私は婚約者が大嫌いだ。

清水 流花

第1話

 私は昔から、婚約者である侯爵令嬢が嫌いだ。


もう三年ほどになるだろうか。

月に何度かある王宮での顔合わせ目的のお茶会が、毎回苦痛で仕方がない。

今回もまたあの令嬢は無表情のまま、私を見る瞳に嫌悪感を滲ませつつ同じ言葉を放つのだろう……。


「殿下、今回こそ婚約の破棄に同意してくださいませ」


やはり今回も同じセリフしか言わないのか……王族に対してまともに挨拶すらできないこの令嬢は、一体どういう教育を受けてきたんだろうか?

王太子教育すらも、まともに受けていないと私も教えを乞うている教師から聞いている。


「……君は何回同じセリフを繰り返すつもりなのだい?何度言われても答えは同じだよ、『無理』だ」


そう冷たく返事を返すしかない。

私だってできるものならとっくにそうしている。

だが、無理なものは無理だ。その返事を分かっていただろうに、悔しそうな顔したあと憎々しげに私へと言葉を返してくる。


「この婚約自体は王命などではありませんもの!殿下さえ同意してくださればきっと破棄できますわ!」


あまりのバカバカしさに『そんなはずがあるか!』 とつい心の中で叫んでしまったが仕方ないだろう。

だが、そのまま相手に言葉を返すわけにもいかない。

はぁ……とため息をつきながら


「落ち着いて考えてくれ、仮にも王太子妃になるための教育をされてきた令嬢のセリフとは思えない。

まぁまともに受けていれば……だがね?

そもそも、婚約の話を持ってきたのは侯爵家からだろう? 確かにそれを了承したのは王家だが、この婚約に関して貴女や侯爵家に対して、王家は事前に打診した事実もないし正直その予定もなかった」


「えぇ。だからこそ、侯爵家からの打診をなかったことにしていただきたいのですわ!」


……この令嬢の頭の中は本当にどうなっているのだろうか? 少し前まではここまで酷くはなかった気がするが、上手く誤魔化していただけだったのかもしれないな。


「もう三年も前に王家から公式に発表されている事実を、どうやって『なかったこと』にできるんだい?

方法があるなら、ぜひ教えてもらいたいね」


皮肉交じりのセリフと共にニコリと笑顔を向けてやった。

婚約者殿は悔しそうに唇をかみしめているが、そんな仕草を公式の場である王太子との茶会でしてしまう迂闊さと愚かさに、できるものなら今すぐ婚約破棄したい気持ちがまたあふれそうだ。


「そもそもの話、貴女はずっと婚約破棄したいと私に訴えているが、一体どんな理由があってそんな話をしているのだい? 貴女は今までずっと色々な言い訳で誤魔化してきたが、私も愚者のつもりはないし、今日こそは適当な返事に誤魔化されるつもりもないよ」


冷たく言い放ちながら、射貫くように令嬢をまっすぐ見つめた。


「それは……」


ドレスのスカートをギュッと握りしめ、下を向く令嬢。


「……が……」


「ん?」


「殿下がいずれ『愛する人ができたからおまえとは婚約破棄をする』とわたくしにおっしゃるからですわっ!」


「……そんな未来が仮にくると思ってるなら、別に私に毎回のように訴えなくてもその時に破棄を了承したらいいんじゃないのかい?」


「それではわたくしが断罪されてしまうではありませんか!」


そう訴えながらボロボロと涙をこぼす令嬢。


「断罪ね……婚約破棄と断罪に何の関係があるの?」


この令嬢の思考回路が全く理解できない。


「殿下が愛する方と結ばれるためには、わたくしとの婚約を破棄しなくてはいけませんのでわたくしに無実の罪をかぶせて断罪するんですわ」


これは、とんでもない侮辱を受けたものだ。

怒りを通り越して呆れてしまう。


「……貴女が私をどういう人物だと思ってるのかなんとなく理解したよ。 貴女の普段から隠しもせずに、私に向けてくる敵対的な態度の理由もね」


「どうか婚約の破棄を了承して下さいませ! そうしていただければ断罪の余波で何の罪もない家族や、わたくしが不幸になる未来も回避できるんですっ……!」


そういいながらワッと両手で顔を覆いさらに泣き出す令嬢を見ながら、うんざりした気持ちになる。


「貴女の普段の態度がすでに不敬だということも理解できてないのかい?家族に類が及ぶことを心配するならまずそこを心配すべきだろうに……まぁとりあえずその件は置いておくとして、そもそもの話だけど、君の主張する『未来の話』だが、何の根拠があって『そう』なると思ってるの?」


