コミュニュ光のお兄さん
藤村 綾
コミュニュ光のお兄さん
とつぜんスマホに見知らぬ電話がかかってきていたので無視をした。
さいきんそうしたわけがわからない電話がよくあるため、知らない電話にかぎっては無視をすることにしていたし、知り合いならばLINE電話でかかってくるし、なんならかかってくるのは同僚のともこだけだしな。なのでなんどか電話がかかってきても無視をしていた。のだが、なんどめかの電話ではじめて留守番電話に録音されていた声を聞くなりあーあそうだったのかと腑に落ちた。
『お忙しいところ誠に申し訳ありません。こちらコミュニュ光カスタマーセンターでございます。いま現在使われているルーターに対してのお知らせがありお電話した次第でございます……、』
留守番電話にはそう前置きして入っており、続きは『ルーターを新しくするために工事の日程についてのご相談です』となっておりその場で折り返しの電話をして工事の日程を決めた。
は!? てゆうかさいしょから留守電に入れてくれてたらよかったじゃねーか。わたしはつい声を上げてしまう。
なにせ怒りっぽいし、鬱っぽいし、それにかなり四十肩だ。付け足すと過食嘔吐だし、ろくでもない生き物になっている。
職業はメンズエステだし、おとこの長い臓物を見るのも飽きてしまい、お客さんにはどんな臓物でも「デカいっすね!」「いい具合ですよ!」「入るかなぁ〜」などとおべっかばかりいうのでさして見慣れてしまった長い臓物を息子だという男は総じて嫌いでもある。
「それこそ息子って呼んでるやつがいてですね〜」
長い臓物が反っているのではなくて逆に反っているお客さんに出会った
とき、わっ。とつい声が出てしまい、ん? ああ、これのこと。素敵な横顔はやっぱり女を騙しそうな整った顔で、めずらしいですか? ポーカーフェイスでそう訊いてきた。
「うん。初めてみたかも。すごいね。反ソリ? っていうのそれって。挿れたら女が喜びそうだね〜」
「そうなんですよ。けどまあヤツはそんなに大きくないんで。息子などとはいえませんよ。おれのつれにほんとうの息子という息子を抱えているヤツがいるんです。マジで。もうおれの息子! と叫んでしまってもいいくらいの大きさです」
そんなに! 大なり小なりはある逸物だけれど、そんなにデカいものは見たことがない。そんな話をしているうちにあっという間に時間が過ぎてしまい、タイマーが鳴ってマッサージは終わった。
なんだったんだ。というお客さんはよくいるし、お客さんってだいたいがお腹が出ているのでうつ伏せでといっても、仰向けに横になるひともいるのでそれはそれでしかたがない。
ルーターの設置の日は仕事を休んだ。皆勤賞だったけれどまあしかたがない。
15時半に来たコミュニャ光の開通工事担当のひとはびっくりするほど美形で色が白く背も高く目もとなどキリッとした猫目でさいきんあまりいい男を生で見ていなかったわたしにとってひどく僥倖だった。
「わたくしこういうものです」
名刺を渡され、はいときちんと両手で受け取ると、そこで飼っている猫が、ニャっと鳴いた。
わー猫ちゃんっすか? かわいいですね〜。もうっ、名前はなあにぃ〜。という言葉を待ってみたがまあスルーをされ淡々と開通工事担当の業務をこなし始めた。
「え? あ、よくみたら、お名前『西帯乃大賀っていうんですね。お珍しい苗字ですね。ここらへんのひとではないですよね〜」
なんとなく心の声が漏れた模様でついクールなそのひとに話かけてしまった。
「え、はい。ここら辺ではなくあちら辺ですね」
まあ、行くどころ行くどころ聞かれますんで慣れましたよと付けた足してちょっとだけ笑う。
「で、」
お! まだ話があるのか。わたしは嬉しくなり、はいと笑顔になり耳を澄ます。
「先輩に紹介したいひとがいるんだっていわれて。で、飲みで会ったんですよ。そしたらそのひとの名前が『南帯乃さん』だったんです。だから北、東って検索してみたんですが、いませんでした」
「笑えますね」
はい。また無言になりなんだか気まずくなりべつに話なんてしなくてもいいのに静寂に耐えれないわたしは猫が呑気に通りすぎるなか、ちょっといいですか? とまた話かける。
「モテますよねってこれもよくいわれませんか?」
いわれますね〜と歯に噛む姿をおもい浮かべるがしかし。西帯乃は一瞬顔をくもらせなにか考えているようで作業の手を止めてふとわたしのほうに顔をあげた。
「ゲイなんですよ。おれ」
「え」
「あ、隠すのなんなんでいうんすけど、ゲイなんです」
「あ、はい」
ウケですか? それともセメ? というふうに訊いてみるのもまた風情かもしれないし、そうした話題が膨張し膨らんで爆発をするかもしれない。
「まあ、多様性の時代ですからね。いいとおもいますよ。わたし嫌いじゃないですよ」
嫌いじゃないってなんだよ。わたしは自分で突っ込んでみるが、まあひとはひとだし男が男を好きでも女が女を好きでも性別など関係はなくてみな生き物なのだから。
「引いちゃいますよね」
「や、ぜんぜん」
また猫が通り過ぎていき西帯乃の前をはっきりと通り過ぎていった。このひとには猫が見えてないのだろうかと不思議いや不気味にも感じた。
「あそこはどうですか? 曲がってませんか? まっすぐですか? デカいですか?」
やっ、やっ、来るね〜。ぐっと来るね〜。西帯乃は今度は逆に引いていた。
「曲がってませんし、やや左寄りです。大きさは……、相手次第で変わりますね」
変わるぅ? なんで変わるぅ? 空き加減でかな? やや、いやかなり80%は疑問だったけれど、そうですか。とそこは納得をする。
「無礼な質問ばかりすみませんです」
「いいですよ。てゆうか、ゲイとか嘘なんで」
あはははと気高く笑う西帯乃は絶対にゲイに違いないし、ゲイの素質しか持っていないようにも見えたしそもそもそんなことを嘘つくこともなければわたしは利害なき他人だし、けれど最後のおちとしてはさいこうに笑いをとったのは圧倒的に西帯乃だ。
「では、終わりましたのでサインを」
アイパットのような物を見せられてそこに指でサインをする。指先が震えるのは冗談だか本気だかよくわからないゲイの話がおもしろくて笑えて震えているんのではない。
アル中で酒が体から抜けてきたのだ。
「すみませんね。指が尋常じゃないほど震えてしまって。字汚いですね」
「大丈夫です。見えればいいので」
あ、はぁ。
じゃあ、すみませんです。お邪魔しました。開通工事担当の西帯乃はいそいそと帰っていった。
アルコールアルコール。アル中のわたしは体内のアルコール濃度が低くなるとそこら中が震えてくるし、居ても立っても居られない事態になってしまう。
冷蔵庫からストロングを取りだしプルトップをひき一気に喉に流し込む。
喉から胃へそして腸へ。染み渡るアルコールに一息ついてゲイですという単語がぷわりぷわりと浮かんできてわたしはやっといま、急に笑いが止まらなくなる。
コミュニュ光のお兄さん 藤村 綾 @aya1228
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