知らない彼女

僕とロゼッタは露店で買い物をしてから自宅へと戻った。

自宅があるのは街の中心から少し外れた閑静な住宅街の一角。

その周辺は〈クォーツの民〉が暮らしているからか、魔法が使えない〈無垢の人〉たちは用がない限り近づかない。

〈クォーツの民〉はこの街にとって支配者に等しい存在だからだ。


自宅につき、買ってきた食材を氷の入った箱に入れる。

ここまでロゼッタとはひとことも話していない。

いま口を開いたら絶対に言ってはいけない言葉を言ってしまう気がした。

ロゼッタに対してそういうことはしたくない。

なので、これが終わったらすぐに部屋へ戻ろうと心に決めていた。


「レイ、それが終わったらこっちにきなさい。」


「……わかりました。」


……決めていたのに呼ばれてしまった。

まぁそうだよなと思いながら、いつもよりゆっくり買ってきたものを収納したが、すぐに終わってしまった。


いつも食事を食べる時に使っているテーブルの椅子に腰を下ろしロゼッタを見る。

ロゼッタは、琥珀をそのまま嵌め込んだような美しい瞳をしていて、黒く艶やかな髪はひとつにまとめている。この国随一の美貌の持ち主だ。

毎日一緒にいる僕でさえ、祭りの日とかに着飾ったロゼッタを見るとドキドキしてしまう。

ロゼッタは一度深呼吸をしてから口を開いた。


「……フランがどうやって、どうして外に出たのか気になりますよね。」


「……はい。」


「どうしてはわかりませんが、どうやってならわかります。」


「え!?……どうやって出たんですか?」


「フランは風の魔法を使います。姿を隠し、風に外まで運んで貰うことが可能だとすれば、どうやってという疑問は解決です。」


「で、でも……!それはかなり高度な魔法です。」


「えぇ。もしも彼女が本当の実力を隠していたとしたら、どうでしょうか?……フランはこの国の出身ではありません。ある日突然荒野に現れた三歳くらいの少女でした。それを見つけたロベルトが彼女を保護したのです。もしかしたら、それが関係しているのかもしれません」


「そ、そんな……」

あの荒野で子供が生きていくことは不可能だ。

水も食料もなにもかもないあの土地で。

そんな土地にふらっと現れた少女だった。

もしかしたら、本当にフランは僕たちに嘘をついていて、裏切ったのか。


……僕はフランのことを何も知らない。


産まれてからずっと一緒にいたはずなのに、急に遠い人に感じてしまうのは、僕が冷たい人間だからなのかもしれない。

それ以上の言葉を紡ぐことができなかった。


「……レイ、自分を責めてはいけません。彼女が何者であれ関係ないのですよ。貴方がいま知っているフランを思い出しなさい。彼女はきっと生きています。信じる、信じないは自分の心としっかり向き合って、答えを出しなさい」


僕の心の中を見透かすようにロゼッタは言葉を紡ぐ。

少し熱が籠ってはいるが溶けない氷のように淡々と冷静に。その声はずっと自分の中に入って溶け込んで、上がり始めた負の熱が下がっていくのを感じた。


「……はい。ありがとうございます。師匠はどうしていつも僕の心が分かるのですか?」


「さぁ?まぁ、貴方は顔に書いてありますから」


絶対にそれだけじゃないと思うが、何も言わずにお辞儀をしてから僕は自室へと戻った。


ギシッと音を立てるベッドの上で、フランのことを考える。

この街は魔法のお陰で温度が一定に保たれていて、暑いとか寒いとかがない。

それなのに少し肌寒く感じるのは、フランがいなくなったからなのかもしれない。

目を閉じて深く息を吸いながら、彼女のことを思い出す。


実は僕にとってフランは初恋の人だ。

可憐で笑顔が可愛くて、僕よりも四歳年上の風魔が得意な少女だった。

穏やかな風を想わせる深緑色の綺麗な目と桜色の短い髪に僕が街で買った向日葵のピン留めをつけていた。

僕の名前を呼ぶ優しいあの声と、どんな時も笑顔で僕の手を引いてロゼッタとロベルトの後ろを歩いてくれた。

あの笑顔はきっと嘘じゃない。


僕は……フランを信じたい。

もっとフランのことが知りたい。


そう思うと心に湧いてきていた黒い靄がなくなった。

いつの間にか意識は遠くへと向かっていった。

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