「そ……それは…そうなると知っているからですわ」


「まったく答えになってないじゃないか、何で知っているのかと聞いているんだ」


「ゆ、夢で見たのです! 幼い頃の話ではありますが、高熱にうなされているときに未来を見たのですわ!」


「『夢でみた』ね……。 とんだ妄想に取りつかれた令嬢も居たものだ。このような瑕疵のある令嬢だと分かっていたら王家としても婚約など結ばなかったものを……だが今更遅い、婚約の破棄は『できない』のだから」


 心の底からこみ上げる怒りと嫌悪感を必死で抑えながらも、どうしても言葉に滲み出てしまう。

さすがにそれを感じ取ったのか、令嬢はビクリと身を震わせてこちらに視線を向ける。


「だが、あなたと私のこの場での発言は貴女の後ろに控えている書記官によってすべて公式記録として記録された。婚約に関しては私にはどうすることもできないが、公式に貴女自身に瑕疵が認められる事になるので、今までの件も含めて『そのようなもの』を婚約者へと打診した、侯爵家には『王家の者』として私もそれなりの対応をさせてもらう事にするよ」


その言葉に激高し、ティーセットが置かれたテーブルに、バン!と手をつき立ち上がりながら


「そんな!家族は関係ないじゃありませんかっ!」


と令嬢は叫ぶ。


「ないわけがないだろう! 仮にも王太子になる侯爵令嬢ともあろうものが、高位貴族として最低限のマナーすらできていないなんて、家門の恥にしかなっていないじゃないか!君のご両親や兄上はたしかに立派な人物ではあるが、娘の教育に失敗していますとあなた自身が散々王城で宣伝して歩いてる状態なのに自覚すらないなんて……信じられないよ」


私は本気で言ってるのかと令嬢の正気を疑う。


「言いがかりは止めてください!わたくしはきちんとマナー教育は受けておりますわ!」


「実践ができていないのは受けていないのと同じことだろう? 貴族令嬢としてできて当然の振る舞いなんて初めての顔合わせの時にあったかどうかじゃないか……。今では感情をすぐに顔や態度に出したり王太子である婚約者をにらみつけながら直談判はするし、なによりまじめに妃教育も受けないなんてどこに反論できるマナーがあるのか私が聞きたいよ」


「そ……それは……妃教育を本格的に受けてしまったら婚約破棄できないと思って……」


さっきの勢いはどこへ行ったのやら、ストンと椅子へ腰を落としてうなだれ始める令嬢を見ながら、ここが勝負どころだと畳みかけることにする。


「そうだ……これは王太子妃の教育の最後に聞かされる話だけど、どうせ破棄できないんだから今聞かせてやろう、この国の開国から伝わる王家の者が決して違えてはならない『契約』の話だ。この国を建国するにあたってご先祖様はある存在と契約を交わしたそうだ。が何なのかは伝わっていないが、この国を災厄から守るのと引き換えに『子々孫々にわたって、男性側からは決して結ばれた婚約を破棄してはならない』という契約をね……。」


「は?なんですかそれ?」


「実際に過去の文献には戦争などの事情があって、婚約者を変えようとしたり破棄した男子は全員『その瞬間に死んだ』と記されている。後日なんかの偶然とかそんな後付けの理由をつける隙がないこの事実を考えると『契約』自体は間違いなく本当に結ばれているのだろうね」


 本当にこの忌々しい『契約』とかいうものさえなければと何度思ったことか……。


「それと、もし女性から破棄を要求された時にはまず説得を試み、駄目だったときはこの書物を渡す事ともされている、その為に本日は文官と書記官立ち合いのもと、貴女にこの書物を渡すこととするはずだったんだよ、まさかこんな妄言を聞かされるとは思ってなかったがね」


そう言いながら令嬢に、書物を手渡す。

まったく解読できない言語だと学者に言わせるもので書かれているその書物を手渡すと、令嬢は顔色を変えた。


「え……なんで『日本語』で書いてあるのこの本」


「理解できるのか?その言語が!」


これはさすがに驚いた、正直そこまで教養があると思えない令嬢にこの言語が理解できるなんて……。


令嬢は周りを一切気にせずに書物を貪るように読み始めた。


「そんな……『私悪役の侯爵令嬢大好きだったの! だから幸せになって欲しいから将来この国の王族が婚約破棄できないように呪っとくねー! ついでにあの物語の舞台が壊れないように王国も保護しといたからガンバ!』……なにこれ……」


