【08 アンズ】
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・【08 アンズ】
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六月上旬、今年は梅雨がほとんど無いらしい。とは言え、それ以前に雨は結構降っていたから水不足の心配は無いって、スマホのニュースから流れてきた。
スマホのニュースって少し懐疑的なんだよな、と思いつつ、基本はスマホのニュースしか読まない。それがカスの流儀。
昨日、渡辺さんの家からもらってきたアンズを生でモグモグ食べた。基本的に肥料とか与えていないアンズはそんな美味しくないわけだけども、食べ物は食べ物なので、有難くモグモグ頂戴する。食えば何か栄養素あるだろ。
アンズの旬は六月から始まって、七月で終わる。こっからはアンズ月間入ったな、という気持ちだ。
この地域は五年前にアンズを植えるブームがあって、どこもかしこもアンズの樹を育てている。今はもうブームも落ち着いて、食べない人も多いので、それは根こそぎ私がもらっている。
商店街をぶらついていると、八百屋さんでもアンズが売っていた。でもそれは商品用のアンズで、実の橙さというか、綺麗さが半端無かった。本気のアンズも食いてぇなぁ、とは思う。
というか私は果物全般が好きなのだ。何故なら生でもめっちゃ美味しいからだ。お肉も好きだけども焼かないと美味しくないとかレベル低くね?
やっぱり果物が最強なのだ。どう考えても果物が一番強い。食べ物として果物が最強だ。あとフルーツトマトとか西瓜とかメロンとか。私はバカじゃないので、果物と野菜の違いは分かる。
八百屋さんの前で、物欲しそうにアンズを見ているタイムに入ったわけだけども、八百屋さんは私を見て見ぬフリをする。
当たり前だ、まだまだ現役バリバリの商品だろうから、全然午前中だし、土曜日の午前中なんて絶賛売り出し中の時間帯だろう。
私は諦めて、別の場所へ行こうとしたその時だった。
血相を変えたジジイが八百屋さんへ走り込んできた。絶対クレーマーだ。クレーマーの口をしていた。既に『いぎぃっ!』と叫んでいる口だった。
事件は私の楽しみなので、傍に立って話を聞くことにした。
そのクレーマージジイは怒鳴り声をあげた。
「オマエの店で買ったアンズに異物が混入していたぞ!」
おぉ、クレーマー中のクレーマーだし、本当だったら八百屋さんがかなり悪いけども、偏屈そうなジジイだし、コイツの勘違いという可能性もあるなぁ。
八百屋さんは困った表情で対応を始めたわけだけども、クレーマージジイの圧はかなり強い。
「口内をケガしたぞ! 刺さったぞ! 弁償しろ! 賠償金だ!」
弁償か賠償かどっちかにしろよ、言葉を定めろよ、内心笑っていると、
「とにかく金だぁぁぁああああああああああああああああああああああああ!」
とにかく金なのかよ、と冷静に思った。
というか正直弁償も賠償も正しい意味を知らないんだろうな、と思った。バカそうだし、このクレーマージジイ。
八百屋さんは少し慌てながらも、
「何を食べたんですかっ」
と問うと、クレーマージジイはデカい声で、
「アンズだよ!」
と言って、こんなクレーマージジイが高級そうな、マジのアンズを買うもんなのかな、とちょっと懐疑的に思った。
まあクレーマージジイって、何が好きか分からないからなぁ、何にお金を使うかというか。
クレーマージジイは一線を画すだろうからな、金無さそうなのに果物だけ高級なモノを買うとかあるもんな、そういうのもありえるもんな。
パチンコで当てて、高級な果物を買ったのかもしれないし、人生いろいろだよな、と思いながら、その場を離れた。
さて、今日はどこでメシを食おうかな、と財布の中を見た。
まあ臨時収入もあったし、豪華に定食屋さんに行こうかなと思った。
渚の家へ行って、お昼ご飯をご相伴にあずかる作戦もあるはあるが、それは先週やったしなぁ。冷やし中華出てきた。六月はちょっと早いだろ、とは思った。旨かったけども。
今日は自分でお金を出すか、そんなことを考えながら商店街をぶらぶらしてから、お昼時に定食屋さんへ入っていった。
私はここでお喋りな店員さんである、三島くんと会話することが一つ楽しみだった。
三島くんとは商店街でばったり会った時も結構会話する。三島くんは男子高校生には珍しく、マジのお喋りなのだ。誰とでも何でも話すし、誰に何話してんだよ、みたいな時もある。何か上品そうなおばさんに、海外セレブの不倫の話をしているの耳にしたことがある。とにかくお喋り欲が凄まじいのだ。
三島くんはいつもカウンターの端っこのほうで立っているのが基本ポジションなので、私は三島くんの一番近くに座って、
「サバ味噌定食で」
とオーダーをすぐに決めてから、三島くんが「サバ味噌定食!」と厨房に通したところで、
「三島くん、最近良いゴシップ無い?」
と聞くと、三島くんはさっきまでの死んだ魚の表情からパァッと明るくなって、早速早口で喋り出した。
「粕谷ちゃん、あれ知ってますぅ? 女装している人の話」
「マジで。どこにいんの?」
「この商店街にいるんですって、すごいですよね、女装って。そんな胆力、僕には無いですよっ、いやしたいとも思わないですけども」
相変わらずのマシンガントークでダダダダと喋る。
私は相槌を打ちながら、
「女装って何? 若い感じ? めっちゃ似合ってるとか」
「いやもうすごいおじいらしいです。おばさんシャツというかおばさんスカーフして練り歩いているみたいです」
「でもそれだと誰だか分かるんじゃないの?」
「いやサングラスしているんですよ、でも口元が明らかにヒゲの黒さですごいらしいです。らしいと言っても僕も一度見たことがあるんですけども、ヒゲと口紅でひぇって声出ちゃいました」
何その公害みたいなジジイ。そんなんいるんだ。それはそれで露出狂だよな、露出はしていないけども、露出狂だよな、まあ性癖を露出しているというか。
「で、粕谷ちゃん、あれは知ってますか? 普通にオヤジ狩りがあるって話」
「えっ、それも商店街内?」
「そうなんです。あんまバイオレンスみたいな感じじゃないらしいですけども、何か最初はまったり男二人組で老人を囲って、何か奪っていくというか、観念して手渡しみたいな?」
「まあ体格の良い男に囲まれたら、もう観念しちゃうかぁ」
「ですよねぇ」
結構この商店街も治安悪くなってきたなぁ、と思ったところで、あのクレーマージジイを思い出したり、イノシシ公園に埋めたジジイとか思い出して、まあ元々そんな良くないかとも思った。
さて、ここらで味変といきたいもんだな、
「三島くん、この定食屋に変な客とかいない?」
「います!」
と指差してきた三島くん。本来客に指差すとかダメだけども、まあ三島くんは可愛い子なんで全然許しちゃう。私はカスなので平気でひいきとかする。
「最近ですと、鯛って骨硬いじゃないですか、なのに骨全部食べちゃう人いますよ」
「マジで!」
と私は今までで一番良い反応を示してしまった。
でも実際問題、鯛の骨ってめっちゃ硬いからそれを食べるなんて、変人そのものだと思うから。
「もう骨一切残さず全部食っちゃうんですよ! いや食ってるところは見ていないんですけども、皿に無いってそういうことじゃないですか!」
と私のテンションに呼応するように三島くんの声も大きくなっていく。
「いやいや、それは何か、体が心配だわぁ」
と私が落ち着いた声で言うと、三島くんもそれに合わせて、
「ですよねぇ」
と息をついた。
ちょっとまったりとした時間が流れてから、
「で、何か他にゴシップ無い?」
「あ、すみません。今、レジいきます。注文もですか、はいっ」
と忙しく動き始めて、ゴシップタイムはこんなもんかぁ、と少し残念がると、テキパキと仕事を終えた三島くんがこっちへ向かって歩きながら、
「川に巨大生物いるみたいです」
「川って子供公園の先にある朝川のこと?」
「そうそう、何かそこに巨大生物いるみたいです。何か本当最近写真撮ろうとする人とか来ているらしいです」
というか歩きながら喋るってやっぱり三島くんはお喋りでマジで良い子だな。
本来、良い子とは言わないんだろうけども、私的にはかなり良い子。できればLINE交換したいけども、いざ交換したら怒涛過ぎたら怖いので、申し出はできていない。
「ところで粕谷ちゃんは何か良いゴシップ無いですか?」
まさか仕入れようともするなんて、余念がねぇ。
えっと、そうだな、
「私ってさ、下手なスプレーアートが好きなんだよね」
「何でですか?」
「こう、下手な絵を見せつけるという変態根性がクソ滑っていて笑っちゃうんだよね、結構スマホの写真で残してるよ、そういう下手なスプレーアート」
「新しい視点ですね! 確かに下手なスプレーアート見ると恥ずかしく思っちゃいますけども!」
「共感性羞恥というヤツな。下手なスプレーアートにはマジで悲しさがあるよな、違法性と悲しさが両方あるよな、人間の失敗作感というか」
「さすが粕谷ちゃんです! そう考えると趣深いですね! 僕もそのことちゃんと脳内にインプットして見ていこうかな!」
三島くんは本当に真っ直ぐな男の子なので、本当に鍛え甲斐があるというか、打てば響くほうなので、話していて本当に心が躍るのだ。
そんなこんなでサバ味噌定食がやって来て、私はそれをかっ喰らうことにした。いやめっちゃ旨い。でもサバの骨でも硬いわけだから、鯛の骨を食うってすごいな。
そんなことを考えながら味噌の濃い味を堪能した。
三島くんにレジで挨拶しつつ、私は退店し、また商店街をぶらぶらし始めた。
でもたいした事件も無さそうなので、ちょっと住宅街のほうへ足を向けると、まあ今は本当にアンズの全盛期で、どこもかしこもアンズの実が成っている。
ちょっと手を伸ばしたら普通に届きそうな位置にもあって、私が盗人ならウハウハだなと思った。
渚の家の前を通ったところで、渚の声が聞こえてきた。
「粕谷姉さん! 一緒にマリオカートワールドしませんか!」
窓からこっちへ向かって話し掛けてきていたので、私は手を振りながら近付き、
「今、玄関行くわ」
と返事して、渚の家へ入った。部屋にすぐに通されると、もう渚が一人でマリオカートワールドをやっていたみたいで、すぐにゲーム開始となった。
まずはフリーランをしつつ、トークする感じになったので、私は今日あったことや三島くんから教えてもらったゴシップを洗いざらい喋ると、渚が、
「やっぱりあれ女装ですよね! 見たことあります!」
「いいなぁ、私も見たいわぁ」
「見ていいものじゃないです!」
と頬を膨らませた渚。まあ相当な汚物らしい。
渚は続ける。
「じゃあもしかするとその女装して、姿を隠してアンズ泥棒しているかもしれませんね! 最近何かアンズ無くなる家多いみたいですよ!」
「そうなんだ、でも確かに姿を隠して泥棒とかありえないことではないよな」
渚にしては何か芯を食った見解だなと思っていると、渚が鼻高々に、
「そうですよね! で! アンズが怒り狂って、誰彼構わず、人間を攻撃しているんじゃないんですか! だからクレーマーおじさんが口内をケガして!」
「何で誰彼構わず攻撃しちゃうんだよ」
「もうなんというか人間が悪だと決めつけて!」
「一応アンズって人間に育てられているんじゃないの?」
「でも最近はブームも終わって、ちゃんと育てている人もいないじゃないですか!」
「それはまあそうだけども」
突然渚の推理が明後日の方向に飛んだなぁ、だから最高だな、と思った。
いやでも待てよ、アンズが攻撃か、ちょっと可能性はあるかもな、勿論アンズ自身が反転攻勢に出たわけじゃなくて。
「ゴメン、渚。戻ってくるから、一旦私、外出て行くわ」
「何ですか! アタシもついていきますよ! 粕谷姉さんと一緒にいたいですから!」
なんて可愛いことを言うんだ。
私はそれをそっくりそのまま受け入れて、渚と一緒に外へ出掛けることにした。
道中を歩きながら、渚が私へ、
「で! どこに行くんですか!」
「定食屋さんに行こうかなって」
「八百屋さんじゃないんですね! 八百屋さんへ行って、街中のアンズに話し掛けるんじゃないんですね!」
「何で八百屋さんなんだよ、街中のアンズに話し掛けるなら、拡声器持って街を練り歩けばいいじゃん」
「勿論八百屋さんには植物に言葉を知らせる翻訳機があるんじゃないんですか!」
とマジなのか、ギャグなのか分からないことを言った渚。いやこの快活さは……止めよう、これ以上考えることは止めよう。
「渚、とにかく定食屋さんだ」
私はそう言って、渚のことを先導するように歩いて行き、着いたところで即座に扉を開けて、三島くんに話し掛けた。
「ゴメン、今は事件を追っていて。鯛の骨とか残さず食べる人って誰?」
「えっ? 静川さんって何かしたんですか!」
「静川さんってお肉屋さんでアルバイトしている主婦の人?」
「そうです! 静川さんが骨を残さず食べる人です!」
静川さんって確か線が細いというか美人薄命みたいな人だったよな。
アゴも頑丈そうじゃないし、間違いなく、静川さんがこの事件に関わっているだろう。
「有難う。またたまに食べに来るわ」
と三島くんに挨拶して、電光石火ですぐに定食屋さんから出てきたので、渚は私の近くでウロチョロしているだけだった。
渚は驚いているような声で、
「静川さんがアンズを主導しているんですか! 何でお肉屋さんが! 普通八百屋さんでしょう!」
まだこの説を説いているんだ、強固過ぎる。
