第三章 『運命』

第13話 森の異端者

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第三章 『運命』

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 木々の間をかけける黒い影──人間をはるかに越える跳躍ちょうやくは、獣のようであった。数体の獣のような影は、森の奥に逃げるように消え去った……


 「おい、何か今そこを駆け抜けなかったか?」


 木こりと、思われる男は連れの男に向かってそう言った。


 「そうか? 俺には何も見えなかったがなぁ」

 「いや、絶対何かいた。あれは、人間みたいだったけど、異常に速かった」


 連れの男は、軽く笑いながら言った。


 「狼が、二本足で立って走ってたんじゃねぇのか」

 「そんなことはない。あれは、人間だった。こう、黒っぽい服を着て、頭には、布を巻いてたし……」

 「お前の見間違いだよ。そんなことよりも、さっさと仕事を仕上げようぜ」

 「絶対、見たんだけどなぁ……」


 男は、すっきりしない様子だったが、連れの男に言われるままに、森の奥に入っていった。



 明るい日差しが、小さな部屋に差し込んでいた。その部屋には、中ぐらいの机があった。それは、個人が使用するためのものだ。


 その机の前には、少し足の短い横長のテーブルが置かれ、そのそばにはソファーが置いてある。テーブルの上には、何も置かれておらず、いかにも無骨ぶこつな、風流とはまったく縁のない様子であった。


 個人用の机の後ろには、机に足を乗せ、椅子に大きく座っている、立派な髭をはやした男がおり、ソファーには、日に焼けた健康そうな男が腰をかけていた。

 こちらの男は、髭の男とは違って、いかにも美男子であった。扉の前には、かかとを揃え、手を後ろに組み、じっと立っている男。その男は、他の二人と比べると、いくぶんか若かった。


 彼らはお互いに話をするわけでもなく、ただ、静かにたたずんでいた。机に足を乗せている髭の男は、時折大きなあくびをすると、暇そうに自分の髭をもて遊んでいる。

 ソファーの男は、腕を組み、じっと目をつぶっていた。扉の前の男は、そんな二人を、何か神々こうごうしいものでも見るような目つきで、じっと食い入るように見ていた。


 彼らのその様子は、永遠に続くかのように、ただ、穏やかに時の流れに身をまかせていた。だが、その時の流れを一気に進めるものは、突然現れた。

 軽い、扉をノックする音が、辺りに響いた。


 「なんじゃあ、入れ」


 髭の男は、相変わらず足を机の上に乗せたままで、ノックに答えた。

 扉が開かれ、外から軽い、装飾的な鎧をつけた騎士が入ってきた。


 「デス大騎将。お時間はございますでしょうか?」


 入ってきた男は、敬礼をすると、すぐにそう言った。


 「暇すぎるわい。なんじゃ、何か仕事でもあったのか?

 こう、暇じゃとドブ掃除でも、中庭の銅像拭きでも、なんでもしたくなるわい」


 髭の男は、大きくあくびをした。いかにも暇でしょうがない、そういった様子だ。


 「何かデスさんにしてもらいたいことがあるのか、ルッカ」


 ソファーの男は、入ってきた男に顔を向け、興味深そうに言った。


 「カリュース。お前もいたのか。


 いやなに、大したことじゃないんだがな。帝国城のすぐそばにある、ゲナブの森の住民がな、つい二、三日前から、森に何か怪しいものが住み着いているらしいから、それを調べて欲しいと、今日帝国城に訴えがあった。


