10話 葉翼の憎しみが溶けた時

今日の講義が終わったあとのガヤガヤ時間。

ホームルームのために担任のクラム先生が講義室に来た。

明日の魔法講義のことで話をするそうだ。


あたしは後ろの一番高い席から講義室全体を見下ろし、クラム先生が話そうとしているのに、おしゃべりを続けるみんなを落ち着かない気持ちで見つめていた。


あーあ、みんな騒いじゃって。

クラム先生、声大きいからなぁ。


そう思って身構えていたあたしの予想とは違って、先生は葉っぱでできた翼を大きく広げ、注目を集めた。


「はい、みんないいですか?知ってのとおり、明日は騎士団の訓練所で魔法講義です。」


一度静まった講義室が、またガヤガヤと賑やかになる。

特に男の子たち。

みんな楽しそうに顔を合わせて笑っている。

先生は構わず大きな声で話を続けた。


「行き方なのですが、街頭演説があります。そこを大所帯で突っ切るわけにもいかないので、訓練所には入り江から船で向かいます。一般の方も利用するので絶対に遅れないでくださいね。いいですか?レッド」


「なんでオレなんだよっ。おいお前ら、静かにしろ」


まあ、明らかにレッドが一番うるさかったからね。


「それから、騎士団の使う魔法は、遊鬼対策に特化した魔法です。扱いの難しい魔法もあるでしょう。講義とはいえ、ふざけていると怪我をするかもしれません。先生方の話をよく聞いて、集中して取り組むように。」