真っ青な顔で震えながらページをめくりつつブツブツとなにかを呟く令嬢を気味が悪いと感じてはいたが、このままでは話が進まないので仕方なく声をかける。


「何が書いてあったのかは知らないが、婚約の破棄は『できない』という事実は理解してもらえただろうか?」


「そんな……じゃあわたくしは今までムダな努力をしていたと……?」


「努力? 貴女が一体なんの努力をしたのかは知らないが、少なくとも国のためや貴族としての責務を果たすための努力ではなかったようだし、まぁムダにはなっても問題ないんじゃないかな?」


私の嫌味交じりの答えに、令嬢はいつもの憎しみを込めた目で私をにらみつける。


「殿下が婚約破棄などと言わなければこんなことにはならなかったんです!」


とんだ妄言に呆れかえるばかりだが、ここで閉口するわけにはいかない。


「夢物語で私に冤罪をかけるのは止めてくれ。そんな事実はない!」


「いいえ……ここは物語の世界なんだから『そう』ならなきゃおかしいのよ!」


令嬢はとうとう頭を抱えて髪を振り乱しながら、頭を振り絶叫しはじめた……。

気がふれたのか? まぁそれならそれで好都合ではある。


「誰か! 令嬢の具合がよくないようだ、部屋を用意して休ませてあげてくれ!」


側付きの者に声をかけ、錯乱した令嬢を連れて行かせる。

あぁ……これで計画通りだな……。


私は心の底から安堵したのだった。






▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽




 それから、婚約者である侯爵令嬢は妃教育に集中するため王城に部屋を賜り結婚式まで一度も実家である侯爵家に帰ることはなかった。

娘の気持ちを応援したいからと、侯爵夫妻も面会に行くこともなく領地へ戻り、数年後そのまま引退して隠居した。

息子が今では侯爵の位を継いで領地運営にいそしんでいる。


王太子はその後無事婚約者と結婚し王位を継いだ。

王妃との間に三男一女をもうけ、長い治世だったという……。








「で?僕達は本当は誰の子供なんです父上?」


「おや本当に知りたいのかい?」


「当然じゃないですか、王妃殿下って呼ばれてるのあれ影武者ですよね?」


「あぁ。早い時期からに見切りをつけてたのが良かったのか、結婚式までに立派な王太子妃になってくれたよ」


「でも、僕たちはから生まれたんでしょう?」


「いや、今の王妃だよ」


「えっ⁉ でも契約は?」


「婚約は破棄したら死ぬけど、婚姻しないと死ぬ契約じゃなかったから未だに婚約自体は続行されているね。それに他に妃を持ってはいけないという契約でもなかったし」


「じゃあ影む……母上は?」


「ふふ……実の母と分かって嬉しそうだね、王妃は書類上は公式に第二妃となっているよ。『契約』についてはどうしようもないのは、神殿も理解しているからね。

特例措置として承認させたんだ。だけど、公式発表された婚約者ではないものとの婚姻は王家と神殿両方の醜聞になるから表向きは婚約者と結婚したということになってるね」


「では僕たちは……」


「うん。正当な王族としてちゃんと神殿に登録されているよ」


「そうだったんですね……ところではどうしたんです?」


「北の塔でしているよ。塔からでたら様々な罪状で家族ごと罪に問われると理解してくれたようで、最低限準王族として部屋と身の回りの待遇だけは最低限保証してあるから出たいと騒いだりはしていないようだね」


「父上がそれで良しとされるなら……」


「母の立場が心配かい?」


「はい……などはまずいでしょうか……?」


「『契約』が反応する可能性がゼロじゃないから難しいね」


「そうですか……じゃあ我慢します」


「そんなことより、母上にちゃんと謝っておいで。実の母ではないと思ったのは仕方がないけど、お前の態度に表れてて陰ですごく落ち込んでで可哀そうだよ?」


「えっ⁉ 僕そんなつもりじゃ……今すぐ母上にお会いしてきます! では父上御前しつれいいたします!」


「ふふ……行っておいで」



(終)

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