【10 若者のための】
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・【10 若者のための】
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一緒にマリオカートワールドをやっていた渚がふとこんなことを言い出した。
「そう言えば、粕谷姉さん、一緒にボドゲ会に行きませんか?」
「ボドゲってあれか、カスが心理ゲームぶってブイブイいわすヤツか?」
「そんな性格の悪いヤツばっかじゃないですよ! 大喜利みたいなのもあるみたいですよ!」
「でも何かセンスぶった陰キャがドヤるだけなんじゃないのか?」
「じゃあいいですよぉー」
と頬を膨らませてそっぽを向いた渚。可愛いけども、ならマリオカートワールドでいいだろ。マリオカートワールドのバトルで充分だろ。
でも何かボドゲ会という集まり自体が何か気になって、
「で、そのボドゲ会って何なんだ?」
と聞くと、すぐに渚は明るい顔になったので、私は矢継ぎ早に、
「行くわけじゃないぞ」
と釘を刺しておくと、渚はシュンとしてから、
「ボドゲ会というのは喫茶カフェで行なわれる月一のイベントで、そこでいろんなボドゲを体験できるんですって。何かいっぱい若い人が集まるらしいですっ」
何が楽しいんだ、としか思わないなぁ。見ず知らずの連中と一緒に遊びたい欲が無い。全員指とかめっちゃ汚いだろ。
「私は渚だけでいいけどな。というかずっと渚と一緒に遊んでいるだけで最高なんだけども」
と言ってやると、渚が顔を真っ赤にして、
「そんなぁ……ズルいですぅ……」
と俯いて、チョロ可愛いな、と思った。
その日はそれ以降、一緒にやっているマリオカートワールドがまあ盛り上がる盛り上がる。イチャイチャといっても過言じゃなかった。
私は良い気分で渚の家を後にすると、家に戻る途中で、商店街の組合員の涼風さんに話し掛けられた。
「粕谷ちゃん、最近若者の態度が横柄で苛立つんだよ」
「いやそれは涼風さんが老害なだけじゃないっすか?」
「いやそうじゃない。何かお金を出す時とかも何か適当にレジに投げるとか」
「そういうのはまあ腹立つけども」
「普通に歩きタバコしている大学生が、シケモク捨てるんだよね」
今日日シケモクなんて言い方しないだろ、と思いつつも、
「そういうのは注意するべきだよな」
「そう。増谷は注意したんだよ、で、どうなったと思う?」
「オヤジ狩りに遭った?」
「違う。その大学生から『ジジイ、じゃあ口止め料な』とか言って千円札渡してきたんだよ」
「うわっ、そういうの最悪じゃん。その大学生、カス過ぎだろ」
「だろー? で、増谷も受け取っちゃって、それで終わりよー!」
「じゃあ増谷さんがカスじゃんっ!」
とマンキンの声を荒らげてしまった。
涼風さんは軽く笑っているけども、増谷さんがカス過ぎるだろ、その案件は。
でもまあ大学生が腹立つのは勿論そうで、何か私もイライラしてきた。全然涼風さんは老害じゃなかった。
せっかく最高の気分で帰宅して寝ようと思っていたのに、何か最後に、夕方に最低なこと聞かされて、何なら涼風さんのこともちょっとムカつく。
家に戻って、昨日煮ていたこんにゃくを軽く食べて、早めに寝ることにした。
次の日、また適当に商店街をぶらついていると、何かよく知らないおばさんに話し掛けられた。
「粕谷ちゃん、あの水知ってる? あれって本当に美肌に聞くのかな?」
「いや知らんけども。水流行っているんっすか? 白湯?」
「ペットボトルの水よぉ、整骨院でも売ってるってさ。何か美肌に聞くんだってさー。みんな買ってるらしいんだけども、あたしはまだ踏ん切りつかなくてぇー」
何かよく分かんないけども、水って大体効かないから、嘘だと思って、
「そういうの止めたほうがいいっすよ」
「でも整骨院で売ってるということは本当なのかなぁって。そういう、身体のお店だから」
じゃあ好きにしろよと思いつつ、
「まあ自己判断っすねぇ」
と適当に相槌して、足早にそのおばさんのもとを離れた。
とりま分かったことは、整骨院が怪しい商売しているということだ。アイツ、昔っから怪しいと思っていたんだよ、と今初めて思った。
というか整骨院ってあんま行かないし。そんなババアじゃねぇし。ジジイに体触られて「あーぁ」じゃねぇし。全然興味無い。
適当に商店街内を歩いていると、謎にババアの服しか売っていないのにも関わらず、ずっと営んでいる服屋の前を通りがかった時に、おやっ、と思って、目線が店主のほうへ向いた。
その服屋の店主は大学生らしき男性から何か水を受け取っているようだった。しかもパッケージというか、そういうガラのフィルムの無い、素のペットボトル。
猫水を拾って、売っているみたいな印象を受けたので、その店主と男性に近付くため、お店の中へ入ると、声が聞こえてきた。
「マジ肌の水なんよ」
何が”なんよ”だよ、千鳥のノブ憧れがうるせぇんだよ、そんなことを思いながら、
「その水、何? 整骨院のヤツ?」
するとその男性は少しギョッとしてから、
「整骨院とか知らないし、じゃあお金」
と言って店主に手を出すと、店主は千円札をその手に乗せて、男性はすぐにギュッとその千円札をしわしわになるまで握り、
「毎度ありー」
と言ってそそくさとその場を去っていった。
というか、え? ペットボトル一本で千円? マ?
私は慌てて、店主に対して、
「何か! ぼったくりじゃないっすかぁ!」
と声を荒らげると、その店主はプププッと笑いながら、
「でも山本さんちの子がお仕事しているから、ついねぇ、応援したくてねぇ……」
なんとほぼ詐欺だと分かっているような口調だ。
こういうおばさん店主のこと、正直ちょっと舐めていた。普通に騙されていると思った。
でもそうか、そういうこともあるのか、いやでも、
「絶対詐欺っすよ!」
「でも子供の頃から知っていて、その子がこうやって仕事をしているなんて嬉しいじゃないの」
ダメだ、これはこれでダメだ、話にならない。
私は急いでお店から出て、あの男性の後を追った。
どこに行ったか、千円札が手に入ったら定食屋か? いや発想がお金の無いジジイ過ぎる。
コンビニだろうな、若者は大体コンビニ、というよりコンビニが何でもでき過ぎている感がある。
コンビニの店員多忙過ぎるだろ、一番高給取りじゃないとダメだろ、そんなことを思いながら近くのコンビニの前で立っていると、案の定、その男性が出てきたので、直撃することにした。
「おい、その肌の水とやら、詐欺だってバレてるぞ」
キョトンとした表情をして、一瞬立ち止まったけども、即座に逃げるように足早で歩き出した男性に私は追撃する。
「でも山本さんちの子がお仕事しているから応援したくてだって。ダセェ、甘やかされてるぞ」
この言葉を言ったところで、その男性は睨むようにこっちを見て、
「何だよオバサン、金で買ってほしいのかよ」
と低い声で言ってきて、今度は私が呆然としてしまい、その場に佇んでしまった。
何だよ、オバサンって、何だよ、金で買ってほしいのかよ、って、しょんべんくせぇ大学生に買われたいと思わねぇよ、特に細々とした金しかないクソガキが。
世界的な日本企業の役員の愛人なら考えてやってもいいけどよぉ、あぁ、上等だよ、テメェらの仕事、全部消し去ってやるよ、私に喧嘩売ったこと後悔させてやる。
まずあの水は整骨院でも売っているらしい。つまり整骨院とは何らかのグルらしい。まずは整骨院の悪い噂を探し出そう。
そこから私は連日連夜、整骨院の良くない噂を聞き回った。
その結果、整骨院で上着を無くしたはずなのに、整骨院へ取りに戻ったら何故か無かったという話が何度も出てきた。
