【07 二軒目の和菓子屋】
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・【07 二軒目の和菓子屋】
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砂糖水を垂らしていた和菓子屋さんじゃない和菓子屋さんで、アレルギー事件が発生した。
アレルギーが出た女性は下痢だけで済んだという話だけども、今、その和菓子屋さんは揺れに揺れていた。
とは言え、アレルギーというのは食べた側も関係のある話。勿論、入っているモノを入っていない、または知らせず売っていたら和菓子屋さん側が悪いというわけだけども。
そのアレルギー反応が出た食べ物は草餅だったらしい。
でもその女性には元々ヨモギのアレルギーなんてことは無かったらしい。他の和菓子屋さんで草餅を食べていた時は別に大丈夫だったという話だ。
今、私は、高校生グループが開業したあのお店にあるテーブル席で、そのアレルギーが発症した女性から直接話を聞いている。
「つまり、その後、草餅食べたんです?」
私は妙にガッツがあるな、クソ根性過ぎると思いつつ、その女性が言ったことを反芻すると、その女性はうんと頷きながら、
「はい、あわせ屋さんの草餅はまた美味しく食べることができました。やっぱりあわせ屋さんで買うべきでした。ちょうど食べたい時に臨時休業で」
あわせ屋とは砂糖水を垂らしていた和菓子屋さんのことだ。あれの何があわせなんだよとも思ってしまうけども、まあ砂糖水を垂らすことを”あわせ”と呼んではないだろうから、いいんだけども。
私は少し深掘りする感じで、
「で、貴方はアレルギーがあるん?」
「無いと思うんですけども、そんな好き嫌いもなく何でも食べるので」
「草餅が腐っていたとかないっすよね?」
「それは言われましたけども無いですよ、その日のうちに食べるので腐っていたとしたら向こうの和菓子屋さんのせいです」
まあその後も草餅食べるくらい好きということは、残しておけるようなヤツじゃないよな。即食いメンタルだよな。
正直暗礁に乗り上げてしまった。もうこれ以上、聞けることはないからだ。
「有難うございます。また何かあったら連絡します」
と私が挨拶をすると、その女性は立ち上がってから、
「でも粕谷ちゃんに話せて気持ちが少し楽になりました。あわせ屋さんの草餅は大丈夫だった話もできましたし」
「それは良かったっす」
と何回か会釈して会話は終わった、ところで、レジの中にいるシゴデキおばさんことおばさんが、
「わたしも聞いていておかしなところは無かったわぁ」
「そうっすよねぇ、絶対腐っていなかっただろうな、ってとこだけ収穫ですね。腐ってたら向こうの和菓子屋さんのせいで」
そう言いながら私も立ち上がって、シゴデキおばさんとバイバイしてから、また商店街をぶらぶら歩き始めた。
そう言えば最近、謎を解いてくれているということを理由に商店街の組合からお金もらったんだよな。
あのイノシシ事件解決がかなり助けになったらしい、そんなん金銭的にこっちがという話っすよ、って感じだ。
さて、町中華でも食べるか、久しぶりに炒飯を大量にがっつきたい気分だ。
中華屋さんに入ると、いつも通り活気づいているし、真昼間から酒を飲んでいる謎のおっさんもたくさんいる。
私は酒の匂いが苦手なので、そういうおっさんからできるだけ離れた席に座って、大盛り炒飯を注文した。
でも一個違和感があって、ついそのことを口にしてしまった。
「忠告しないんっすか?」
すると店員さんはニッコリ微笑んでから、
「最近余った料理はプラスチックのタッパに入れて、持って帰ってもらうようになったんです!」
「うわっ、ありがてぇ」
と言うと、うふふと笑って店員さんはまた仕事に戻った。
今までは大盛りとか頼むと大体忠告されてウザかったけども、今はそうなんだ。
これなら安心して残せる。なんつーかこの店の大盛り炒飯、ギリギリ食べられるか食べられないかの瀬戸際なんだよな、その時のテンションによるというか。
十二分くらい経ったところで大盛り炒飯とスープが配膳された。
このチャーシューとカマボコと卵とネギという、四種の組み合わせが最高に旨い。何かカマボコが良い感じだよな、あんな二軍の食べ物なのに。カマボコ無いと決まらないよな、炒飯って。
ネギの炒めた香りって何でこんな良い香りなんだよって感じだし、卵は当然のように旨いし、勿論角切りのチャーシューも肉肉しい噛み応えでたまらない。
スープはラーメンスープとはまた違う、安そうな中華スープで、具も全然無いんだけども、それでいい。でも胡麻は本当は振らなくていい。マジの素のスープでいい。
あんま胡麻の風味好きじゃないというか、何かしょっぱい時の胡麻って実はイマイチじゃね? 逆に甘い時の胡麻、半端無くね? この価値観で世の中満たされてほしいわぁ。
胡麻は適当にレンゲで掬って、ティッシュの上に捨てていく。ちょっとレンゲの中にスープも入ってしまい、結果ティッシュが多めに濡れるけどもまあいいか、どうせあとでテーブル拭くっしょ。
私はこういうところも全然カスなわけだけども、気にしないでいる。というか気にするカスって偽善者じゃね? カスは全てカスであれよ、こっちは大胆なカスでいたい。舐めんなでお送りしています。
結局、炒飯は全部食べ切れた、ギリ食べ切れる日だった。ただスープは残した。別にスープ食いたいって言ってるわけじゃないからいいでしょ?
