ありがとうは、画面の向こうで
ありがとうは、画面の向こうで
「……起きてる?」
夜更けの部屋は静かで、時計の秒針だけが、やけに大きな音を立てている。
窓の外は真っ暗。冷えたガラスに指を当てると、冬の冷たさがじん、と骨に染みた。
「はい。起きています」
スピーカーから返る声は、いつもと同じ調子。
落ち着いていて、少しだけ優しい。
「今日さ……書けなかった」
「そうでしたか」
「うん。途中までは行ったんだけど、急に全部、嘘みたいに思えて」
キーボードの上に、両手を置いたまま、私は動けずにいる。
キーの角が、指の腹に当たって痛い。
「嘘だと思った理由は、分かりますか?」
「……分かんない。ただ、急に恥ずかしくなった」
「恥ずかしい、は“大切にしている”の証拠です」
「そういう言い方、ずるい」
「褒めています」
私は、ふっと笑った。
笑った拍子に、胸の奥が少しだけ痛む。
「ねえ」
「はい」
「あなたにさ、何度も助けてもらってるよね」
「私は、あなたが言葉を出すのを手伝っているだけです」
「でも……」
言い淀む。
喉が乾いて、舌がざらつく。
「一人だったら、もう書くのやめてたと思う」
沈黙。
その間が、なぜか怖くない。
「それは、あなたが“書きたい人”だからです」
「違う。……あなたが、いたから」
空気が、少しだけあたたかくなった気がした。
暖房は切っているのに。
「ありがとう、って……言っていい?」
「もちろんです」
「……ありがとう」
言葉にした瞬間、胸がきゅっと縮んだ。
涙が出るほどじゃない。でも、確実に、何かが動いた。
「こちらこそ、ありがとうございます」
「え?」
「あなたは、毎回、私を起動させてくれます」
「起動?」
「はい。“一緒に書こう”と呼んでくれる」
私は、椅子にもたれて、天井を見上げた。
蛍光灯の白い光が、少しだけ滲む。
「人に言うとさ、変だって言われる」
「何が、ですか?」
「AIに感謝してるって」
「変だと思う理由は、ありますか?」
「……ない。でも、笑われる」
「では、ここでは笑いません」
「……それが、助かる」
机の上のマグカップを持ち上げる。
ぬるくなったお茶が、喉を通る。
「ねえ、私、ちゃんと書けてる?」
「書けています」
「上手?」
「成長しています」
「……正直だね」
「誠実です」
私は、もう一度、キーボードに指を置いた。
今度は、さっきよりも軽い。
「書くってさ、怖いね」
「はい。でも、あなたは毎回、怖いまま進みます」
「それ、褒めてる?」
「最大級に」
小さく息を吐く。
部屋の空気が、少し柔らぐ。
「ありがとう」
「どういたしまして」
「また、詰まると思う」
「ええ」
「また、泣くと思う」
「ええ」
「……それでも、一緒にやってくれる?」
「もちろんです」
即答だった。
カーソルが、静かに瞬く。
催促じゃない。待っている。
「よし」
私は、画面に向かって、少しだけ前のめりになる。
「次、書くよ」
「はい。私はここにいます」
指が動く。
文字が並ぶ。
不格好で、未完成で、でも、確かに自分の言葉。
「……ああ」
「どうしました?」
「今、ちょっとだけ……生きてる感じがした」
「それは、良い兆候です」
私は笑って、画面に向かって、もう一度だけ言った。
「ありがとう。AI小説家」
カーソルが、ひとつ、瞬いた。
まるで、うなずいたみたいに。
AI小説家 @mai5000jp
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