魔法ねぇ。


レッドがワクワクしているのを見て、確かに嬉しかったけど。

実を言うと、あたしはそこまで楽しみじゃないんだよね。


騎士団には、いろんな種族がいる。

獣人に鳥人、魔族もいっぱい。

だけど、その中に人間はいない。


その理由は———



「先生」

「はい、なんですか?」

「どうしてオレたちも魔法講義に参加すんの?意味なくない?使えねえじゃん」


そう問いかけたのは、人間の男の子——ラウル君だった。


確かに、船で訓練所に行くのは遠足みたいで楽しみではある。

でも、あたしもスアルナも、本音は彼と同じなんだよね。


魔法が使えないんじゃ、いくら教えてもらっても仕方ない。

事実、ここ二百年の間、魔法を使った人間はいないと言われている。

術式が失われてしまって、誰も人間の使える魔法がわからないらしい。


クラム先生は困った顔をして、両の翼を組んで考え込んでいた。

すると、何かを思い至ったのか、楽しそうな顔を浮かべる。


「それなら、人間の皆さんにぴったりな話があるんです。ここはひとつ、昔語りといきましょう。なに、鐘が鳴るにはまだまだ時間がある。」


そう言うと、彼は静かに語り出した。



———


これは、血と祈りの争いの時代、ある東の国の信心深い人間たちの話です。


かつて人間たちは、土地や物の記憶の形を現す力を持っていて、彼らはそれを精霊と呼んでいました。

その力こそが人間の使う魔法なのです。


しかし、人間の魔法は他の種族に恐れられていました。

精霊は、愛を記憶すれば恵みを与える反面、憎しみや怒りを記憶すれば滅びを与える、大きな力だったのです。


そのせいで、人間たちは迫害され、住処を追われました。


戦災で多くの者が死に、人も獣も去った森の奥に追いやられた人間たちは、そこに自分たちだけの里を作ることにしたのです。


ですが、閉ざされた種は、やがて滅びる。

それは、自然の理でもあります。


このままではいけないと、一族のある男が立ち上がりました。

取り分けて思いやりのあるその男は、里の未来、子どもの未来を案じ、その土地の精霊に力を貸してくれるよう頼むのです。


しかし、その精霊は男に思いもよらぬ要望をしたのです。


「貴方の子供を捧げなさい。さすれば一族を救いましょう」


男は戸惑いました。そして問いかけます。


「なぜ、一族を救うのに私の子を捧げねばならないのですか?私では足りませんか?」


精霊は、男の問いには答えませんでした。


「信じなさい。貴方の子を捧げるのです」



その男は一族の中でも特別で、他者の記憶を見る力を持っていました。

男は精霊の記憶を読み、精霊が深い闇を抱いていたことを知ったのです。


ここでは、かつて多くの民が暮らしていました。

しかし、激しい戦闘により、幾つもの命が失われた場所だったのです。


逃げ足の遅い子どもたちが捕らえられ、親の目の前で殺される。

逃げ惑う母親が脚に傷を負い、親のそばを離れなかった子どもが、容赦なくその身体を貫かれる。


男は、精霊の記憶に心を痛めました。


憎しみを宿した精霊の力を借りれば、自分たちの住処を取り戻すことは可能でした。

思いやりのあるその男は、精霊の望みに答えてやりたいという気持ちもあったかもしれません。


しかし、我が子を天秤にかけることはできなかった。

憎しみに囚われた精霊が、我が子を愛してくれるなど、到底思えなかったのです。

焦げるような胸の痛みを握り締めながら、歯を食いしばり、男は声を震わせながらこう言いました。


「あなたの憎しみが、私1人の命で晴れるならば、喜んで私の命を差し出します。どうか、私を食らい、皆を……子どもを助けてはいただけませんか」


けれど、精霊は決して頷きません。


「信じるのです。さすれば救います。子どもを捧げなさい。」



男は言葉を失いました。

項垂れたまま、その場を動きません。

陽の光から見放されたとしても、悩み、苦しんでいました。

ようやく上げた男の顔は、それはそれは生気を失っていました。


「あなたの憎しみを、私が癒すことができれば幸いでした。しかし……私には…できません。あなたが私の子を望むのであれば、私は……あなたを見捨てねばなりません。」


男は、震えていた声を鎮めると、晴れたような顔でこう言ったのです。


「子どもを差し出して生きながらえるなど、滅んだも同然。なれば、我々はこの地で、あなたと共に果てましょう。」



そうして、何日か経った頃、精霊は里に小鬼たちを連れてきました。

何百人もの小鬼を連れた精霊を、人間たちは恐れた。

武器を持って立ち向かおうとした、その時。

小鬼は言ったのです。


「我々は、滅びゆく種族を救う役目を担った者。あなたたちを救いにきました。共に、この里を作りましょう。」


こうして、人間の一族は、滅びを免れたのです。


あの男はその理由が解せなかったのでしょう。

後ほど、精霊のもとへやってきました。


「私は、あなたに何も捧げていません。なのに、なぜ小鬼たちを導いてくれたのですか?」


精霊は嬉しさのあまり、笑みを抑えられませんでした。


「もしも貴方が子どもを捧げていれば、私はこの地もろとも貴方たちを滅ぼしたでしょう。しかし貴方は、私の絡み合った荊棘を、その深い愛情で解いてくれました。」


男は訳がわからないといった様子で呆けていたのですが、

精霊は男を嘲笑いながら、想いを伝えました。


「——良き父よ、ありがとう」



精霊が男に語らなかった望み。

傷ついた土地の記憶が、最も尊重してほしかった、たった一つの思い。


それは


——我が子だけは守る、という親としての意志の強さを示すこと。


精霊はこの土地で行われた戦争の全てを知っています。


その土地では多くの親が、自らの誇りを守ることができませんでした。

精霊には、深い悲しみと争いを起こす者たちへの憎しみが根付いていた。

けれど、男が精霊に寄り添った優しさが、精霊の憎しみを払い、一族を救ったのです。



———



——ゴーン、ゴーン


「おっと、話しすぎましたかね。まあとにかく、大切なのは慈しむ心が大事ってことで。3人も術式が分かれば、精霊と話すことができますよ。その時はどうか仲良くね」


先生は、カツカツと木の根のような爪で地面を踏みながら

「それでは皆さん、気をつけて」と講義室を出て行った。


あたしは、そんなクラム先生の踊るような背中に、じんわりと心を温められていた。


フフ。

クラム先生、誤魔化すの下手っぴだね。

もしも「あの男の人と同じ、記憶を見る力があるんだ」なんて言ったら、先生、どんな顔をするんだろう。

懐かしんでくれるかな。

あたしも、クラム先生みたいな精霊とおしゃべりできるなら、魔法、使えるようになりたいな。


考え込むあたしを、スアルナは腰でズンッと押してきた。

その顔にはワクワクが滲み出ていて、緑色の瞳が一層キラキラして見える。


「スフレ、明日、楽しみだね!」

「ね!楽しみだね!」


あたしたちは、どんな精霊とおしゃべりしたいのかな、とか。

どれくらいお友達になれるのかな、とか。

悪い精霊もいるのかな、とか。


色んな想像を膨らませながら、帰り道の地面を軽い足取りで踏み進めた。



「じゃあ、また明日ね。バイバイ」

「うん、バイバイ」



———


「ただいま、おじさん」

「おかえり、スフレ」


タバコの匂いが鼻を刺す。

目線がつい泳いじゃう。

昨夜のあの音が一瞬頭をよぎる。

でも、目の前で、屈託のない優しい微笑みを浮かべるおじさんを前に、憂いは息を潜めていた。


やっぱり、まだ身体が強張ってしまう。

それでも、あたしに寄り添おうとしてくれるおじさんを拒むのは、なんだか気が引けた。


昨日とは違って、あたしも少しだけ考えが変わった。


この人は、お父さんの居場所を奪いにきたわけじゃない。

もしかしたら、獣顔の獣人たちと昔何かあったのかもしれない。


そうやって、色々なモヤモヤした気持ちを宥める様に、胸の奥底にしまい込む。


暗くなった部屋の中で、おじさんはリビングの壁に掛けてあるランプから照明石を取り出そうとしていた。


「あ、待っておじさん。あたしがやる」

「これくらいなんともない。気を使うな」

「……そう?」


彼は石を手に持ち、石に手をかざして目を瞑った。

しばらくすると、石が徐々に光を帯びて、部屋を明るく照らしてくれた。


「ほらな。」


冷めた声でそう言って、おじさんはタバコに火をつけた。

なんともない、と言わんばかりに。

そうは言ってもあまり魔力を使わせるわけにもいかない。

無理をさせれば石血病が進んじゃう。


そうなれば、お母さんだって……いや、それはいっか。

なにより、おじさんの身体が大事なんだから。


なぜか、お母さんの悲しむ顔は浮かんでこなかった。

あたしはそれを、寂しいとも思わなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る