第10話 Stream: Hungry Wolf(飢えた狼)

 夜の帳が下りたダンジョン・ゲート前。

 和也はコンビニで買った栄養調整食品(1本150ギフト)を齧りながら、装備の最終チェックを行っていた。


「……味気ねえ」

『カロリー摂取効率は最適です。文句を言わないでください』


 シアンの冷ややかなツッコミを受け流し、和也は黒いフルフェイスマスク――「Cyber Fox」を装着する。

 カチリ、とロック音が響き、視界にHUD(ヘッドアップディスプレイ)が展開された。

 シアンの演算データが、直接バイザーに投影される。以前の「脳内映像」よりも、さらに直感的でクリアだ。


「よし。……行くぞ、シアン」

『了解。チャンネル接続。……配信開始(ストリーミング・スタート)』


【Title: 資産価値31の底辺が夜のダンジョンへ。稼がないと死ぬ】

【Tags: #ダンジョン #ソロ #黒狐 #顔出しNG】


 《ON AIR》


 赤ランプが灯る。

 と同時に、待機していた視聴者たちが雪崩れ込んできた。


【名無しA】:待ってました!

【名無しB】:昨日のSランクから逃げた奴だよな?

【名無しC】:仮面? 狐か?

【名無しD】:昨日はカメラ揺れすぎてよく見えなかったけど、こんなマスクしてたのか

【名無しE】:前のモザイク取れてる!

【名無しF】:タグに『黒狐』ってあるぞ。自称かよw 中二病乙

【名無しG】:でも似合ってるな。雰囲気あるわ

【名無しH】:またCランクか? 今日はどこまで行くんだ?


 同接は開始直後から「5,000人」を超えている。

 昨日の「黒曜瞬殺」と「Sランク(光莉)からの逃走」の噂が広まり、注目度はうなぎ登りだ。


 和也は無言のまま、コメント欄を一瞥する。

 以前のような緊張はない。あるのは、獲物を前にした狼のような、静かな飢餓感だけだ。


『本日の目標:100万ギフト。……効率的に行きましょう、キャリア』

「ああ。……晩飯代、稼がせてもらう」


 和也は地面を蹴った。

 黒いブーツから青い炎が噴き出し、身体が砲弾のように加速する。


 ――ズドンッ!


 一足飛びで通路を駆け抜け、遭遇したモンスターの群れ群狼に突っ込む。


【名無しG】:はっや!?

【名無しH】:動きが昨日よりキレてないか?

【名無しB】:あのブーツ、どこのメーカーだ? 見たことないエフェクトだぞ


 視聴者が驚愕する中、和也は踊るようにブレードを振るった。

 空腹で研ぎ澄まされた感覚が、シアンの予測演算と完全にシンクロする。

 最小限の動きで牙を避け、すれ違いざまに首を飛ばす。


 一匹、二匹、三匹。

 流れるような殺戮。

 返り血すら浴びないその姿は、まさしく「黒い死神」だ。


『……悪くありません。装備の適合率、85%まで上昇』

「足りない。もっとだ」


 和也は止まらない。

 今の彼を動かしているのは、承認欲求ではない。

 「強くなりたい」という渇望と、「生き残る」という生物としての本能。

 そして何より、「光莉あいつを見返してやりたい」という、仄暗い情熱だ。


 ――現実は見ているさ。誰よりも鮮明にな。


 和也は心の中で幼馴染に反論しながら、次なる獲物へと跳躍した。

 その背中で、狐のマスクの瞳が、獰猛な赤色に明滅した。


        ***


 その頃。

 生徒会室に残って残務処理をしていた光莉は、ふと手を止めた。

 端末の通知。

 監視対象コード:ブラック――『黒狐』が配信を開始したというアラートだ。


「また潜ってるの? 昨日の今日で?」


 光莉は眉をひそめながら、配信画面を開いた。

 そこには、昨日はよく見えなかった黒い仮面をつけ、鬼気迫る動きでモンスターを屠る男が映っていた。


「……速い。昨日より、さらに洗練されている」


 認めたくないが、強い。

 その太刀筋には迷いがなく、目的のためなら手段を選ばないという覚悟が見える。


「……まるで、生き急いでいるみたい」


 光莉は無意識に画面に指を這わせた。

 なぜだろう。

 この不審な犯罪者を見ていると、胸の奥がざわつく。

 かつて、自分の前を走っていた「彼」の背中を思い出すからだろうか。


「……和也くん」


 ふと、昼間の冷たい会話を思い出し、光莉は小さく溜息をついた。

 彼はもう、こんな風には戦えない。

 資産価値31の落ちこぼれ。それが現実だ。


「……違う。重ねちゃダメ。この男は、危険分子よ」


 光莉は自分に言い聞かせるように呟き、監視レポートを書き始めた。

 だが、その瞳は画面の中の黒い影から、片時も離れることはなかった。

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