 それで、それを調べるように、俺の所に指令が回ってきたわけだ」

 「怪しいもの?」

 「ああ、詳しくは知らないが、黒い服らしいものを着ていて、人間とは思えない早さで森の奥にけて入った影があったから、森の住民の二人が奥へ調べに入ったそうだ。


 そうしたらな、森の奥に馬車が数多く止められていたそうだ。どうも、ジプシーの様らしいが、連中は怖がって、詳しく調べたわけじゃないらしい。

 まぁ、それを俺たちに調べてくれってけさ」

 「なんじゃ、つまらんのぉ。わしゃてっきり、化け物退治でもするのかと思ったわい」

 「まぁ、暇つぶしに行ってみませんか? 大騎将」


 扉から入ってきた男は、軽く笑った。


 部屋の中には四人の騎士達がいた。机に足を乗せるデス、ソファーに腰をかけるカリュース、扉の前に直立するハースランド、そして今、扉から入ってきたルッカである。

 スィークリト帝国の、上級騎士や騎士達である。彼らの顔は、いかにも軍人のよそおいをしながら、その心は子供のように素直で、恐れをしらない、若々しいものだった。


 デスは、最後に大きなあくびをすると、足を机から下ろし、肩を鳴らしながら、腕を振り、簡単な体操をし始めた。

 カリュースも、立ち上がると大きく背伸びをし、何をするともなく、何時間も座っていたのから解放されることを、心持ち喜んでいた。

 ハースランドは、相変わらず、じっと動かず手を後ろに組んで立っている。


 「よっしゃあ! それじゃあ、いっちょ調べに行くかの、がはははははは」


 デスは、大声で笑うと、ルッカに連れられて、自分の大騎将室を出た。



 その日は、カリュースが大将軍室で、ラフューンに出会ってから、数日後のことだった。


 カリュースは、あの日以降も、普段と別段かわった様子を見せるようでもなく、ただ、いつもと同じように過ごしていた。カリュースは自分の中騎将室にこももらず、部下達を連れては兵士の訓練を行ったり、騎士養成場に行っては、騎士の卵達の相手をしていた。

 騎士の卵達にとっては、カリュースやデスは、帝国の英雄──とまではいかないまでも、あこがれの的ではあった。


 そんな卵達にとってみれば、その憧れの上級騎士達が、手とり足とり、剣の使い方や、用兵術等を指導してくれるのだから、嬉しいことこの上もなかった。そして、カリュース達は、高慢こうまんな態度をとることもなく、一生懸命教えてくれるため、カリュース達を知らない卵達からも人気は高かった。


 騎士養成場は、基本的には十五歳になれば、自分の希望で入ることができる。そして、三年をかけて、じっくりと用兵術を中心に、様々な士官としての訓練を受ける。当然そのような中で見込みの無いもの達は、容赦ようしゃ無く切り捨てられていく。


 彼らが、卒業する時には、入った当時は百人いた士官希望者も、すでに三分の一の、三十名ほどにまで減るのである。そして、卒業試験ともいえる、養成場内トーナメントにおいて、騎士六ランクの内、十八名が選抜されるのである。


 優勝者には、正騎兵の資格を与え、準優勝・三位には従騎兵、四~六位には大騎兵、七~十位には、中騎兵、十一~十四位には小騎兵、十五~十八位には准騎兵、とそれぞれの成績に合わせて、騎士の資格を授与される。このトーナメントで十八位以内に入れない者は、その時点で、士官としての地位はもらえず、途中で辞めた者同様扱いになるのである。


 こういった厳しい騎士養成場からは、毎年必ず有能な士官が輩出され、スィークリト帝国の軍隊の根底をなしているのである。

 カリュース達上級騎士は、そんな卵達の養成官として働くのも、仕事の一つであった。


 カリュースの直接の教官は、現在の上官であるデスであった。

 デスはカリュースの荒削りだが、鍛えればものになる剣技に目をつけ、ほとんどマンツーマンで訓練を行った。

 その結果、カリュースは卒業トーナメントにおいては準優勝になり、従騎兵の資格を授与され、デスの直接の部下として、その任についたのだった。


 そして、卒業してから数年後に勃発ぼっぱつする、スィークリト帝国とヒスタリク王国の大戦、「イプソス平原大戦」においては、抜群のコンビで、「無敵の騎士ケントゥリア」を称されることになり、カリュースは、異例の二十代の上級騎士に任命されたのであった。


 そんな英雄達の穏やかな日常の裏で、小さな依頼が運命の行き先を定めていた──

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