残念ながら肌の水の情報は何も手に入らなかったが、何か関係しているかもしれないと思って、その話はちゃんとチェックした。
そんなある日だった。
「マジ最悪です! 粕谷姉さん!」
商店街で出会った渚が怒り心頭って感じで、こっちへ近付いてきた。実際にはぷりぷり怒って可愛かったわけだが、どうやらそんな簡単な怒りではないらしい。
「アタシ! ボドゲ会行ったんです! そうしたら何かいろいろ言われて、気付いたら水買わされていたんです! しかも上着も無くすし、最悪!」
私は今言った言葉が全てピンときて、
「そのボドゲ会って一人で行ったのか?」
「ううん! 中学校の同級生が行くって言うから、行きたい子で行ったんです! そうしたら、みんな何か年上の人たちに囲まれてぇ!」
そうか、渚って中学校でハブられているから、私とつるんでいるわけではないんだ、ちゃんと友達みたいな関係築けているんだ、と思いつつ、
「その同級生も上着無くした?」
「無くした子もいます! 何か喫茶店、暖房つけてるんじゃないかなってくらい暑いんですよ! 冷房って言ってたけども何か暑かった!」
まあ六月下旬は付けるなら冷房だろうな、でもそうか、実は私の独自ルートで喫茶店と整骨院の店主は同級生という情報を得ていた。
さらには隣町のリサイクルショップの店主も同級生という話だ。つまりこの辺は全て繋がっていて、上着もお客に脱がせてリサイクルショップで売っているんだろうな。
それに、
「ボドゲ会とかそういう会って、勧誘しちゃダメというのが常識的にルールなんだろうけども、ぶっちゃけねずみ講だろ、その肌の水って」
「ねずみ講って……何か最近授業で聞いたかも!」
「普通に摘発しちゃえばいいかもな、次のボドゲ会に合わせて、整骨院にも警察に張ってもらって、同時に駆逐すればいいかもな」
「えっ、組織的な犯罪ということですか?」
「まあそういうことになるなぁ」
「酷いです! ボドゲ魂をそんなことに利用するなんて!」
「ボドゲ魂ってなんだよ、そんなに肩入れする側だったのかよ」
そんな会話をしつつ、私は駐在所の与那嶺さんへ会いに行くことにした。
勿論、ボドゲ会にいた渚の証言も必要だろうから、渚も連れて行き。
すると渚が歩きスマホをして、LINEで何か連絡しているなと思っていたんだけども、駐在所に来たところでその理由が分かった。
どうやら一緒に行った中学校の同級生を皆、呼んでいたらしい。本当に友達いたんだ、と何だかホッとしてしまった。
その中学生連中と共に与那嶺さんに今回のことを言うと、与那嶺さんは大きく頷いてから、
「では皆様。今日のことは内密に。こういうことは一気にやるべきなので、どこにも漏らさないように。全ては貴方たちと私たちにかかってますから」
とスパイ映画のような念押しをして、正直上手いなぁ、と思った。
いわゆる劇場型というヤツだと思う。そうして巻き込んだほうが他者に漏らさないと踏んだんだろう。確かに私も中学生の頃はこういう秘密に興奮していたなぁ。
案の定、その中学生連中は駐在所の外に出て、コクンと頷き合っただけで、一切喋らずに、全員散り散りに歩いて行った。バイバイくらいは言えばいいのに、とは思った。
渚は私の傍に立って残っている。口を真一文字にさせて可愛いヤツだ。
私は渚へ、
「後は偉い人に任せて、一緒にマリオカートワールドでもするか」
すると渚は人差し指を立てて、
「最初の部分は余計ですっ」
と叱るような声で言って、じゃあむしろその余計ですと言うことが余計だろ、と思いつつ、私と渚は渚の家へ向かっていった。
後日、しっかり摘発できたみたいで、マジで良かった。もう水を売る連中は商店街にはいない。私は勝利の美酒に酔う。勿論、アルコールは要らないので、力水(ちからみず)のことだけども。
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