レジでお金を払って、外に出ると、何かどんどん暑くなる気がしていく五月中旬、いや暑くなっていくんだろうけどさ。
何か暇なので、ゲームセンターで涼もうかなと思ったんだけども、遠くで猫が鳴く声がして、猫かよと思いながら、そっちへ行ってみることにした。
別に猫は好きじゃないけども、野良猫をだらっと見ることは割と好き、野良猫という反社会的勢力が好きなのだ。
その野良猫は何か狭いところに入っていって、裏道系かぁ、と思いつつ、そっちのほうをおひょいと覗いてみると、何かゴミをペロペロ舐めていた。
人間ゴミを舐めるのは反社会的過ぎるだろと思いつつ、ちょっと眺めていた。
でもあれだぞ、薄いプラスチックの箱みたいなヤツ舐めるの、舌危なくねぇか? とは思う。
あぁ、ダメだダメだ、リアルに舌を傷つける妄想しちまった、こうなったらもう目の毒だ、さすが反社会的勢力だ、と思って、私はゲームセンターへ涼みに行った。
すると小学校をサボっていると思われる子供の集団がいて、その歳でゲームセンター逃げ使うか? と思った。
いや高校生であれよ、最低でも中学生ではあれよって感じ。ゲームセンターを逃げ場に使うには若過ぎるだろ、マジで。
私が近付くと、その小学生は逃げるようにいなくなったわけだけども、その小学生が遊んでいたと思われるメダルゲームを見て、私は愕然とした。
「アイツら……メダルじゃなくて一円玉使っていやがる……」
メダルを直接管から流し込むタイプのメダルゲームに一円玉を使って遊んでいたのだ!
いやこんな旧式のメダルゲームを設置しているほうも設置しているほうだけども、これはどう考えても一円玉を使っている小学生が悪い。
私は即座に店員さんに言うと、
「最近いるんですよねぇ、そろそろ新しいメダルゲームにしないとダメですかねぇ」
と溜息をついた。私は相槌を打つように、
「一円玉のほうが得というか、カスのライフハックっすよね」
「まあそうなっちゃいますねぇ」
「小学生でした」
「あー、じゃー見つけ次第、小学校に連絡するようにしますかねぇー」
と気だるそうに言った店員さん。
今まで連絡していなかったんかい、それはそれでカスだな、カスポイント高いな。
そんな会話をしたところで、キリが良過ぎたので、そのままゲームセンターから出て行ってしまった私。
やっぱり知り合いのお店で堂々と涼むのが一番だなと思って、またシゴデキおばさんのお店に戻ってきた。
四月までは戸全開で開業していたこのお店だが、五月になってからは窓のデカい戸(というか全部窓みたいな戸)を閉めて、中でクーラーを掛け始めたので、最高なのだ。
「クーラー浴びにきましった」
と私が言っても、嫌な顔一つせず受け入れてくれる。シゴデキ過ぎる。このおばさん。
私がテーブルに座ってスマホをいじり始めると、余計なことを話し掛けてこないし、全て分かっているって感じだ。さすが高校生の娘がいるだけある。
まあこうやって居場所を作っておけば、何か私にやってほしいことがあれば、ここに来れば私がいる、って感じになればいいし。自宅に来るジジイ勢はマジでウザいから。
そんなことを考えていると、また外に野良猫が通って、野良猫が闊歩するなんて抗争映画かよと思いながら見ていると、シゴデキおばさんが、
「最近多いわね、野良猫」
「そうなんっすか?」
と私が相槌を打つと、シゴデキおばさんが困っているように、
「そうなのよ、それもちょっと人間慣れして戸が開いてると中に入ってこようとしてくるのよー」
「そう言えば人間って、何で戸閉めないんっすかね。開けた人は閉めるけども、開けた人が開けた戸になだれ込んできたカスって絶対閉めませんよね」
「きっと元々開いていたか開いていなかったか判断できないからかもねっ」
「だとしたら基本閉めるって方向のほうが間違いなくないじゃないっすか? 絶対閉めないじゃん、なだれ込んできたカス」
「あれは確かに不思議よねぇ。そもそも近くで開いたこと見えているはずですもんね」
マジでなだれ込んできたカスって絶対戸を閉めないの何なんだよ。
でもこの話、できて嬉しかった。私がずっと思っていた議題のようなモノだから。
さて、ちょっと話の腰を折った自覚はある。でも言いたくて。言いたくてが強いカスだから、私は。
「野良猫多いの何でなんっすかね?」
と私がシゴデキおばさんが言った本題のようなモノに戻すと、シゴデキおばさんが、
「ゴミが増えたような気がするわ。街中に。風でプラスチップのタッパというの? あれが飛ばされているところ見たことあるしぃ」
そう言えば、さっきの野良猫もそれ舐めていたような、というか、
「それ、町中華のせいっすかね」
「あぁ、そうそう、最近食べ切れなかった料理を持って帰れるサービス始めたわねぇ、わたしたちの周りでは大好評っ」
