第15話 ウィフィツィのジプシー

 一方、カリュースが山に登って、後に残された二人は、お互いで会話をすることはなかった。

 デスは、鼻歌を歌いながら剣の手入れをし、ルッカは、大石に寝転がったまま、身動きすらしていなかった。


 カリュースが戻ってみると、二人とも完全に寝ていた。


 デスは、腕組みをし、頭を後ろに垂れながら、いびきをかいていた。ルッカは、音を立てることもなく、ただ静かに寝入っていた。

 二人とも、結局待っているのが暇になり、そのまま眠ってしまったようであった。


 「まったく、何をやってるんだ。俺にだけ調べに行かせて、帰ってきたら、寝ているとは……」


 カリュースは、そんな二人の姿を見ると、怒ることもなく、ただ近くの石に腰をかけ、二人が起きるのを待っていた。


 そこは、山への坂の途中にある河原だった。辺りには、小川の流れる音が静かに響き、森の中と違って、鳥の鳴き声は、けたたましい、と言うよりはさえずりのような心地よい声だった。


 彼らは、大騎将室で寝る代わりに、今度は、ここで寝ているだけだった。彼らが、目を覚ましたのは、カリュースが山から戻って、二時間は経っていた。


 「ふぁぁぁぁぁ。よく寝たわい。カリュースのやつは、まぁだ戻ってきてはおらんのか」


 デスは、背伸びをしながらつぶやいた。


 「もう、戻ってきている」

 「なんじゃ、おったんか」

 「ああ、もう二時間前から、こうして待っていたんだ」


 カリュースは、少し口調を強めて言った。


 「で、何か分かったのか?」

 「ああ、ここから少し登った所から見える滝のそばに、その馬車は止められているな」

 「ふむ。で、数は?」

 「そうだな……四、五台って所かな。そう多くはない」

 「人の数は?」

 「俺が見たかぎりでは、あまりいないように思えた。だが、ジプシーだったら、馬車の中に子供や女がいるだろう」

 「ふむ。そこまでは、どうやったら行けそうじゃ?」

 「少し登ったところに目印をつけてある。そこから、斜面を降りれば、滝に行ける。

 後は、馬車まではそう遠くはない。


 早くしないと、日が暮れる。急ごう」


 そういうと同時に、カリュースは立ち上がった。まだ寝ていたルッカを叩き起こし、半分ぼーっとしているルッカを無理矢理連れて、カリュース達は山に登った。



 カリュース達は、山の斜面を降り滝のそばにきていた。


 「ここから、すぐ近くの所に馬車は、止まっている。上から見た感じでは、ジプシーみたいだったが、ジプシーに化けている、マチルダ一家の盗賊かもしれない」


 ルッカは、少し緊張きんちょうしている様子だった。


 「そうじゃの。じゃが、行ってみんことには分からんわい。とりあえず、警戒けいかいしつつ進むぞ」

 「ああ」


 カリュースは、腰の剣を手で確認しながら、いつでも抜けるように気を引き締めて、馬車に向かって歩きだした。


 カリュース達は、馬車がもう目の前にあるところにまで近づいていた。こちらからは見えるが、向こう側からは木が邪魔になって見えない、そんな所を選んで、じっと馬車の様子をうかがっていた。


 馬車の周りには、黒い軽装束を身に付け、頭には布を巻き、肩からは、下の黒い服とは、違って短い明彩色の上半身を包むタイプのマントを着けている男達が数人歩き回っていた。

 その顔つきは、森の住民が言うような怪物や獣ではなく、普通の人間だった。また、カリュース達が心配していた盗賊のものでもなく、上からみた通りのジプシーの姿である。


 「ありゃ、もしかしたら、ウィフィツィのジプシーの連中じゃないかの」

 「ウィフィツィ?」


 ルッカは、ジプシーを直接目の前で見るのは初めてだった。ジプシーその物の存在は、本などで知ってはいたが、普通は、一定の所に定住することがないゆえに、見ることはそう容易なことではなかったからである。


 「うむ。ウィフィツィのジプシーというのは、色々あるジプシーの中の一つで、ウィフィツィばばと言う、まぁ、化けもんみたいなばぁさんが、連れてまわっとるジプシーなのじゃ」

 「ウィフィツィばばって、もしかしてあの、彼女の占いは、ほとんど外れることはなく、その魔術シャムニの力は、スィークリト近辺では伝説とまで言われる、あの魔女のばぁさんのことか?


