11話 後悔の意味
んー、おかしいなぁ……入り江ってどっちだったっけ?
岩場の方なんだけど……
スアルナの家を過ぎたらこっちに曲がって……
あれ?反対だったかな?
あぁ、どうしよう……わかんない。
とりあえず海に向かって歩く?
いや、それはさっきやったんだよね……
いくら歩いても、見覚えがあるような無いような曖昧な道しか現れず、あたしは身体に嫌な汗をかいていた。
—— 絶対に遅れないでくださいね ——
昨日のクラム先生の言葉が、頭の中で響く。
低めのよく通る声が、不安を掻き立てた。
気づいたら辺りが静まり返っていて、突然の静かさはあたしの心をさらに震えさせた。
どうしよう……困ったなぁ。
—— ベチッ
痛ッ!なに!?
「ったくもう!ほんと方向音痴なんだから!」
「スアルナ!」
「ほら!急いで急いで!」
「ごめん!」
叩かれたお尻を撫で、目の前で暴れるオレンジ色の髪を追いかけて走りだした。
呼吸が乱れるなか、見覚えのある岩場が見えてくる。
バタバタと速度を落としながら、あたしはそっと胸を撫で下ろした。
あぁ、よかったぁ……
でも、岩の上を飛んでいたクラム先生が、葉の翼をはためかせながらあたしに近づいてきていた。
静かに降り立つその雰囲気に、つい目を伏せてしまった。
「スフレ……またあなたですか。」
「すみません……近くまで来たんですけど、わかんなくなっちゃって」
「あなたいったい何年この町で暮らしているんです?まったく。 あっ、現地で迷子にならないでくださいよ?」
「はい……」
怒られちゃった……
フイっと振り返ったクラム先生の背中が、あたしを突き放すように離れていった。
「そうしょぼくれんなよ。間に合ったんだし良かったじゃねえか」
「......うん」
周りから冷ややかな目線が集まるのを遮るように、レッドが目の前に立った。
肩にポンッと触れる手の柔らかさに、ほんの少しだけ心強さを感じる。
「ほんと目離せないよねぇこの子」
スアルナも、落ち込んだあたしの顔を両手ではさみ、むにむにとおもちゃみたいに遊び始めた。
「やめてよぉ...」
「次からは家に迎えに行った方がいいんじゃない?ね、人狼の騎士さん」
「どうだかなぁ。こんなお子ちゃま、オレの手に負えねえよ」
「なら、あたしたちでちゃんと捕まえてないとね」
くぅ......何も言い返せない......
レッドは半笑いで痛い視線を向けてくるし、スアルナはずーっとあたしのほっぺで遊んでる。むにむにむにむに。
「んー!ごめんてば。ねえ、もうみんな乗ってるから。いこ?」
「うん!」「おう!」
2人の明るさに当てられて、顔を伏せなきゃいけない雰囲気は、いつの間にかどこかへ行ってしまった。
両脇の親友たちが感じさせてくれた、じんわりと広がる胸の温かみにお礼を告げる。
「ねえ、2人とも。ありがとね」
「あー、うん。全然いいよ」
「なんの話だ?」
レッドには伝わらないかぁ。フフ。
「なんでもない!とにかく、ありがと!」
あたしたちは桟橋を渡って、渡し板を踏み、船に乗り込んだ。
板を靴で踏むゴツゴツという音が、いつもと違う日常を感じさせてくれて、なんだかドキドキする。
生徒以外の街の住民たちも乗り込んできて、その賑やかさはさらに胸を弾ませた。
キョロキョロと周りを見回していると、ロープを持った船員さんが大声であたしたちに呼びかけた。
「まもなく出航します。船員以外はベンチに腰掛けるか、手摺りに掴まってください」
あたしたちは指示通り、近くのベンチに座ろうとした。
すると、妙に浮いた動きをする影が目に留まる。
——杖をついた1人の人間の男性と、1頭の犬——
犬の首に紐が括られていて、男性は犬に引っ張られている。
あっ、この男の人。トートさんだ。
石血病で目が見えないあの男の人。
じゃあ、あの犬さんは彼のお手伝いをしてるのかも。
つい数ヶ月前、買い物に困っていたトートさんに声を掛けたことを思い出した。
懐かしむ気持ちとは裏腹に、船全体が、彼らが座るのを待っているこの空気感に居心地の悪さを感じた。
でも、彼らから近い場所はほとんど埋まっていて。
あたしは、ただ彼らを待つその静かな時間が、たまらなく嫌だった。
持っていたバッグを床に落とし「シーっ」と指を当てながら犬さんに合図を送る。
だけど、全然あたしの気持ちは伝わってなかったみたいで……
「トート、あそこ、空けてくれたわよ」とわざわざ大きな声でトートさんに伝えていた。
えぇ! 何で言っちゃうの?!
あたしは逃げるようにそのベンチから離れていき、手摺りまで一目散。
こっちを見る犬さんのじとっとした目がむず痒い……ちょっと笑ってるし。
「では出航します!揺れに注意してください!」
グラグラ揺れる船の上で、あたしは犬さんの視線を前髪で防いでいた。
あんまり恥ずかしかったから、急いで離れようとしたんだけど———
「もし。席を譲ってくれたお方。そこにいるのはわかってるよ。ありがとうね」
あ……
「あははは!スフレってば、ほんと照れ屋さん!それは無理だって!」
「はははは!なんで普通に言わねえんだよ!逆に目立ってんじゃねえか!」
「いやぁ、お嬢さん悪いわねえ。かわいかったわぁ。ね、トート」
「あぁ、誰かと思えば、スフレちゃんかい。相変わらずだねえ。」
あーもぅ……恥ずかしい…最悪……
気づけば、横にいたスアルナもレッドも大笑い。
生温かい目がいろんなところから向けられていた。
燃え上がりそうなほど熱い顔を隠しながら、みんなのところに逃げ込んだ。
「もう…おねえさん、なんで言っちゃうんですか?シーってやったのにぃ」
「あら、私やトートにだってお礼を言う権利はあるのよ?それも言わせないで逃げちゃうなんてずるいわ」
むぅ……
「この子昔からなんですよ。優しいくせに褒められたりお礼を言われたりするの、嫌がるんです」
「へえ、見た目通り優しいのねえ」
「おまけに詰めが甘いから、すぐバレるしな」
「ねえ…もう許して……」
「スフレちゃん、あの時はありがとねえ。あの日はリナが居なかったから本当に助かったよ。」
「いえ、そんな……あたしなんか…全然……あ、いえ、はい......」
うん、もういいや。なんでも。
それより気になったのはトートさんのこと。
ここまでくるのも大変そうだったけど、船でどこへ行くんだろう?
「トートさん、身体はどうですか?ここまで来るの大変じゃなかったですか?」
「まあ、足が悪いからね。でもリナとこうして歩くのは良い運動になる。散歩ついでに、ルミエル先生に会いに行くところだったんだ」
ルミエル先生?知らないな。
「お前さん方も魔法講義で訓練所に行くんだろう?」
「あ、はい。ルミエル先生は訓練所の先生なんですか?」
「まあ会えばわかるだろう。彼女も講師だからね」
「へえ、ってことはその人フルーなのね。どんな人かな」
「いいや。彼女は人間だよ」
「え?ってことは、精霊とお友達?」
スアルナの問いに、トートさんは静かに首を振った。
彼のその動作には、身を引き締めるような雰囲気を感じた。
「お前さん方、特に人間のお二方。彼女の話をよく聞くんだ。後悔しないためにな」
—— 後悔。
その言葉の重みは、今のあたしたちにはわからなかった。
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