第17話『片付ける佐藤さん』

「……それでおにい、日曜日に深月みづき先輩とななみん先輩を家に呼ぶことになったの?」


「なんか、成り行きでそうなったんだ……深月さんが、皆でゲームしたいんだって」


 帰宅した俺は、昼休みの出来事を妹の雨芽あめに話して聞かせた。

 ……というか、妹はなぜ当然のように俺の部屋にいるんだろう。そろそろ合鍵、返してほしいんだけど。


「かなり急だね。おにい、ゲームって用意できたの?」

「それは用意できたけど、部屋がこんな状況でさ」


 俺は室内を見渡しながら、ため息をつく。


 男子学生が一人で暮らすアパートのワンルーム。

 その床には物が散乱し、衣類は脱いだまま放置されていた。ベッドのシーツはシワだらけで、キッチンは混沌としている。


「……最近、掃除してなかったの? この前ななみん先輩と来た時は、もっときれいだったよね?」


「あの時はあらゆるものをクローゼットに詰め込んだんだ」

「その場しのぎも良いところじゃん!」


 妹は足元のクッションを蹴飛ばしながら怒りの声を上げる。ぼふん、と気の抜ける音がした。


「もともと、洗濯は週末にまとめてやってたしさ」

「まとめてやるにしても、せめて洗濯機に入れなよー」


 雨芽はぶつぶつ言いながら、床に散らばった衣類をテキパキと集め、洗濯機へ放り込む。


「洗濯物もそうだけど、ゴミ出してないのヤバいよね」


 次に部屋の隅に置かれたゴミ袋を見ながら、雨芽が言う。まさにゴミを見るような目だ。


「今週、出しそびれたんだよ……ベランダに出しとくか」

「火曜日まで収集ないし、今はそれしかないよねぇ……あとは出しっぱなしのゲームも片付けないと、掃除機もかけられないでしょ」


 腰に手を当てて、まるで母さんみたいなことを言う。


「というか雨芽、掃除手伝ってくれるのか」

「こんな汚部屋、先輩たちに見せられないでしょー。妹として恥ずかしい」


 お、汚部屋とな。


「おにい、仮にも掃除部の部長だよね? その部長の部屋がこんな有り様とか、示しがつかないよ」


 雨芽は盛大にため息をつく。確かにその通りだ。


「わかった。この際、本腰を入れて掃除しよう。雨芽、手伝いよろしくな」

「オッケー。報酬はコンビニの新作スイーツでよろしく」


 雨芽は笑顔で言い、掃除機を引っ張り出した。


 してやられた……と思いつつも、妹の助力は素直に心強い。

 俺もハンディモップを手にして、棚の上の掃除に取りかかった。


 ……それからしばらくして、掃除が終わる。

 所詮は狭いワンルーム。二人でやればあっという間だった。


「はー、疲れたー。お腹空いたー」


 きれいになった部屋のベッドで、妹は大の字になっていた。


「雨芽、掃除を手伝ってくれたお礼も兼ねて、外に晩飯でも食いに行くか? もちろん、俺のおごりだぞ」

「え、ホント?」


 俺の言葉を聞いて、雨芽はがばっと起き上がる。


「ああ。さっきのスイーツの件もあるし、デザートも食べていいぞ」

「やったー! おにい、大好き!」


 そのまま俺に抱きついてくる。なんとも調子のいいやつだ。


「おごるといっても、行き先は近くのヤイゼだぞ?」

「ぜんぜんいいよ! 何食べようかなぁ」


 満面の笑みを浮かべた雨芽は、声を弾ませながら外出準備を整える。

 そんな光景をほほえましく見たあと、俺は妹と一緒に部屋を出たのだった。


 ◇


 それから一時間後。俺は雨芽と別れて帰宅する。


 すると、強烈な眠気が襲ってきた。

 一人になった気の緩みと満腹感が重なったのか、理由はわからないが……とても耐えられそうにない。


「うおお、だめだ、眠いっ」


 俺はそのままベッドに倒れ込むと……次の瞬間、深い眠りに落ちてしまった。


 ……そして、俺は夢を見た。


 夢だとわかった理由は、目の前の雨芽が中学の制服を着ていたからだ。


 場所は実家の玄関前で、たまたま俺と雨芽の帰宅時間が被ってしまった……そんな状況らしい。


