黄泉がえる魂たち
名古屋支部の朝は、
いつもより三割ほど暗かった。
昨夜の“死霊洪水”の後処理で、
全員が限界ギリギリだ。
「……おまえら、死霊みたいな顔しとるぞ」
ぴよ丸がメイの肩でつぶやき、
床ではテツが大の字のまま天井を見つめる。
「俺……今日で寿命きたかも……」
カイは机に突っ伏し、呻いた。
「目が痛い……朝日が凶器……」
“まだ全部回収できていない。”
その事実だけが、空気をさらに重くしていた。
▼△▼
シノが紙コップのコーヒーをすすりながら言う。
「そういえばさ……昨日の外資の死神さん、変わった送魂だったよね」
カイが顔を上げ、目を輝かせた。
「見た見た!あのリング、やばかったって!
手を動かしただけで魂がスッと消えてったよな」
テツが顔だけ横に向けて呟く。
「残滓ゼロって……冥府の技術者泣くぞ……」
メイは背もたれに体を預け、ぼそりと不機嫌に言う。
「なんでもエデン社の最新式なんだって。
……マサハルをあいつに送魂されたのは悔しかったけど。
一度は“うちの”
カイは肩をすくめる。
「でも昨夜は助かったじゃん。あの人、普通じゃないでしょ」
シノが軽く眉をひそめた。
「見た目は優男だけど……なんか“違う”よね」
胸のざわつきを誤魔化すように、メイは視線をそらす。
「……知らないわよ。あいつのことなんて」
ぴよ丸が羽を膨らませた。
「おいメイよ。あの南蛮人、信用できるのか?」
その問いに答えようとした瞬間——。
名古屋支部の古い扉が、
バンッ! と勢いよく開いた。
黒いピンヒールが床をコツンと鳴らし、
漆黒のスーツに身を包んだ女が姿を見せる。
「おはようさん、名古屋支部のみなさん」
その声と同時に、室内の温度がひとつ下がった気がした。
冥府省――境界管理局。
三途渡航課・首席渡守。
雛菊だった。
「ヒッ……!」
「っ!?」
シノとメイは反射で背筋を伸ばし、
テツは即座に飛び起き、
カイは資料の山からそろそろと顔を出す。
シノが震え声で言う。
「ひ、雛菊さん……き、今日は管理部の制服じゃないんですね……?」
雛菊は眼鏡の奥で、シノを鋭く見据えた。
「現場来るのに、あんな黒い着物なんか着てられへんわ。
目立つし、動きにくいし、ええことひとつもあれへん」
ピンヒールがもう一度、コツンと鳴る。
「……それよりな。
昨日の大量送魂の報告書、まだ揃ってへんで?」
「す、すみませ……!」
「枚数と時間は守りやって言うたやろ!!!」
「ハイッ!!! すみません!!」
名古屋支部全員が平身低頭。
そんな雛菊が、メイの横に立った。
「メイ。
近藤チズ子さんの件、あんたが対応したんやな?」
「は、はい……」
雛菊は少しだけ眉を上げ、肩をすくめた。
「“三途の川は景色ええし治安もええから、待ち合わせにぴったりやで”
言うて、うちんとこ送ったらしいけどな──
三途の川を待ち合わせ場所にされたら、渋滞の元なるやろ?」
「す、すみません! でも……」
雛菊はそこでふっと笑って、声をやわらかくした。
「だけどな、“先に死んだ相手を迎えに行って夫婦二人であの世へ逝きたい”って願い、
本部のほうで特別扱いにしといたで。
メイ、あんた……ほんま、ようやっとるわ」
メイの視線が雛菊の手首へ落ちる。
黒スーツの隙間から覗く
金色のミサンガ がふわりと揺れた。
冥府の管理職だけがつけられる、
憧れの色。
メイは、
少しだけ、胸の奥が熱くなるのを感じた。
◆ ◆ ◆
雛菊は手元の書類をまとめ、ヒールを鳴らして全員を見渡した。
「──ほな、本題いこか」
名古屋支部の空気が一瞬で張りつめる。
雛菊は一枚の送魂票を掲げた。
「昨日の送魂処理やけどな。
三途の川の渡河記録と、名古屋での登録数に……ズレが出とる」
「……ズレ?」
シノが息を飲む。
雛菊は無表情で次の書類を示した。
「三途の川を渡った人数はいつも通り。増えてへん。
せやのに──」
紙束を軽く持ち上げる。
「名古屋では、同じ魂が“二重登録”になっとる」
室内の空気がピンと張った。
カイが青ざめる。
「に、二重って……コピーとか?」
雛菊は短く否定した。
「魂にコピーなんかできるわけないやろ。
同じ魂が二つ存在するなんて、本来“絶対に”ありえへん」
テツが椅子を掴む。
「なら、どうして……?」
雛菊は淡々と続けた。
「三途の川は確かに渡っとる。
せやけど──名古屋には、同じ魂の“気配”がもう一つ残っとるんよ」
静かな声が、逆に背筋を冷やす。
「昨夜の“死霊の洪水”、ありゃ……
一度三途の川を渡ったはずの魂らが、黄泉がえってきとる」
テーブルの上に書類を静かに伏せると、
雛菊は視線だけを上げた。
「それとな──メイが見た言う“魂を入れた箱”を持った男。
あれの正体も、気ぃになるわ」
一拍の沈黙。
そして、声がさらに落ちる。
「……ここ名古屋で、ほんまに“なんか”起きてるで」
雛菊の視線がメイに移る。
「あんたはちゃんと送魂しとる。
うちらも“三途”でちゃんと渡しとる。
せやから──これは、どう考えても“異常”や」
名古屋支部の誰もが、言葉を失っていた。
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