知りたがりギャルとぼっち秀才 鬼豆問題

見鳥望/greed green

鬼豆問題

「坊主が屏風に上手に坊主の絵描いてる場合じゃなくない? マジで黙って念仏唱えとけって話なんだけど」

「何がきっかけでそんな怒りが湧き起こるんですか」

「何の為に坊主になったんだよ。仏なめんな」

「同じ寺で修行した坊主でも出ない悪口ですよ」


 謎に坊主に悪態をつく愛理は今日も今日とてサイベのりんごジュースを貪り飲んでいた。りんごジュースがおいしいのは分かるが、もはやりんごジュースそのものになろうかと思うぐらいの飲みっぷりである。


「ただのリズミカルな早口言葉にそんなマジレスする奴いないんですよ」

「ってか屏風って家の壁みたいなもんでしょ? やってること街の壁にセンス見せつけ落書きしてるダサクソガキ共とおんなじじゃんマジ軽蔑」

「どうして見知らぬ架空の屏風坊主にそんなにボルテージ上げられるんですか」


 相変わらず変なとこに噛みついたりこだわったりするギャルだが、それが彼女の大きな魅力の一つである事は間違いない。


「あぁダメマジむかつく。芽衣ちょっと鼻ちぎらせて」

「ヤバ過ぎるんだがこのギャル」

「あー腹立つついでに思い出しちった」

「これ以上何にキレるんですか」

「あれよあれ。鬼豆問題」

「鬼豆問題?」

「豆で鬼が倒せるかっつーの問題だよ!」


 とりあえずこの鬼ギャルに豆を投げつけてやろうか。


「そういえばこの前そんな事言ってましたね」


“ってか思うけど鬼に豆は弱すぎじゃね?”


 前に微分積分を教えた時に愛理が口にしていた事を思い出す。これはまた面倒な事になりそうな予感がする。


「なんでさ、鬼に豆投げようなんて思うわけ? 無理じゃねどう考えても」


 熱くなった若手議員ぐらい前のめりになる愛理の勢いを冷静に見つめながらメロンソーダを嗜む。この後の展開がどうなるかはもうだいたい想像がついていた。


「頭良い芽衣ならもちろん知ってるよね。鬼豆の理由」


 略しすぎて豆がもはや鬼と化しているが、ほらきたと私は溜息をつく。

 無駄に溢れる知りたがり症候群。彼女は私が全知の知識神とでも思っているのかこうやって事あるごとに疑問を容赦なく投げつけてくる。

 私は所謂秀才ではあるがもちろん知識量には限界がある。ただ残念ながら鬼豆問題に関する知識はある程度持ち合わせていた。

 そしてもう一つ残念な事に、知識を欲している人間にはちゃんと向き合いたくなるというのが私の性分でもあった。こんなめちゃくちゃな鬼ギャルでも私にとっては大事な友人だ。友人の期待に応えたいと思うのが私の自然だった。


「もちろんです」

「さすがだねぇ。私が満足したあかつきには褒美をやろう」

「ほう、どんな?」

「マスカラ百年分を与えて進ぜよう」

「逆にまつ毛が滅びそうなので遠慮しておきます」

「え、あんたマスカラ使えんの?」

「まつ毛全て千切って眉間に埋め込んであげましょうか?」

「この秀才ヤバイんだけど」


 ダメだすぐ脱線する。鬼豆鬼豆。


「さて鬼豆問題についてですけど」

「凄まじくニッチなワイドショーが始まりそうだなおい」


 愛理の茶々を受けながら正直どうしたものかとある意味もう暗雲が立ち込めていた。前回の微分積分ですらあの様だ。今回のテーマではサンドバッグになる覚悟が必要かもしれない。まあそれはそれで面白そうなのだが。


「まず鬼に豆を投げる理由に触れるにはそのルーツを遡る必要があります」

「ルーツ?」

「そう。鬼に豆をまく時期がありますよね。その日を何と言いますか?」

「えーっと、せっぷく?」

「地獄過ぎるよ日本文化」

「うそうそ節分ね。流石に知ってるわこんぐらい」

「こんぐらいも知らない可能性があるから油断できないんですよ」

「げへへ」

「何て下品な照れ方なんでしょう」

「で、節分がなんだって?」

「節分の目的は一年に一度鬼を追い払って、新しい年が無病息災である事を願うものなんですよね」

「んびょーんうそくさいってギャグみたいだね」

「切腹させてやろうか」

「介錯早めにね」

「なんで介錯は知ってるですか」

「ぐべべ」

「もっとかわいく照れる事をおススメしておきます。でまあ鬼鬼言ってますけど、鬼とは邪気の象徴。災害、飢餓、病といったさまざまな災いは全て鬼の仕業とされてたんですね」