「えっと、おかえり」

「は? なんでいんの」


 声をかけるも、雨芽は苛立ちを隠さず、低い声で言い放った。

 それから冷めきった目で俺を一瞥し、家に入っていく。


 ……服装からして、彼女は佐藤の呪いを受ける前の雨芽らしい。

 この頃の妹は、思春期をこじらせていたというか……とにかく俺を毛嫌いしていた。


 同じテーブルで食事するのもイヤ、衣服を同じ洗濯機で洗われるのもイヤ。

 お風呂も同じお湯を使うのがイヤらしく、わざわざ沸かし直していたほどだ。


 ……この頃は、妹からかなりのトラウマを植え付けられた。


 その後、高校進学を期に俺は一人暮らしをすることになり……そのトラウマは少しずつ消えていったのだけど。


「あのゴミを見るような目で見られると、ダメージでかいな……」


 最近の雨芽は呪いの影響で、ずっとお兄ちゃん大好きモードだし。すっかり忘れていた。


 ……それこそ、今の雨芽に不満があるわけじゃない。


 思春期に入る前の雨芽は、それこそ俺にべったりだったし。

 あの頃に戻ったと思うことで、呪いの影響下にある雨芽と付き合えていた……そう言っても過言じゃない。


 それなのに、まさか中学時代の雨芽を夢に見るなんて……。


「……おーい! ……おーい!」


 家の中に入ることもできず、夢なら早く覚めてくれ……なんて考えていると、どこからともなく声が聞こえてきた。


 その声に耳を傾けていると、次第に周囲の景色がぼやけていった。


「おーい! おにいー! 大丈夫――!?」

「うわぁっ」


 耳元で叫ばれ、俺は目を覚ます。そこには雨芽がいた。


「あ、雨芽? どうしてここに? 帰ったんじゃ?」

「スマホ忘れちゃって。インターホン鳴らしても反応ないから、合鍵で入ったの」


 雨芽は右手に持ったスマホと合鍵を見せてくる。


「そしたら、おにい寝てるし。なんかうなされてたから、叩き起こしたんだけど」

「そ、そうだったんだ……ありがとう」


 全身の嫌な汗を乱暴に拭いて、俺は雨芽にお礼を言う。


「……なんか嫌な夢でも見た?」

「あ……うん。ちょっとね」


 心配そうな顔をされるも、俺は適当にはぐらかす。

 まさか、昔の雨芽の夢を見たなんて言えないし。


「顔色悪いよ? 私を抱きしめたら安心する?」

「いつもやってるふうに言うなっ。やらないから」

「ちぇー」


 一度は広げた両手を下ろしながら、雨芽は口を尖らせた。

 いつも通り、佐藤の呪いの影響下にある雨芽で安心する。


「おにい、本当に疲れてない? 大丈夫?」


 思わず息を吐いた俺を不安に思ったのか、雨芽はいぶかしげな視線を向けてくる。


「大丈夫だから、雨芽はもう帰れ。さすがに母さんたちが心配するぞ」

「んー、もう少し一緒にいてあげる」


 ちらりと時計を見たあと、雨芽はゲーム機の電源を入れた。


「え、ゲームやるのか?」

「うん。せっかくだし、おにいも一緒にやろ?」


 雨芽の手には、先日買ったすごろくゲームが握られていた。


「このゲーム、日曜日に深月先輩たちと遊ぶんでしょ。おにいもやり慣れとかないと」

「いや、こういうのは皆、似たレベルで遊ぶから楽しいんだぞ」


「ちっちっち。おにい、そんな甘い考えだと日曜日は最下位確定だよ。相手には社長令嬢もいるんだから」


 細い指を左右に振りながら、雨芽はわかったように言う。

 どこかゲーマー魂に火をつけられたような、そんな気がした。


「よし。そこまで言うんなら、やってやろうじゃないか。負けて吠え面かくなよ」


 俺は雨芽からコントローラーを受け取って、その隣に座る。


「よっしゃ、かかってこーい!」


 ……その後、俺と雨芽は日が変わるまでゲームをやりまくった。


 そのおかげで、あの悪夢の記憶は俺の中からすっかり消えていったのだった。

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