なぜにんじんは根菜なのに鮮やかなのか

衣ノ揚

なぜにんじんは根菜なのに鮮やかなのか

 最近、頭の中で「1番好きな野菜は?」という問いがループしている。答えを探している訳ではない。ただ、その問いがサビのフレーズのように延々と流れ続けているのだ。しかも、この場合の「好き」は味ではない。見た目である。それだけはしっかりとした確信があった。


 この質問が脳内を巡り始めてから、一ヶ月は経っただろうか。昨晩、やっと私は自分が好きな野菜について具体的な回答を考え始めた。


 風呂に入りながら空想する。目の前に面接官が座っている。まるで志望理由なんかを聞くように、鋭い審美眼を光らせて、私に聞くのだ。

「好きな野菜は?」

 シワひとつないスーツを着ている私は、即答する。

「にんじんです」

「その理由はなんですか」

「根菜なのに、鮮やかだからです」

 間を置かず、畳み掛けるように続ける。

「トマトや苺が鮮やかなのは、鳥に食べてもらい、種を運んでもらうためです。しかし、にんじんは根菜です。鮮やかさ故に鳥に見つかるのは、どう考えても不利ではないでしょうか」

 そんなこと、今まで一度だって考えたことはなかったのに、まるでずっと前から考えていたように、言葉がスラスラと駆け巡る。

 私は、どうだ!といわんばかりに目の前の男を見やったが、面接官はポカンとした顔で、非情にもこう言った。

「それは、理由になっていますか?」

 

 確かに、「にんじんの色がオレンジなのって変じゃね? 変だからにんじんのこと好きなんよ」は、ただの個人的感想に過ぎない。

 なんか変だから好き〜(笑)では、面接官を唸らせることは到底できない。


 いつか面接で好きな野菜を聞かれた時には、必ずや論理的に答えるため、私はにんじんを好きでいる理由を調べ始めた。


 なぜにんじんはオレンジ色なのか?


 にんじんの色は、主にカロテノイドという色素によって決まる。カロテノイドにはいくつかの種類があり、その中でもにんじんに多く含まれている、β-カロテンが、にんじんを鮮やかなオレンジ色にしている。野菜にカロテノイドが含まれるのは、光合成の補助や紫外線や強い光から身を守るためである。

 

 だとしたら、さらに不思議だ。にんじんはほとんど土の中で育つ。光合成の補助や、強い光から身を守るための色素が、はたして必要だろうか。


 実は、にんじんの祖先は元々色が薄く、紫や白っぽかったと言われている。その後、黄色いにんじんが生まれ、オレンジ色のにんじんは品種改良の末に生まれた。

 オランダには、「オレンジ家」という王家の家系があり、この家系を讃える取り組みとして、にんじんの品種改良を行い鮮やかなオレンジ色を作り上げたという説が有力だそうだ。

 オレンジ色は視覚的に魅力的に感じられるため、この美しさを求めて古代から人間によって品種改良が進められたのだ。


 コンコンコン。

「失礼します」

「どうぞ、お入りください」

 面接官に名前を言う。着席を促される。面接官はずっしりと構えた男だった。その隣に、若い男性が座っている。こちらの方は七三分けで真面目そうで、しきりにメモに何か書いている。その様子を見ていると、こちらもなんだか落ち着かない。

 貫禄のある男が厳粛に口を開く。

「あなたが好きな野菜と、その理由を教えてください」

 一呼吸置いて、私は答える。

「にんじんです。にんじんは人間に愛されるためにオレンジ色になりました。根菜でありながら鮮やかなのは、人に合わせて進化した柔軟性の象徴です。私はそのにんじんのように、環境に応じて自分を磨き、周囲に喜ばれる存在でありたいです」

 うん、及第点はもらえるんじゃないだろうか。今夜はぐっすり眠れそうだ。面接官の男が頷いた。

 その瞬間、一緒に面接を受けていた爽やかな青年が言った。

「俺はさつまいもです! 土の中で根張って、ルーツを大事に生きていきたいです!」

「君いいね! 気に入った! 採用!」

 貫禄のある面接官の瞳が輝いた。立ち上がった彼らは熱い握手を交わし、私はパイプ椅子におしりをくっつけたまま、ただ指をくわえて見ているしかなかった。にんじんなんて大嫌いだ!

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なぜにんじんは根菜なのに鮮やかなのか 衣ノ揚 @koromo-no-yogurt

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