反省会と弟子の不在
僕たちの住んでいる街オールドテイルは、この世界で唯一、人が住んでいる場所だ。
他の場所は下の世界からやってくる魔物で溢れ、水が枯れ荒野となり、人は住めなくなった。
そういう経緯もあって、ここには様々な人種の人が暮らしている。
なぜオールドテイルは人が住めるのか。
それは〈クォーツの民〉と呼ばれる魔法が使える民が住んでいるからだ。
それが師匠であるロゼッタや僕のことだ。
〈クォーツの民〉は僕たち含めて100人ほどしかいないが、各々が自分にできる魔法を用いて国の運営をしている。
どうして〈クォーツの民〉が魔法を使えるようになったのかはわからないが、この街に住む人々を救っているのに変わりはない。
火を創り、水を循環させ、大地を浄化する。
それをしなければ1週間後には監視塔から見える景色と同じようになり、人類は跡形もなく消えてしまうだろう。
そうならないようにするのが僕ら〈クォーツの民〉に課せられた使命なのだ。
そんな僕は赤ん坊の頃に教会に捨てられた、所謂孤児だ。
街の人は両親のことを知っているのかもしれないが、わざわざ聞くこともないし、知らなくていいと思っている。
それは、師であるロゼッタが親代わりのような人だからかも知れない。
魔法を発現したのは3歳のときで、辺り一面に光の粒子を散らして遊んでいたらしい。
その後すぐに弟子として魔女ロゼッタに引き取られた。
ロゼッタは僕と同じ光魔法の使い手だ。とても勤勉で、魔法の才能も素晴らしく、この街の三大魔術使いのひとりである。
弟子としてこんなにも誇らしい師匠はいない。
冷徹な笑顔の裏に隠された暴力性を除けばの話だが。
そんな人の元で修行を初めて十二年が経ち、ようやく実習形式での訓練ができるようになった。
初めての訓練だったし、よくできたと思っていたのだが。
「……レイ、先ほどの反省をしましょう。今は魔物も落ち着いていますし。さて、光柱魔法は少数の敵だけでなく、多数の敵にも有効です。威力も大切ですが命中しなければ意味がありません。そのためにレイが魔物の位置や数、強さなどを割り出すのです」
監視と魔物の動向を見つつ、ロゼッタは先ほどの戦闘を振り返る。
烏のように鋭い眼光が僕を貫く。
「たしかに、先程の説明でもわかります。…ですがそれは私だからです。正確な座標や魔物の現在の配置は、私も見えているから大体の位置を伝えれば大丈夫だなんて思ってはいけません。私だからできるのです。貴方の役目が一番大切なのです。……次はそこを意識してやりなさい」
ごもっともである。
僕があの説明だけで、全ての魔物に光柱魔術を命中させられるかと言われたら、絶対にできない。
初めてだったとはいえ、やらなければいけないことを疎かにしてしまった。
今の僕の顔は、怒られた子供より酷く歪んでいるかもしれない。
「申し訳ありません。勉強不足でした。改善して次に活かします」
「えぇ、そうなさい。ですが落ち込む必要はありません。初めての実地訓練ですし、貴方の冷静な状況判断能力は類をみません。やればできるのですから気負わずにやりなさい」
「は、はい!ありがとうございます」
烏のように鋭かった眼差しは春の日差しのように柔らかくなった。
褒めるときは褒めて、叱らなけらばいけないときはしっかりと叱る。
だからこそ僕は期待に応えたいと思えるのだと思う。
家に帰ったら見直しする決意を固めた。
それから何事もなく、1時間後に交代魔法使いが階段を昇ってきた。
「ロゼッタ女史、交代の時間だぜぃ。んぉ、坊主。今日からだったのかぃ。」
「あ!ロベルト卿。今日から実地での訓練に参加できることになりました。」
「いいじゃねぇか。ロゼッタ女史なら最悪もねぇから安心だなぁ。」
「はい。今日も師匠には勉強させて頂けました。これからも精進します。」
「おう。頑張れよぉ。」
手をひらひらと振っているこの男、ロベルトもオールドテイルの三大魔法使いのひとりだ。
オールドテイルではロベルトしか火の魔法が使えない。
そのため魔物への攻撃以外にも街のあらゆるところに使われていて、生活に必要不可欠。
彼がいなくなったら街が滅びる可能性もあるくらい大切な存在だ。
「魔物の数が普段より少ないわ。それ以外に異常はないから、今日はゆっくりできそう……あら?今日はフランがいないのね。」
そういえばロベルトの弟子のフランが見当たらない。
師匠と弟子はペアで行動することが多いのに。
「あー。……あいつ目を離した隙に門の外に行きやがったみたいだ。……外までは追いかけられねぇ。」
「え、ちょっと待ってください!門はひとりでは開けられないはずじゃ……!」
結界の門、それが街を守るための結界防衛魔術だ。
結界の外からはオールドテイルを可視化できないようになっているので、一歩踏み出てしまえばロゼッタのように熟練した"クォーツの民"以外は戻ることはできない。
外に出ることは自殺行為も同然なのだ。
第一、門は必ず三人以上で開ける必要がある。
フランがひとりで開けることは不可能だ。
もし外に行ってしまったとして、フランが魔法を使えるとはいえ、溢れ出てくる魔物を相手するのは難しいし、なにより枯れた大地を彷徨うことになってしまう。
ロベルトは苦虫を噛み潰したような顔をして、頭をかいている。
一番責任を感じているのはロベルトだと察してそれ以上は何も言えなかった。
「……そう。こっちを警備しているときにフランのような人影は見なかったわ。ティアたちが反対を警備していたはずだけど何か言ってた?」
「いんや。ティアも見てないって言ってんだ。……俺の監督不行だ。……すまねぇ。」
「いいえ、謝らないで。ロベルト、気を落とし過ぎないで。フランが無事に戻ってくることを祈りましょう。監視はできそう?」
「問題ねぇ。アイツも見つかるかもしれねぇし、ひとりでいてぇんだ。」
ロベルトはそういうと荒野を見つめ、唇を噛み締めていた。
ロゼッタは「行きましょう」と静かに階段を降り始めた。
振り返ると、紅く燃えるような夕焼けがロベルトを照らしていた。
嵐の前触れのように静かに凪いだ夕方だった。
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