9話 焼かれた花の泣き声を
お日様の光が少しだけ頼りないなか、柔らかい草を踏みながら街に向かって歩いていく。
いつもよりも早い時間なせいで、馬車もまだ通ってなくて、原っぱにはまだ馬たちが寝転がっていた。
いつもとは違う風景が、あたしを歓迎してないように思える。
言葉にできない重い気持ちが、歩幅を狭くさせていた。
そんなあたしの横には親友たちの姿も無い。
ふと、思い浮かんだ言葉が口をついた。
「2人に、会いたいなぁ」
「誰に会いたいって?」
「ッ!!!」
気づけば、赤毛の人狼がすぐ後ろを歩いていた。
「レッド……びっくりしたぁ。声掛けてよぉ…もぅ…」
変な声出ちゃった。
スリスリと胸を撫でるあたしを、レッドは不機嫌そうに見つめてくる。
「ぼーっと歩いてっからだよ。んで、誰に会いたいって?」
なんでそんなに気になるのよ……
「なんでもないよ」
「いやいや、言ってただろ?2人に」
「もう!いいでしょ!ほら、いこ!」
「なに怒ってんだよお前」
ふぅ。変な汗かいちゃった。まさか後ろにいるなんてね。
「てかよ。いよいよ明日だな。」
「フルーの魔法講義ね。」
「やっとだ。やっと来たぜ。この日が」
すごい嬉しそう。
ソワソワして、ニッコニコの笑顔でぎゅっと拳を握って。
こっちまでソワソワしちゃう。
レッドの周りすらも鼓舞するような強い意志を浴びて、あたしは、ようやく顔をあげられるようになった。
「フフ。よかったね、レッド」
「おう、こっからだ。父さんみたいにみんなを守る。守ってみせる。今度こそ、誰も死なせねえよ」
父さんみたいに守る……か。
レッドとあたしには、共通点がある。
いや、あたしはまだマシかな。
あたしのお父さんはきっと生きてるから。
でも、レッドのお父さん、バリオさんはもう……
「オレは絶対、騎士団に入るんだ」
左手に巻かれているブレスレットが、彼の決意を胸に叩きこんでいるように見えた。
レッドは昔から、絶対にあのブレスレッドを外さない。
あれはノーマ族が加工した、お父さんの遺骨だから。
そういえば、少し前まで、大きすぎて手首をクルクルって回すのが癖になってたっけ。
今は身体も大きくなってるだけじゃなくて、たくさん鍛えてるおかげで、全く似合ってなかったブレスレッドが、まるで身体の一部みたいに馴染んでる。
レッドのお父さんは、民を守る騎士団員だった。
要請があればどこへだって駆けつけて、遊鬼たちから街を守っていた。
その話は今のあたしにすら聞こえてくる。
それくらい、レッドのお父さんは、強くて勇敢な人狼だったらしい。
「お父さんに似てきたね」って言われて、照れくさそうに鼻を擦るレッドを、最近よく見かける。
そんな彼はとっても誇らしそうに見えた。
けれど、あたしは知っている。
レッドが、お父さんの死に、どれほど心を焼かれたのか。
こうやって笑えるようになるまで、どれほど時間がかかったのか。
小さい頃、お父さんと一緒に図書館に来ていたあたしは、野原で赤毛の人狼の男の子を見かけた。
背中を丸めたままのその男の子は、あたしが図書館から出てきた時も、同じ姿勢のままだった。
あたしは、そんな彼のことが気になって仕方なかったのを覚えてる。
でも、勇気が出なくて。
何日か経ってから、同じ場所で彼を見かけた時にようやく声をかけた。
その時、あたしを見つめる光の宿らない瞳が、その痛みを教えてくれた。
———
掘り返された地面に、布がかけられた大きな塊が寝転がっている。
周りにはたくさんの獣人と、カラスが花を持ってそれを囲んでいた。
布のかかった塊に、順番に花を置いていく。
彼は、みんなが何をしているのかわからなかった。
自分の番が回ってきて、お母さんと一緒に花をその穴の中に投げ入れた。
お母さんはその途端、声を上げて泣き出した。
泣き崩れたお母さんにオロオロしていると、お母さんは別の獣人に肩を抱かれて離れていった。
啜り泣く声が響くなか、背中に羽の生えた魔族が魔法で火を起こし、穴の中にポトリと落とした。
なんで花を燃やすんだろう、なんて思いながら、燃え上がる炎を囲むみんなの涙を、男の子はキョロキョロと見つめていた。
次にその穴を見た時、そこには骨があった。
バラバラになっていたけど、顔の骨の形が残っていた。
彼がその骨を見た時、身体の力が吸い取られたのがわかった。
頭を撫でられても、肩を抱かれても、頬にキスをされても、何も感じない。
彼はこの時初めて、お父さんとはもう会えないんだとわかった。
———
その男の子が後で教えてくれた。
ある日、隣の街で遊鬼が出たってカラスが知らせに来た。
お父さんは遊ぶ手を止めて、彼にこう言ったらしい。
「ごめんなレディ。父ちゃん、みんなを守ってくる。だから、お前は母さんを頼むよ。帰ってきたらたくさん遊んでやるからな」
お父さんはそう言って、いつもと同じように家を出て行った。
でも、どれだけ待っても帰ってこなくて。
やっとお父さんに会えた時には、お父さんは骨になってたって。
帰ってきて、ぎゅーってもしてくれなかったって。
遊ぼうって約束を破ったのに、ごめんなって言ってくれなかったって。
これを話してくれたのは、レッドと出会ってからずいぶん後だった。
あたしは、あの時のレッドの涙を今でも忘れられない。
でも、それほど弱っていた彼が、今はこうやって騎士団に入るって言ってくれるのが、あたしは嬉しくてたまらない。
レッドは今日、お父さんのお墓に寄るために、早く家を出てきたらしい。
つくづく、あたしは運が良い。
嬉しそうにしているレッドがそばにいるだけで、寄りかかって身体を預けているような安心感があった。
「ねえ、レッド」
「ん?」
「あたしも、一緒にお墓行っていい?」
「おー、おう。まあ…いいぞ。」
「ありがとう」
あたしたちは街には入らず、風がよく通る小高い丘へやってきた。
そこに生える、一本の桜の木。
レッドは、桜の木の前で目を瞑り手を合わせた。
あたしは彼の背中をじっと見つめたまま、草の揺れる音を聞いていた。
流れる雲が視界から外れた頃、レッドはすっと立ち上がった。
季節外れの桜の花を撫でるその手には、決して花を傷つけまいという意思を感じる。
そんな彼の思いが、花に届いたような気がした。
「じゃ……行くか」
「うん」
色の濃い花でいっぱいの腕を、ゆらゆらと揺らす桜の木に見送られ、とんがり屋根を目指して丘を降りて行った。
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