AIの考えたお題で三題噺をやる

来部らり

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 K駅の改札前の広場では、ワイヤレスイヤホンの接続が不安定になってよくノイズが交じる。両耳の音声の同期が切れて二重に聞こえたり、レコードの回転が遅くなったときのように音が歪んだり。

 多分技術的な理由があるんだろうけどよく分からない。だけど、最近それが妙に多くなったような気がする。

 

 忘れ物をしたんだ、学校に。

 通っている学校の最寄り駅がK駅なんだけど、そのせいでいつもは朝の八時に通り抜ける改札を、12時間遅れて通り抜けることになった。いつも通りイヤホンをする。駅前の喧騒が耳障りだから。僕にとって都合のいい音を流してくれて安心するから。

 改札前の広場を通る。

 ザザ、ジジジ……。

 ああ、まただ。この時間でも変わらないらしい。もはや聞き慣れたノイズ。聞いていた音楽がブツブツと途切れて二重に聞こえる。それから、変に音が歪んで……。

 プツ、と。

 今日は音が止んだ。音楽が覆い隠していた環境音が、一気に迫ってくる。

 それがやけにうるさくて、やっと外音取り込み機能のほうががオンになっていることに気づいた。

 これのせいなのかな、なんて思いつつ、イヤホンをタップしてANCに切り替える。

 静まり返る。

 また、ノイズ。こればかりはしょうがない。

 だけど、そのノイズは、ずっといつも通りというわけではなかった。


「おい、聞こえてるのか?」


 それは誰かの声だった。

 ノイズに混じって、二重に聞こえる音に混じって、歪んだかすかな環境音に混じって。

 それが男のものか女のものか、子どものものか老人のものか分からなかった。特徴のない声が、僕に語りかけてきた。

 思わず後ろを振り返っても、誰もいない。

 怖くなって、僕は目的地へと足を急がせた。当然、音楽は音量を最大にして。耳が痛くなるくらいの爆音で流れるヒットチャート37位のロックソングが、唯一安心できる拠り所だった。


 僕の通う学校は、K駅からしばらく歩いたところにある。普段ならさして遠くもないが、この日に限っては歩いても歩いてもたどり着けないような。

 いつも何も思わずに渡る横断歩道も、何も見ずに曲がる角も、まだつかないのかと悪態をつきたくなるほどに煩わしかった。

 ようやく見えてきた校舎は、すでに九割方消灯していて。

 校門脇のインターホンを押すと、担任の先生が出てくれた。


「すいません、2年A組の楠ですけど」

「ああ、忘れ物ね」


 校門まで迎えにきてくれた先生は、どこか疲れた様子だった。

 

 夜の校舎は普段と違うように見えるなんていうのは、当たり前だ。

 だけど、その違いというのがあまりにも綺麗だったから。

 僕は忘れ物をしたなんて嘘をついてまで、ここに来たのだ。

 いつも使う教室は、四階にある。階段を登りながらよく聞いていると、2人分の足音のさらに外側から、モーターや水道の流れる音が聞こえてくる――さすがに先生についていく時には、イヤホンを外している――し、赤い消化器の光と、非常口の緑色のLEDがほどよく調和して、ぼんやりと生徒がいるかのような幻を見せてくれる。

 この非日常と日常のブレンドされた風景が、ひどく印象に残っていた。


 ガラリと扉を開け、窓際から2列、後ろから4番目の机に向かう。

 その席は普段僕が使っているものじゃないけれど、後ろから見ていた先生はそのことに気づかなかったみたいだった。これも、夜の校舎の見せる幻のおかげだろう。

 僕は机の中に、四つ折りにしたノートの切れ端を差し込んだ。それから天板の下に指をすべらせる。あった。いつも通り、そこにも紙片が貼り付けてある。


『言いたいことがあんなら言えよ。……おい、聞こえてるのか?』


 ふと、そう声をかけられたような気がしてはっと振り返る。

 今度はノイズ混じりではない声。イヤホン越しではない声。

 だけど、やはりそこには誰もいなくて、先生が早くしてくれと言わんばかりに壁に寄りかかっているだけだった。


「……終わりました」

「そう。じゃあ閉めるから、さっさと帰んなさいよ」


 昇降口で上靴を履き替えて、僕は足早に校舎を出る。

 校門をくぐると同時にイヤホンをつけて、また同じ道を通ってK駅に戻るのだ。

 

 紙片には、こう書かれていた。


『わり、言ってなかったけど、今月末で越すことになった』


 12月1日。

 インフルエンザで休んでたんだ。

 別にその言葉じゃあまたねはLINEでも言えるかもしれないけど、それくらいは直接言いたかった。

 

 

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AIの考えたお題で三題噺をやる 来部らり @dschanen_joy

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