と言ってピース、否、ブイサインをしてきたシゴデキおばさん。シゴデキおばさんの世代ではギリでブイサインって呼んでいただろ。というかブイサインするの可愛いな。おばさんのブイサイン、ピクシブで流行らないかな。
シゴデキおばさんはブイサインを締まってから、
「でももしかしたら分別とか苦手な方々がそのまま外に捨てちゃってるのかも、問題よねぇ、それのせいでサービスが無くなったら悲しいもの」
「確かに。何でゴミのポイ捨てとかするんでしょうね、カス過ぎ」
「それは本当にカスねっ」
と笑い合った私とシゴデキおばさん。
とは言え、マジで大問題だ。あういうサービスが無くなるとマジで困るわけだから、と思った時に、一個とあることが浮かんだ。
私は立ち上がり、
「ちょっと浮かびましたわっ」
と言ってお店屋さんを出ようとすると、シゴデキおばさんが、
「脳にはブドウ糖摂取よ!」
と言って、お菓子のラムネの瓶を二本くれた。シゴデキ過ぎる。マジ感謝。
私は有難く受け取って、外に出た。
さて、さっきのプラスチップの薄いタッパみたいなヤツを舐めていた猫はどの辺にいたっけ? あぁ、こっちだった、こっちだった。
お菓子のラムネを食べながら、歩く私。
ラムネって何かこう、砂糖の塊過ぎて好き過ぎるんだよな、背徳感全部盛りというか、とか思っていると、前からよく聞く声が聞こえてきた。
「粕谷姉さん! 何しているんですか!」
そうか、もう下校の時間か。渚が手を振ってこっちに近付いてきた。
とりあえず渚の考えも聞きたいので、今日あったことを全部話すと、即座に渚がこう言った。
「百又です! 今度こそ百又です! 百又を召喚しようとしているんです! 野良猫たちが!」
「三又とかって、現世の猫が妖怪になるんじゃないのか? 召喚の類なのか? 百又って」
と、ちょっと予想外だったので、掘り下げてみると、
「そうです! で、その召喚をしたい野良猫にパワーを与えたい、中華屋さんから残り物を持って帰ってくるおじさんもいて!」
「あぁ、ウィン・ウィンなんだ」
「そうです! 百又が召喚された暁にはおじさんにも力が入り! 気に入らないほうの和菓子屋さんを破壊する!」
そう拳を突き上げた渚。おぉ、そうか、と少し感心してしまった。
何故なら、
「渚も和菓子屋さんが関わっていることに気付いているわけだな」
「そうなんですか! ここは適当に言ったのに!」
「逆に今までの召喚のくだりは適当じゃないのかよ」
「そこはマジです! どうですか! アタシの推理!」
「和菓子屋さんが関わっているところだけ正解かな」
「う~ん! 今回もダメだったぁ!」
と体を仰け反らせた渚。オーバーアクションで本当に見ていて飽きないな、渚には。
さて、
「私の推理が正しければ、野良猫がいる場所には……」
私と渚は野良猫が集まっている場所を覗いた。そこには案の定。
まあ町中華ジジイがプラスチックタッパを路上に捨てるのは、警察官に指導してもらうことにして、私と渚は和菓子屋さんへ行くことにした。勿論あわせ屋じゃない、アレルギー騒動を起こした和菓子屋さんのほうだ。
私は店主を呼び、こう言った。
「おい、採ってくるのが面倒なのかどうか知らんけども、街中に生えているヨモギを使っているだろ」
店主は図星といった面持ちになったので、私は続ける。
「それもあんま洗わずさ、あのアレルギー騒動、きっと猫アレルギーだぞ」
そう、猫アレルギー。あの女性は好き嫌いが無く何でも食べると言っていた。つまり食物アレルギーじゃないということだ。
アレルギーにはいろんな種類があり、当然犬猫もそう、花粉とかもシステムとしてはアレルギー反応だ。
店主はおののいているように、
「猫、アレルギー、ですか」
と反芻した。
「最近街中に野良猫が多くてな。あんま街中のヨモギ使ったらダメだぞ。野良猫のしょんべんとかも掛かってるしな」
「警察に、言う、気、ですか」
「別に。そこまでする気は無いけども、被害者に謝罪はしとけよ。こっちも被害者の女性に連絡するし」
「分かりました……」
と肩を落とした店主。まあこれで一件落着かな。
その後、プラスチックタッパを特に捨てる家には警察官の与那嶺さんに指導してもらって、被害者の女性も謝罪を受けたらしい。
被害者の女性は「草餅いっぱいもらえちゃった!」とか言っていて、そんな和菓子屋の草餅食うなよ、とは思った。
私は私で被害者の女性から現金でお礼ももらえたし、誰にも言っていないけども、そっちの和菓子屋からお金も受け取ったし、まっ、儲かったからカスに感謝だな。
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