第14話 ゲナブの森

 ゲナブの森は、帝国城の南に広がる中規模の森である。

 スィークリト帝国が位置する北西部には、バル大森林と言われる、広大な森が広がっており、そのバル大森林の外縁部にあたる森が、各地に広がっている。


 北西部は、帝都ラウェルを中心に、数多くの都市が存在する。それらの諸都市は、ヴァントブル街道という帝国領内最大の街道で結ばれ、街道の末端は毛細血管のごとくに広がり、もはや中央の管理が行き届かないほどである。


 ヴァントブル街道の周りは、整えられた平原が続き、美しい農村風景などが見られる。

 だが、いったん街道を離れると、木々の大海と言えるバル大森林によって辺りは支配される。


 その奥地には、まだ見知らぬ文明が存在するともいわれ、命しらずの冒険家達は、こぞってバル大森林の奥地を目指すのである。


 そんなバル大森林から比べると、ゲナブの森は、比較的人間が中を探索しやすい森でもある。凶悪で奇怪なものの存在もなく、人々が日々生活するには、なんら問題はない森であった。


 そんなゲナブの森を通り抜けている男が三人いた。

 カリュース達である。


 彼らが歩くたびに、切り落とされた枝々が、ぱきっと軽い音をたてる。

 辺りは、森の中特有の薄暗く、湿っぽい。鳥の鳴き声がけたたましく鳴り響き、小昆虫が垂れ下がる枝の上で、彼らの姿を感知すると、さっと身を隠す。

 地面は、降り積もった落ち葉で柔らかく、装飾的とは言え、鎧をつけている者は歩きにくそうに、歩いていた。


 「ちくしょう、こんなに落ち葉で地面が柔らかいのだったら、こんな鎧を着て来るんじゃなかった」


 落ち葉に半分足をとられながら、ルッカは文句を言った。


「まぁ、来ちまったもんは、しょうがないわい。がはははははは」


 デスは、ルッカに向かってそう言った。


 「ちぇっ。デス大騎将は、気楽でいいよな」

 「まぁ、そういうなルッカ。確かに、まさか、こんなに降り積もっているとは思わなかったけどな。


 恐らくは、中の住民が木を切るのに、どんどん葉を切りとっていったからだろう。

 時期がまずかったようだな」

 「連中も、調べて欲しいなら、少しは、葉をどけてりゃいいのに」


 ルッカは、そう言い、落ち葉に沈む足を引き上げながら、後の男達についていく。


 彼らは、軽めのブロードソードを手にしているだけで、後は、普段の軍服だけの姿だった。デスは、一番前を歩き、歌を歌いながら枝を手にした剣で切り落としていた。

 カリュースは、ルッカが遅れないように、ややゆっくりめに歩きながら、デスの後をついていった。


 辺りの木々は、紅葉こうようを始めるにはまだ少し時期が早いため、青かった。

 時折、横を小川が流れ、そこでは、森で生きる小動物達が、水を補給しにやって来ていたのが見られた。


 彼らは、帝国城からゲナブの森に入り、かれこれ数時間は森を歩いていた。ルッカが聞いた森の住民の話しでは、この森の奥に馬車が数多く止まっている、はずだった。


 だが、歩けど歩けど、辺りの風景はほとんど変わらず、ただうっそうと生い茂る木々が、周りに群生しているだけだった。それには、原因があった。


 道の途中に、分かれ道があった。その時、デスが看板は信じられん、と言い張り、看板が示す方向とは、逆の方に向かったためであった。

 道は次第に緩やかな坂になり、明らかに、森の奥ではなく、山の方に向かっていた。


 「デスさん、どうも道が緩やかな登り坂になっているように思えるのだが……」


 カリュースは、今進んでいる道が、どうやら間違っていることに気がついた。


 「そうか、わしゃあ、別にそうは思わんがのぉ」

 「とりあえず、一旦止まって、場所を確認した方がいい」

 「そうですよ、デス大騎将」


 ルッカは、落ち葉の中を、一人苦労して歩いていたので、体じゅうから汗が吹きだし、へとへとに疲れていた。


 「軟弱じゃのぉ」


 (おっさんも、この鎧を付けて歩いてみやがれ!)


 ルッカは、そうデスに文句いった。もちろん、口には出していない。


 「まぁ、とりあえず一旦止まろう」

 「しょうがないのぉ」


 デスは、手にしていた剣を鞘におさめ、そばにあった大石に腰をかけた。

 ルッカは、待ってました、とばかりに大石を背に寝転がり、動かなくなった。


 「とりあえず、俺はもう少し奥に行って、調べくる」


 カリュースは、デス達にそういうと、そのまま緩やかな坂を登って行った。



 カリュースは、緩やかな登りになっている坂を、急ぐこともなく、ゆっくりと歩いていた。

 辺りは、森の中にいた時とは違って、少し木々の間から、山の下を見おろすことができた。


 木々の間から見える山のすそには、ゲナブの森が広がっている。カリュースは、少し登った所にある、見晴らしのいい所で立ち止まると、下に広がるゲナブの森を見おろした。


 カリュースが立っているところは、そう高いところではなかった。傾斜も、気をつけて降りれば、降りられないこともない。


 カリュースは、目を細め、そこから見える、青々したゲナブの森を見た。所々が切り開かれ、そこに小さな家々が見える。右手には、切り立った崖があり、結構大きめの滝が流れ落ちていた。

 カリュースは、滝に目を止めると、滝の様子を見入った。


 勢い良く流れ落ちる滝──カリュースの目には、自然の作りだした力強い生命の輝きがそこに感じられた。滝壷には、小さな虹が幾重いくえにもかかり、その様子は、虹色の蝶が舞っているかの様であった。


 「ふぅ。しかし、やはりあの時の分かれ道は、看板の通りに進むべきだったな……」


 カリュースは、デスが言い張ったことによって、こんな、まったく見当違いの方向に来てしまったことにため息をついた。


 「となると、戻らなければならんか……ん? あれはなんだ?」


 カリュースは、滝からそう遠く離れてはいないところに、馬車の様な物が、数多く──と言うほどではないが、数台止められているのに気がついた。


 「あれが、ルッカが言っていた、黒い怪しい馬車か。あれは、ただのジプシーのものにしか見えんがな。


 まっ、とりあえず、ここからそう離れてはいない。戻って、デスさんらを呼ぶか」


 カリュースは、その場所に適当な目印を置くと、山を降りていった。


 そして深い森の奥で、三人は思わぬ出会いに行き当たった。

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