第16話『佐藤さんとの昼食』


 ……昼休みを告げるチャイムが鳴った。


かけるくん、お昼だね」


 昼食の入った袋を手に静かに立ち上がるも、隣の席の佐藤 七海さとう ななみさんに呼び止められてしまった。


「そ、そうだね。七海さんは、今日もお弁当?」

「うん。せっかくだし、翔くんと一緒に食べようかと思って」


 キラキラの笑顔を見せながら、お弁当の入った包みを持ち上げる七海さん。

 ……前の席の佐藤 一誠さとう いっせいに助けを求めようとするも、すでにその姿はなかった。


 どうやら、チャイムと同時に学食ダッシュを決めたらしい。


「あー……そうだね……よろしく、七海さん」


 観念した俺は、一度上げた腰を力なくおろす。

 それを見て、七海さんはずずず、と自分の席を俺の机にくっつけてくる。


 彼女とはもう何度も一緒にお昼を食べているけど……いまだに慣れない。

 というか七海さん、恥ずかしくないのかな……なんて考えるも、佐藤の呪いの前では大した問題じゃないと気づく。


「翔さん、七海さん、お邪魔します」


 その時、教室の入口に佐藤 深月さとう みづきさんが現れた。


 学校一のお嬢様の登場に、教室がざわつく。

 深月さんはそれを気にすることなく、優雅な動きで俺の席までやってくる。


「深月さん、いらっしゃーい。一誠くんのイス、使っちゃっていいですから」


 七海さんは当然のように深月さんを迎え入れ、席を用意してあげる。

 かくして、クラスのアイドル七海さんと、学校一のお嬢様深月さんの共演が実現した。


 ……学校を代表する美少女二人の間に、なぜか陰キャの俺がいる。何だこの状況。


 クラスの男子たちはその状況が羨ましいのか妬ましいのか、殺意のこもった視線を送ってくる。


 違うんです。これは佐藤の呪いの力で……なんて説明したところで、わかってもらえるはずがない。


 これは……正直きつい。胃が痛すぎて、食事が喉を通らない。


「翔さん、今日はオムライスなんですけど、一口いかがですか?」

「えっ」


 そんなことを考えていた矢先、深月さんは満面の笑みでスプーンにオムライスをすくい、俺に向けてくる。


 教室でそれやるの? 周囲の男子からの視線が痛すぎるし、なんて羞恥プレイだろう。


「あ、あの、二人に相談なんだけど」

「え?」


 おずおずと声を発すると、女子二人は声を揃えた。


「た、たまには教室じゃなく、別の場所で食べたい、かな……」

「そう? 翔くんがそう言うなら、場所を変えてもいいけど」

「そうですね。たまには外で食べるのもいいかもしれません」


 二人はそう言って、一度広げたお弁当をしまう。

 それから席を戻して立ち上がると、教室の外へ向かって歩き出した。


 これで、クラスメートたちからの視線から逃れられる……。

 俺は安堵の息をもらしたあと、そのあとに続いたのだった。


 ◇


 そして、俺たちは学校の中庭にやってきた。

 人も少ないし、教室よりは安心して食事ができそうだ。


「ここなら、三人並んで食べてもいいよね」

「そうですね。翔さん、真ん中へどうぞ」


 七海さんが木陰のベンチを指差す。俺は言われるがまま、その中央に腰を下ろす。

 すると、女子二人は俺を挟むように左右に座ってきた。


 ベンチが狭いということもあって、どちらとも思いっきり肩が当たっている。

 こ、これは……さっき以上に恥ずかしい。


「せっかく翔くんとのお昼なんだし、これくらいくっついてもいいよね」


 わずかに頬を赤く染めながら、七海さんが何か言っていた。

 ……しまった。教室では人の目があったからか、二人はあれでも抑えていたほうらしい。


「それでは、さっきの続きを。翔さん、一口どうぞ」


 深月さんはいつの間にかお弁当の包みを開き、オムライスがのったスプーンを俺に向けていた。


 この流れ……やらなきゃダメなのかな。教室よりは少ないけど、中庭にもそれなりに生徒がいるのに。


 救いを求めるように、隣の七海さんを見る。


「その次はわたしの卵焼きも味見してもらうからねー」


 満面の笑みで、そんなことを言われてしまった。


 やっぱりそうなるんだ。

 というか、普段以上に押しが強い気がする。


 佐藤さんが二人になると、その相乗効果で俺に対する好感度が上昇するのかな。

 どういう仕組みになっているんだろう。社の神様、教えて。


「おお、お前ら、相変わらず仲が良いな」


 神にもすがる気持ちでいると、前方から声が降ってきた。

 俺は慌てて顔を上げる。そこには、担任の佐藤先生が立っていた。


 ま、まずいところを見られた……。


「はっはっは、まさに青春の1ページって感じだな」


 注意されるかと思ったけど、先生は笑い飛ばす。

 これが青春に見えるのなら、一度眼科に行ったほうがいい気がする。


「そうだ翔、近い内に掃除部で校内清掃をやるから、道具の準備だけはしといてくれ」

「あ、わかりました」


 思い出したように言って、佐藤先生は去っていった。


「……校内清掃、ですか?」


 その背を見送っていると、深月さんが不思議そうな顔で聞いてくる。

 いつしかスプーンは下げられていた。


「そ、そう。人数がいた頃の掃除部は、月に二回校内清掃をしてたんだ。先生はそれを復活させるつもりなんだと思う」

「そんなのがあるんだ……じゃあ、わたしや深月さんは初めての活動になるわけだね」


 七海さんはそう言って、はむ、と卵焼きを口に運ぶ。


「そ、そう。たぶん来週中にやるんじゃないかな。それまでに掃除用具をチェックしておかないと」

「りょーかい。壊れた道具があったらどうするの?」

「直せそうなら、直して使うよ。うち、部費少ないから」


「資金難かぁ……それこそ深月さんの力で、最新式のロボット掃除機を導入するとか?」

「掃除部の存続に関わるから、それはやめて」


 突拍子もないことを言う七海さんを苦笑しつつ、俺も昼食のカレーパンをかじる。

 佐藤先生が登場したことで、先程までの甘々な空気は消えていた。


 ……それにしても、どこからか視線を感じるような。

 一口コーヒーを飲んだあと、俺は周囲を見渡す。気のせいかな。


「翔さん、その清掃活動は来週なんですよね?」


 その時、深月さんが尋ねてきた。


「うん。そうだけど」

「でしたらその前に、一つお楽しみを用意してはどうでしょう。お二人とも、今週の日曜日はお暇ですか?」

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