忙走十二月
小狸・飯島西諺
掌編
12月に入ると何だか、「何かをしなければいけない感」が出てくるのは、私だろうか。
何かをしていないと落ち着かない、というような、そんな感覚。
私は今まさに、その感覚に陥っている。
その落ち着かなさにかこつけて、年末恒例の大掃除も早めに終わらせてしまったけれど、未だその「何かをしなければいけない感」が収まる様子はない。
クリスマスや、大晦日、その先のお正月というイベント事が控えていることは承知の上だけれど、それとはまた別で――である。
子どもへのプレゼントをあげるという歳でもない。娘と息子は、既にそれぞれ仕事で一人暮らしをしている。年末年始は帰ってくるけれど、子ども時代のようにわちゃわちゃとした家庭になるわけではない。夫は夫でマイペースなので、多分普段と変わらないだろう。
私が勝手に、そわそわしているというだけなのだ。
……更年期だろうか。
だったら嫌だな。
いや、もうそうなっても良い歳なのではあるが。
仕事は、26日金曜日までである。それ以降は年末年始の休みである。
まず師走という名前が良くない。「走」という字が、私の中の、名状しがたい焦燥を加速させる。
焦燥?
だから、何を焦るというのだ。
分からない。
分からないが――恐らくクリスマスの装飾が、そうさせているのかもしれない。赤色。警戒警告の色。コンビニやスーパー、家電量販店でも、クリスマスフェアか何かで、赤色の装飾がなされている。
それが落ち着かない原因の一つなのかもしれない。
などと、そんなことを思いながら、私は職場に向かう。
月曜日の朝なので、皆々の足も、どこか億劫である。
不思議なことに、足早にはならなかった。
出身が雪国だから、冬はゆっくり歩くことが身に染みているのかもしれない。まあ、今日、雪は降っていないけれど。この地域は、一度みぞれのようなものが降ったけれど、天気予報を見る限り、少なくとも今年中、積雪の可能性はないとみてよさそうである。
後は、仕事の締めの時期、というのもあるのだろう。
私の就いている仕事は、年末年始で、色々まとめに入る必要のある仕事なのである。
今年も色々あったなあ、などと、適当に振り返る。
私は適当なのである。
勿論、その色々の内容は、主に仕事の話なので、ここで公にはできないけれど。
色々あった――が、その色々を乗り越えて、今の私がある。
いや、乗り越えた、というのは違うな。結局は、職場の人々の協力あってこそ成り立っていた。
……仕事の話は何だかしづらいので、私の日常の生活にしよう。
私は犬を飼っている。
その犬の散歩の役割を私は担っていて――まあ、子どもたちはもういないのだから当たり前なのだが――犬も、どこかそわそわしていた。
寒いのだろうか。
待てよ。
私も、ひょっとしたら寒いだけなのではないだろうか。
筋肉を小刻みに動かすシバリングを行っていて、それが何らかの影響でメンタルと連動しているのではないだろうか。
思い返してみると、私は今年に入ってから、あまり暖房の類を強めに付けていないことに気が付いた。
寒さに鈍感になっている、ということだろうか。
あはは――そう考えると、結局私も歳を取った、という論に帰結する。
なんだ、そういうことか。
小骨の
私はアスファルトの一歩を、踏みしめた。
今日も私は、仕事に向かう。
(「
忙走十二月 小狸・飯島西諺 @segen_gen
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます