命運を司る女
死を司る《冥府省》と、生を司る《生府省》。
黄泉送りのメイは、迷える
だが最近、名古屋の“死”がおかしい。
死ぬはずのない魂が、溢れはじめている。
今日はその“あふれた魂”を回収するため、メイは生府省の管轄である《あつたの森》へ向かう。
▼△▼
午後五時四十二分。
光と闇の境目――逢魔が時。
メイは送魂アプリが示す「対象位置」に従い、名古屋郊外の“あつたの森”を歩いていた。
名古屋駅から電車でたった二駅。
それなのに、森へ一歩踏み入れただけで、空気がぐっと静まる。
「……いた」
池のほとりに、中年のサラリーマンがスーツ姿のまま佇んでいた。
アプリをかざすと、赤いエラーが走る。
《送魂ログ:更新不可》
《処理ステータス:循環中》
《管轄外アクセス:検出》
《ステータス:循環中(完了フラグ未付与)》
【送魂処理済(一般案件)】
【死因:心筋梗塞/森本 順一】
数日前、小箱から街へ溢れた《カスタマー》の一人だ。
「……なんで、また“こっち”に?」
本来、熱田神宮は“生府省の神域”。
死霊が入り込めるはずはない。
だが、逢魔が時――この“境目”の時間だけは、
生と死が重なってしまう。
メイが声をかけようとした、その瞬間。
「ストップ。その
背後から響いた声は、やわらかいのに、妙に通る。
振り返ると――
薄闇の中に、白いスーツが浮かんで見えた。
朱のラインが走るジャケット。
胸元には金のバッジ。
切れ長の瞳が、森の光を静かに反射している。
「あなた、誰?」
メイが訝しげに問うと、女は微笑んだ。
「失礼しました。
私、生府省・熱田神宮支部、命運調整チームの榊と申します」
たったそれだけで、空気が“上書き”されたようだった。
メイは思わず自分の姿を思い浮かべる。
着倒したスーツ、疲れた顔。
この人と並べば、まるで違う世界の住人だ。
「……そっちは生者の管轄でしょう?
この人はもう死霊。明らかにうちの顧客ですけど」
「ええ。ですがこの方、生前“かなりの善行を積まれて”いましてね。
祈願も正規で受理済み。本来なら、まだ亡くなる方ではありません」
「え……?」
「ですから特例。
冥府省にはしばらく“送魂保留”をお願いしたい案件なんです」
榊は淡々と告げる。
それを聞いた瞬間、メイの心臓がひやりと沈んだ。
「最近……死が、寿命を無視している。
無闇に死が増えれば、生も歪みます」
榊の声は柔らかいのに、妙に冷たい。
祈祷を機械入力するような、正確で静かな音。
「明らかに何かがおかしい。
冥府省としては、この事態にどう対応されているのかしら?」
言葉は丁寧なのに、追及の刃だった。
メイが答えようとしたとき――
榊がスマート端末を指先で軽くスワイプする。
淡い光が森本の体を包み込み、風が一陣吹く。
メイのスマホ画面が一瞬乱れ、
送魂アプリが勝手にシャットダウンした。
「……っ!」
「ごめんなさいね。
うちのシステム、優先順位が高いものですから」
榊は完璧に整った笑みを浮かべる。
まるで能面の“女面”のように、表情の揺れがない。
夕闇が濃くなった森の中。
去ろうとした榊は、ふと足を止め、メイへゆっくり振り返った。
「……人の寿命を記した帳簿があるのをご存じかしら?
生府省トップ三社には、それぞれ役割があるの。
出雲は縁を、熱田は運を――そして伊勢神宮は、寿命を管理している。
これ以上、寿命が帳簿からズレるようなら……
伊勢が黙っていないかもしれませんよ」
言い終えると、榊は再び歩き出した。
その背中が闇に溶けるまで、メイは息をすることさえ忘れていた。
◆ ◆ ◆
その夜。
メイは自宅のテーブルに突っ伏していた。
缶ビールが三本、空になって転がっている。
「ないわ……ないない!! ありえないわ!!」
机をバン、と叩く。
「寿命帳簿がズレたら伊勢が黙ってない?
伊勢が黙ってないって何よ!?
あたしのせいじゃないし!!」
酔いもあり、声が大きくなる。
「伊勢? 熱田? 知らんし!!
こちとら現場で死霊拾って走り回ってんのよ!!
勘弁してよもう!!」
ビールを飲み干す勢いで、ぐでんと机に沈む。
「……もう色々、無理ですって……」
その時、肩にふわりと重みが乗った。
「なるほど。熱田の榊とやらが、そんなことを言ったのか」
ぴよ丸のふわふわの毛が、メイの耳にふれる。
「しかしな、何が起こっているのか知りたいのは、我らとて同じこと。
メイは……ようやっとる。胸を張ってよいぞ」
「うゔ……ぴよ丸ぅ……」
メイは顔をあげ、ふわふわの胴体に手を伸ばしかけ――
ぴた、と止まる。
お腹の毛に、べっとりと土手味噌がついていた。
「……ちょっと。これ何?」
「すまぬ。夕餉の鍋を覗いたら……不覚にも落ちた」
「……うう、ゆるす。
今日は……もう、許すう……」
メイは笑いとも泣きともつかない声で呟き、
ぴよ丸はそっとメイの頭をよしよしとなでた。
二人の小さな部屋に、静かな夜が落ちた。
* * *
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