第2話 マジな話、詰んでないか?

 町らしい場所から逃げ出し、森に隠れてからしばらく経った。追手も一度引き返したようだ。

 とりあえず、これで落ち着ける。


「よし、あらためて状況を整理するぞ」


 一時は自分が誰なのかさえわからなかった。だが、今は日本人だった記憶を完全に取り戻せている。


 坂東英吉――それがオレの名前だ。

 年齢は四十五歳。無職――いや、一カ月前までは働いていた。二十年間働いていた会社が何とかというファンドに買収され、オレは新しい社長から解雇を言い渡されたのだ。

 それから一カ月。ハローワークに通いながら新しい職を探したのだが、年齢的なこともあり、書類審査で落とされること数十件。いまだ、面接までたどり着いていない。さすがに、気がめいっていた。


 その間、気分転換と暇つぶしでやっていたことは、『ユグドラシル』というVR専用MMORPG。七年前からサービスを開始して全世界に一億人のプレイヤーが存在するモンスターRPGだ。


 どうせやることがないなら――と、前々から気になっていたサブシナリオの『ゴブタロウのグルメ紀行』を全制覇してやる――そう決め、そのクエストばかりやり続けていたのである。


 ゴブタロウのグルメ紀行――

 町や街道に現れるゴブリン『ゴブタロウ』は生まれた時から人間に飼われていたため、人間の言葉を話す。そして料理に興味を持ち、その道を究めたことで、奴隷の身分を解かれ、料理人ギルドの身分証も持つ珍しいゴブリンだった。

 そのゴブタロウが「究極の料理を作りたい」と、食材探しの旅に出た――というシナリオである。


 プレイヤーはゴブタロウからクエストを受けると、提示された食材を探し出し、彼に渡す。すると、調理済の料理がプレイヤーに戻される――そういう仕組みになっていた。


 そんなマイナーシナリオなのだが、意外とそのクエストを受けるプレイヤーは多かった。

 なぜなら、ゴブタロウが作った料理のバフ効果が非常に高かったからだ。

 ゴブタロウ情報をまとめたスレッドがいくつも立つほど、サブシナリオとしては人気があったのである。


 そのシナリオの最終目標は究極の料理。だが、そこまでたどり着いたプレイヤーはまだいない。ゴブタロウのクエストが多すぎるからだ。


 ということで、無職になり暇だったオレはこのシナリオのラストを見てやろうと考えた。そして、ついに『究極の料理』のクエストまで到達。

 しかし――!

 最後の食材をゴブタロウに届けにきたところで、彼の寿命が尽きてしまう!

 ゴブリンの寿命は十年。人間に比べ、非常に短いらしい……

 死に際、ゴブタロウが発した言葉は――


 『キミにボクの夢を委ねたい』


 どういう意味だ?

 そう思った瞬間、オレは意識を失った――



 うん、そうだ。そうだった。

 そして、意識が戻ると知らない町にいた。それからはすでに話したとおりだ。


 オレは今、ゴブリンである。

 もっと具体的な言い方をすれば、オレはゴブタロウだ。


 どうして、そこまでわかるのかというと、黒い外套ローブに大きなリュックを背負っていたから――

 この容姿、ゴブタロウそのままだったのだ。


「なぜ、オレがゴブタロウに?」

 わけがわからない。


 いや、今さらそんなことを考えても仕方ない。それより、これからどうするかだ。

 どうやら、ここは日本ではない。ゲーム『ユグドラシル』の世界か、それとは別の異世界か――

 つまり、ラノベで書き尽くされた異世界転生というものだろう。


 とんでもないことに巻き込まれたという認識はある。それでも平然としていられるのは、そういったアニメやラノベを観たり読んだりしていたためだろう。

 恐ろしや、日本のエンターテインメント。


 さて、そうなると、どうやって元の世界に戻るかなのだが――


「そういえば、アニメもラノベも転生してから元の世界に戻るという流れはないよな……」


 だいたい、転生した世界に居ついて、手にしたチートで無双するだけだ。


 それじゃ、オレは……


「まあ……前の世界に未練はないな……」


 独身のオレは彼女どころか、親しい友人もいない。両親は健在だがこの数年会っていない。三歳下の妹がいるが、さほど仲がいいわけでもない。ヤツが結婚してからはオレのことをウザいと思っているのか、連絡もほとんど寄こさなかった。


 つまり、今さら元の世界に帰らなければならない理由はない。


「なら、この世界で生きていくとして、どうやって?」


 だいたい、転生モノは神やその世界の有力者からチートな能力を授かり、それを駆使して異世界を渡り歩いていたが……


「今のオレ、ゴブリンだぞ……」


 町に行って情報集め……というテンプレは、先ほどの状況からしてムリに違いない。

 なにより、最弱なモンスター、ゴブリンである。

 このままでは、いずれ冒険者に狩られて終わりだ。


「マジな話、詰んでないか?」


 同じモンスターでもドラゴンとかもっと強いヤツに転生させろよ。


「いやいや、そんなこと言っている場合じゃないだろ? 思い出せ。なにか方法があるはずだ」


 自分はゴブタロウ。この一カ月、そのクエストばかりやっていたから、彼のことは良く知っている。

 逃げ足は速いが、戦いは苦手。料理は得意だが、それ以外のスキルはない……


「……ダメだ。やっぱり生き延びれる自信がない……」


 せめて、プレイヤーのようにレベル上げができたら……


「ん? 待てよ。ゴブタロウはNPCだったけど、ステータスはあるはずだよな?」


 ユグドラシルはNPCでも条件が揃えば仲間となって、ともに戦える機能があった。その場合、NPCもプレイヤーのようにレベルが上がったはずである。

 そういうことなら、ゴブタロウもレベルを上げられるのでは?


「でも、どうやって、ステータスを確認するんだ?」


 プレイヤーなら、『ステータス』と唱えれば確認できたのだが……

 試しにやってみる。


「ステータス、オープン!」

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