き付けなければ……。


 そんな思いに反して、意識は遠くなり始めていた。

 腹部に感じていた熱は消え、代わりに全身で感じる寒さ、呼吸もままならず、視界が黒に染まっていく。


 手から男が解放されてしまった。しかし最期に残った聴覚に聞こえてきたのは、屈強そうな声と男の断末魔だ。


 良かった。


「……れも……ヒー……なりた……のか」


 俺もヒーローに憧れていたのか。

 もし来世があるのなら、英雄になりたいな。


 叶うはずのない夢を見ながら、俺の意識は途絶えた。


◇◇◇◇◇


 目を覚ますと、そこには木の天井が広がっていた。


 知らない天井だ。


 かの有名なセリフが自然と頭の中で木霊する。

 

 天井の次は、周囲を確認するために上体を起こそうとしたが……。


「あぇ?」


 起き上がらなかった。

 身体に異常があって、もどかしい気持ちの中起こせないというわけではなく、そもそも起きれない。それが正常であると身体が言っている。


 しかも口から聞いたことのない高い声が漏れ出た。


 薬の副作用か?

 それとも手術の後遺症か?


 理解できない状況に、頭を押さえようとしたが、全く届かない。不思議に思い、そちらに目線を向けると……そこには白くてぷにぷにとした、まるで赤ん坊のような腕があった。


「……ぇ?」


 違う。赤ん坊のような腕ではない。赤ん坊の腕だ。

 それが俺の肩に繋がっている……つまりあれなのか?


 あり得ない事態を把握しかけていたその時、扉が開いたであろう音が聞こえて来た。否、扉ではなくふすまを開けた音に近い。


「あらレイト、目が覚めたの?」


 突然の浮遊感。

 そして眼前に来た美しい女性の顔。


「……」


「あら、なんか雰囲気が変わったかしら?」


 その言葉にドキッとしてしまうが、直ぐにあやし始めて来た。身体を安心感で包まれ、ドキッとした気持ちなど直ぐに忘れてしまう。

 そして確信できた。


 俺は転生した。


 女性に軽く抱えられるほどの小さな身体。

 白くてぷにぷにとしている赤ん坊の腕。

 そして『レイト』という聞き覚えのない名前。


 俺は夢に見た転生を果たしたみたいだ。


「もう少しでレントさんも帰ってくるから、起きて迎えましょうか」


 また知らない名前だ。

 流れ的に父親だと思うが、どんな家庭事情か分からない以上、決めつけはいけないだろう。


 そのことで思い出したが、転生したからには情報を収集しなければ。


 周囲を見回し、情報を得られそうなものを探そうとしたが、そもそも首が動かない。動かせるのは目線のみ。残念なことに、この身体はまだ首が座っていないみたいだ。


 目線を動かし、部屋の中を確認してみたのだが……何もない。いや、生活していくうえで必要な座布団とか布団などはある……もしかしたらここは現代ではないのかもしれない。


 畳の床、隣の部屋を区切っているのは襖、歴史ある日本家屋と表現するのが適した家だ。

 今でもこんな家に住んでいるのは、代々家を継いできた名門、もしくは金持ちの酔狂くらいだろう。


 どちらの場合も勝ち組と言えるが、過去に転生したということを捨てきれない以上、喜ぶことはできない。


「あっ、帰って来たわよ」


 父親(仮)が帰って来たようだ。


 もしかして部屋の外に出れるのか? 次にいつ出れるようになるのか分からないし、その光景を目に焼き付けなければ。


 女性が立ち上がり、襖の方へと向かおうとしていたが、廊下から聞こえて来るドタドタという足音。嫌な予感がする。


「ただいま!!」


「レントさん、レイトが起きているんですよ」


「何っ!!?」


 覗き込んできた男。

 顔を合わせて分かる。この人は父親だ。


 しかし、今はそんなことどうでも良い。


 もっとゆっくり来てくれ。早く部屋に来たせいで、外に行けなかったじゃないか。

 と場違いにも思える感想を抱いてしまった。


「おぉぉぉ、レイトォ!! 俺に会いたくて起きたのかァ」


 すごくうるさい。

 父親に思うべき感想ではないと思うんだが、うるさい物はうるさいんだ。


「ほら、レントさん。レイトが五月蠅そうですよ」


「ス、スマン」


 ……ここの家は母親の方が強いのか。

 

「……」


 ……なんだ?


「……」


 なんで見つめて来るんだよ。


「良い眼をしているな! レイトは強い忍者になるぞ!!」


 父親の言葉が頭に響く。


 忍者……


 忍者ってあれか? 戦国時代にスパイみたいな仕事をしていながら、武士からの扱いは最底辺の、草とも呼ばれていた忍者のことか?


 俺は今世でも英雄になれないのかもしれない。


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