 前にリーディスが、話したことがある」

 「そうじゃな。まぁ、有名と言えば有名じゃろうな。じゃが、一度会えば、とんでもないばぁさんだと、分かるじゃろう。がはははは」

 「しかし、南のウン=ライゼンの水鏡占術、北のウィフィツィのカード占術は、有名じゃないか」

 「そんな、たいそうなばぁさんかのぉ。わしは、ただ口やかましいばぁさんじゃと、思っとったがの」

 「デス大騎将は、会ったことがあるのですか?」


 黙っていたルッカは、そうデスに聞いた。ルッカにしてみれば、両方の話しが完全に食い違っているだけに、どちらを信じればいいか分からなかったからだ。


 「うむ。会ったことがあるもないも、言うなればわしの人生の師じゃな」

 「デスさんの、人生の師!?」

 「デス大騎将の!?」


 カリュースとルッカは、顔を見合わせた。デスの人生の師と言うからには、よほどの筋肉ばぁさんか、あるいは化け物か……そう彼らの脳裏には浮かんだ。


 「恐らくは、間違いなく、あのばばのジプシー達じゃよ。ほれ見てみい。あの男達の上半身を包んでいるマントを。

 マントの模様に、三日月と太陽が描かれておるじゃろう。あれは、ばばのカードの紋章じゃよ」


 黒装束の男達のマントの隅には、小さいが、デスの言った通り三日月と太陽が縫い込まれていた。


 「本当だ。確かに縫い込まれているな。しかし、ウィフィツィのジプシーと分かったとしても、どうやってそれを確かめるんだ?」

 「簡単なことじゃよ。こうやればいい」


 デスは、そういうと堂々と馬車の前の男達の前に進んだ。

 突然現れたデスに対して、男達は驚き、腰に帯びていたショートソードを抜きは放って身構えた。


 「誰だ!」


 ジプシーは、警戒しながら低い声で言った。

 デスは、臆することもなく、ただ胸の前で何かの印を切っただけだった。


 「その印は、キソウの印。お前、何者だ」


 デスは、相手が自分の切った印のことを知っている、そう判断すると、カリュース達の方を向いて手招きをした。


 「もう隠れんでもいいわい、さっさと出てこんかい。がははははは」


 カリュースとルッカは、警戒しながらも、隠れていた木から姿を現した。


 「お前達は何をしに来た。それに、キソウの印を知っているお前は、何者だ?」


 ジプシーの若い男は、デスに向かってそう言った。


 「わしか? わしは、そうだな……カネムとでも言っとこうかの。

 ところで、ばば殿はおられるか?」

 「ばば様に何のようだ」

 「なぁに会わせてもらえれば、分かるわい。がははははは」


 若い男は、仲間のジプシーと何か相談を始めた。カリュース達は、そんなジプシーをじっと見つめていた。


 (カネムなんて名前、聞いたことがあるか、カリュース?)

 (いや)

 (じゃあ、あれは大騎将のでまかせか)

 (そうでもないだろう。やつら、どうやら例の魔女の所に案内してくれるようだ)


 ジプシー達は、デスを連れて歩きだした。馬車の中からは、興味深そうにこちらを見ている子供達がいた。


 彼らの顔は、どれも生き生きとしており、男も女もみんな髪の毛を長く伸ばし、後ろをジプシーの独自の髪飾りで止めていた。それは、ジプシーが街に出て、踊りを見せるときなどに使われるものだった。

 木でつくられた髪飾りには綺麗に色が塗られ、どの飾りにも必ず、三日月と太陽の小さな模様が掘られていた。


 最初は警戒していた彼らも、やがて馬車から降り、自分達の仕事を再開し始めた。鮮やかな色の服を着た女が、手にはジプシーの装束を持って滝に向かい、子供達は、カリュース達をしきりに気にはしながらも、森に薬草を採りにいく。


 森で採れた草を、煮込んで薬草にしている老婆や、ジプシーが狩に使用する道具を作っている老人、壊れた馬車の修理をしている男や、ジプシー達の中に混じって、商人のような格好をした者……彼らの生活の一端が、ここにあった。


 彼らの顔には、陰りはなく、みんな晴れやかで明るく、健康的だった。


 カリュースは、最初は自分とは違う人々を目にして違和感を感じていた。だが、彼らの間を歩いているうちに、どこかなつかしさがあり、親しみを感じていた。


 運命をる者達は、この時はまだその意味を持たぬただのジプシーだった。

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