綺麗な女性(ひと)
沙華やや子
綺麗な女性(ひと)
小学3年生、ボブヘアーの
(あたし、知っているの。サンタクロースってお父さんでしょう? じゃあ、あたしにはママしかいないから、ママがこっそりパパの代わりをこれまでもしてきたのよね)
でも、他の子どもに比べると、あんまりクリスマスに興味のなさそうな麻実子ちゃん。
(そんなことよりも……)と、数日前から麻実子ちゃんが、なんだかソワソワしています。
「ママー! 次の参観日、来れる?」鏡に向かって、夜のお仕事の支度をしているママに問う麻実子ちゃん。
「うん、麻実子! ママ、がんばっていくからね!」
「うんっ」
麻実子ちゃんの自慢はママ!
夏だとスラッとした生足にショートパンツ。真っ赤なサンダル。ノースリーブでツインテールをした前髪ぱっつんの、お姉さんのような姿!
冬は首に小粋にスカーフを巻き、ニーハイブーツを生足で履きこなし、豊かなロングヘアーをポニーテールにし、お嬢さんのようなムード。
麻実子ちゃんのママが参観日にやって来ると、教室中がどよめきます。
「マミちゃんのママって、すっごく綺麗!」「可愛い人~」一列に並んで子ども達の様子を見守るお母さんたちの中に「若い人がいるぞ」と、みんな大騒ぎです。
でも麻実子ちゃんのママは他のお母さんと年齢はほとんど変わりません。
そうして、麻実子ちゃんのママはクラスメート皆にとても優しいのです。人気者。
きらきらしたママが魅力的だから、とっても嬉しい麻実子ちゃん。
――――今日は参観日。
寒い雪の日です。
それでもママは、ワインレッドのカペラにスパイクタイヤを履かせているので、雪道だってかっこよく運転出来ちゃいます。
続々教室にお上品な洋服を着たお母さんたちがやってきます。
そして……なんと、ソワソワしているのは麻実子ちゃんだけではありませんでした。
「マミちゃんの素敵なママ、いつ来るかな!?」とみんなが囁いています。
鼻高々の麻実子ちゃん。
さあ、授業が始まりました。大勢のお母さん方が緊張した面持ちで静かに、生徒たちの後ろに立っています。
(あれ? ママ、どうしたんだろう……)
結局、麻実子ちゃんのママは参観日に来ませんでした。
こういうことは……ママがやると言ってできなかったことは、これまでも何度かありました。
その都度麻実子ちゃんは(ママ、嘘つき!)と心の中でだけ叫んでいました。
雪の中を45分かけ歩いて帰りました。桜色のほっぺを真っ赤にしながら。手袋をしていても指先までかじかんで、指が痛い。ここは盆地で寒い土地です。
「ただいま……」
すぐにママが階段から下りてきました。
「おかえりなさい、麻実子」
「ママ、参観日に来なかった……」蚊の鳴くような声で下を向いて言いました。
こらえきれず溢れ出る麻実子ちゃんの涙。
ママは麻実子ちゃんをすぐに抱きしめ、謝りました。
「ごめんね! 麻実子、ごめんね! ごめんね」何度も何度も謝りました。謝っている内に泣き始めたママ。
麻実子ちゃん、ついにはママにしがみ付き、ワーワー声を上げ大泣きです。
ママは言い訳が嫌いなのかな。ただ謝ります。
――――麻実子ちゃんは今40才。まん丸ほっぺはスッキリとし、美しい女性へと成長しました。8才の元気いっぱいの男の子のお母さんになりました。
子育ては時に大変だけれど、麻実子ちゃんは息子のことが可愛くて、可愛くて仕方がありません。だいじな命を守り通す使命を与えてもらったことに感謝しています。
(この子のためならなんだってできるわ。本気でそう思う)
そして麻実子ちゃん、子育てにおいて失敗することもあります。その度に反省。そして次に生かせた時、息子を十二分に満足させ笑顔でお家が揺れるぐらいに明るくなった時、麻実子ちゃんは自身の苔が落ちて行っている感覚がし、軽やかに歌い出したいような気分がします。
麻実子ちゃんは自分の母と同じく、シングルで子どもを生みました。
今なら解ります。
ママは嘘つきなんかじゃなく人間だったのです。
麻実子ちゃんのママが、お店に出る時にネックレスに着けていたダイヤモンド、それよりも……参観日に行けなかったと、娘に謝りながらこぼした涙の輝きのほうがまばゆい。それは煌めいている。とっても強い光だと、麻実子ちゃんは知りました。
未来を照らす温かな灯し火なんだって。
綺麗な女性(ひと) 沙華やや子 @shaka_yayako
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