「いよいよ豆で立ち向かうレベルではない話になってきてるんだが」

「それほど鬼というのは恐ろしく不吉の象徴とされていたわけですね。そして鬼鬼言ってますけど、鬼にも種類というものがありまして」

「種類? デブとかハゲとか?」

「信じがたいほど頭も性格も悪い仕分け方で眩暈がしそうですが、鬼には五色の種類があるとされていたんです」

「見た目最悪のゴレンジャーじゃん」

「相手が鬼とはいえルッキズムなんてクソ喰らえ過ぎますよ」

「飯食う所でクソ喰らえって言う奴に言われたかないね」

「妙な正論で殴り返すな。で、まずは貪欲の赤鬼。あらゆる欲望、全ての悪を司る絶対的センター」

「いきなり圧倒的に滅ぶべき悪過ぎて笑ける」

「次は憎悪の青鬼。怒り、悪意、憎しみを抱えしネガティブブルー」

「青なら悲しみで震えてろ。怒り憎しみとか赤にやらせとけよ」

「そして不健康の緑。眠気、怠慢、やる気の無さは他の追随を許さぬ無気力グリーン」

「働いたら負けとか言い出すタイプの不健康クソニートじゃねぇか」

「続くは疑惑の黒鬼。猜疑心、止まらぬ愚痴、矛盾する言動で自他ともに全てを振り回す厄介ブラック」

「ただただ老害現る」

「ラストは後悔の黄鬼。自己中な甘えや浮ついた心、動揺という地に足つかずの地盤ゼロふわふわイエロー」

「もう割り当てるものなかったのかよ絞りカスじゃん」

「辛辣過ぎますよ愛理」

「グリーン以降もはや鬼ですらなかったよ」

「本当にそうなんですよね。これ知った時びっくりしましたよ」

「赤青以外はワンチャン豆で倒せそうだな」

「さて、準備が整った所でいよいよ豆に触れていきますか」

「いよ! 待ってました!」

「歌舞伎のテンションやめてください」

「能のつもりなんだが」

「能でそんな瞬間あります?」


 ここまで来たらあともう一息だ。正直自分で喋ってても本当にツッコミ所だらけで驚くような内容ばかりだ。だが得てして大昔からある慣習や逸話を紐解いた先にはこんな話がごろごろ転がっている。現実離れした空想やファンタジーに満ちたものからギャグ漫画かと見まがうようなおもしろおかしな物語が無遠慮に口を開けて待っている。だからこそ歴史やルーツというものは興味深くまた面白い。


「何故豆なのか。大昔から米や大豆は五穀と呼ばれ、食料というだけではなく精霊が宿る神聖なものとして考えられてたんですね」

「でも食べてるじゃん」

「食べなきゃ死にますからね」

「ぐうの音も出ねぇ」

「そんな五穀には魔除けの力があると信仰されており、邪気を祓う力を持つとされてたんですね」

「食べるんだ。そんな豆を」

「食べなきゃ死にますからね」

「ぐうの音も出ねぇ」

「結構出てると思いますけど」

「はーん。つまり聖なる豆だから鬼も祓えるっちゅーわけね」

「物分かりがいいじゃないですか」

「でもそんな聖なる豆を食べーー」

「さすがにしつこいですよ」

「だよな。信じられないよ」

「マジでどの口案件なんですが」

「お、なんかあたしのべしゃりうつってきちゃった感じ?」

「おぅえ」

「さすがに傷つくんだぜあたしだって」

「大変失礼いたしました」

「よいよい。頭をあげい」


 全く毎度ながら話が進まないギャルだ。

  

「まあ要するに信じる力が悪に打ち勝つって話ね。素敵じゃん」

「豆で魔除け信仰なんてどんな邪教だよとか言われると思ってました」

「あたしを何だと思ってんのよ」

「あなたをそんなもんだと思ってたんですよ」

「これそっくりそのまま返される事あんだ勉強なったわ」

「使わなくていいですよこんなの」

「……もしや私キレるべき?」

「お任せします」

「はっ、キレないよこんなんじゃ。なめんなよ知識お化け」

「それはちょいとばかりキレてませんか?」

「キレてないなーい」

 

 そう言って愛理はまたりんごジュースを注ぎに行く。

 ふぅっと息を漏らす。全く愛理の相手をするのはいつも大変だ。日頃使わないエネルギーをここぞとばかりに消費してしまう。戻ってきたら私もメロンソーダをおかわりしよう。


「でもマジで坊主が屏風に上手に坊主の絵描いてる場合じゃなくない!?」

「ドリンクバーで怒りもおかわりしてます?」


 この忙しいギャルの相手は大変だが妙に心が潤う。


 ーー明日も楽しみだな。


 まさかしてそんな事を思ってるだなんて絶対に本人には言わない。

 彼女の知識欲が尽きない事を願うばかりだ。

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