私ははやる気持ちのほうが強くて、渚への言葉掛けよりも自分の気持ち全面で、つかつかと歩いて行った。
お肉屋さんに着き、私は早速静川さんへ話し掛けた。
「静川さんって、家の庭にアンズがありますよね?」
すると静川さんは少し怪訝な表情になってから、
「ありますけども、一体何でしょうか」
と警戒するように言った。
いやここはまず誤解を解いておかないとな、と思って、
「別に私がアンズ泥棒をしたわけじゃないよ」
と言ったところで、渚は頭上に疑問符を浮かべた。
静川さんはホッと胸をなでおろしたような顔をしてから、
「確かに、粕谷ちゃんがアンズ泥棒するわけないですよね」
「でもそのアンズにはとある仕掛けがあるんでしょ、泥棒を攻撃する何かが」
ここで渚がバッとこっちに顔を向けながら挙手して、
「静川さんがアンズに話し掛けることができるんですか!」
と声を荒らげたところで、今度は静川さんが小首を傾げた、が、すぐに私のほうを見て、
「どうしてそれを知っているんですか?」
と言ったところで私はお肉屋さんの店主に話し掛けて、ちょっと静川さんと渚の三人っきりにしてほしいと頼み、私と静川さんと渚はお店の前に出て、立ち話を始めた。
静川さんは覚悟を決めた顔ともとれるし、別に悪いこともしていないし、という顔でもあって、何か半々だった。
相変わらず渚はハテナでいっぱいって感じだが、私は気にせず、静川さんに言うことにした。
「鯛の骨を持ち帰って、針のように細く加工しているんだよな」
すると静川さんはコクンと頷いてから、
「まあ元々細い骨もありますけどもね。細くて硬くて鋭い骨が」
「で、その骨を盗まれやすい位置にあるアンズの中に入れていた、ってわけだな」
渚が目を見開いた。
静川さんは落ち着いた声で、
「そうです。アンズ泥棒が横行していて腹が立っていたんです。じゃあ手を伸ばして獲れる範囲には仕掛けをしてしまおうと思いまして」
「でな、そのアンズ泥棒をしていたジジイが八百屋さんにクレーマーしていてさ、そのアンズを八百屋さんで買ったアンズだと思っているらしい。大方、買ったアンズも盗んだアンズも同じ皿に入れていたんだろう」
静川さんは少し申し訳無さそうに、
「そんな……八百屋さんに迷惑を掛けていたなんて……」
「じゃあそうだな、静川さんがそれをやったとは言わないから、でもそういう人がいたって八百屋さんに言っていいか? きっとクレーマージジイは八百屋さんにまた強く当たる時がくるだろうから、八百屋さんはこういうことがあったって知っていたほうがいいだろう」
静川さんはホッと一息ついてから、
「あぁ、それは本当にお願いします。でもまさか盗んだ人が八百屋さんにクレームを入れるなんて……ちょっと狂ってますよね」
「その通りだと思うわ」
静川さんとのやり取りも終了し、八百屋さんへ行くと、あのクレーマージジイがいて、何か野菜を値切れと言っていたので、そのまま言ってやることにした。
「オマエ、アンズ泥棒しているだろ。その異物が混入していたのは泥棒したアンズだぞ。手を伸ばしたら獲れる場所のアンズに異物を入れていたんだよ」
あえて骨とは言わなかった。骨と言うと、どこからか分かるかもしれないから。
するとそのクレーマージジイは無言で、そそくさと帰ろうとしたので、私はさらに言うことにした。
「じゃあ泥棒って認めるんだな!」
クレーマージジイは一切振り返らず、そのまま多分家に戻って行った。
八百屋さんは深い溜息をついてから、
「最悪のジジイだなっ」
と掠れ笑いをした。
マジでそうだよな、と思っていると、八百屋さんが、
「じゃあ粕谷ちゃん、お礼にこのアンズをあげるよ。と言ってもさっきのジジイが『これくれ、これくれ』とビニールの上から何度も何度も指で押したヤツだけども。まあそのせいでもうすぐ痛むからさ」
「ビニールの上からならもらおうかな、というかマジで嫌なジジイだな」
「普通に警察に言ったほうがいいかもな」
「じゃあそこはよろしくってことで」
「おう、粕谷ちゃん、任された」
そんな会話をしてから、渚と一緒に渚の家へ戻った。
そこからはマリオカートワールドのサバイバルを一緒に楽しんで、まあそれなりに楽しい一日だった。カスジジイへ強く出ることもできたし、良いストレス発散だ。
カスは全員私の養分になればいいと思う。私の人生を彩る淀んだ宝石だな、カスというものは。
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