封塵座敷・第二幕

【スカイ・スクリーン・チャンネル ——【封塵座敷】マルチビュー】


【コメント読み込み完了 —— 世界同時プレミアム配信スタート】


【絶品チャーハン:キタキタ! やっと仕事終わったー! 急いで天幕つけたけど、今回の番組形式変わったってマジ? まともなのがいるといいけど。前回のあのチーム、ステージでの「輝光値グロウ」稼ぎがショボすぎて、ウチの地区の防護壁、モンスターウェーブで崩壊しかけたんだぞ】

【皆見てねRing推し:ついに始まった! まさかのRing様本人が鎮座してるとか、審査員席見てるだけでお釣りくるわ [尊い][尊い]】


【課金こそ我が喜び:公式サイトちらっと見たけど、A区のシリルって奴、評価A+だって!? 顔面偏差値は確かに高いけど、見掛け倒しじゃないことを祈るわ。とりあえず顔がいいから一票入れとく!】

【イケメンのダンスが見たいだけ:まさかのリアルステージとか刺激強すぎw 前までこんなんじゃなかったのに。まあ教官たちがついてるから大丈夫っしょ。綺麗な男の子たちが怪異の中で歌って踊るのが見たいだけ [ワクワク]】


【一飲一啄:番組運営、肝が据わりすぎだろ。大事故にならなきゃいいけど。選手たちが無事に出てくるのが一番大事。「輝光値」はまた貯めればいいけど、命はなくしたら終わりだからな】

【何キャンキャン吠えてんだ:チッ、またこの煌びやかなお坊ちゃんお嬢ちゃんたちかよ。なんでコイツらがアイドルごっこして「輝光値」吸って、俺たちが下界で怯えなきゃなんねーんだ。何人か死ねばいいのに】


【ピーッ —— システム警告1回】

【システム公告】:視聴者の皆様、暴言およびパニックを扇動する発言はお控えください。違反者は天幕コメント機能、ならびに双方向機能を一時的、あるいは永久に停止します。】


【彼方の旅人:信号塔の近く通ったからついでに覗いたけど、今回の選手、顔面レベル高いな。ウチの街の学芸会レベルの連中よりよっぽどマシだ。サプライズに期待】

【クライアントに一撃:D級ステージか。しかもRing様が攻略済みのヤツだろ? この温室育ちの練習生たちに務まるのかよ。入って30分で全滅とかマジ勘弁な、通信料の無駄だわ】

【推しの顔面国宝級:Ring? は? うちのJasper君の解説待機中なんですけど。あの氷属性の男より絶対面白いし。Ring信者は絡んでくんな、絡んできたらお前の負けな(白目)】


【退場太鼓叩きたい:はぁ、今やオーディション番組までリアルステージ突入か。世も末だな】

【三分間の我慢:上の人、まだ若いのかな? 深淵が降臨した直後、どれだけの人が死んだと思ってんの。ここ数年やっと制御できて、こうしてステージに入れる人材を育てる余裕ができたってのに、これを当たり前だと思っちゃダメでしょ】

【大悪党の幼年体:人間味のない奴がいるな。練習生たちの出来がどうあれ、ステージに入る度胸すらない奴よりマシだろ。彼らは命張って俺らを守ろうとしてるんだぞ。飯食わせてもらってるのに茶碗叩き割るような真似すんな】


【その通りあなたが正しい:数年前のアイドルたちに信念があったのは認めるけど、今は完全に産業化してるだろ? 入る前に事務所が綿密な計画立てて、本当にヤバい場所には価値のない捨て駒を行かせるんだよ。自社の看板アイドルを死なせるわけないじゃん。投げ銭なんて金の無駄】


【寝てたい:コメント欄の殺伐としすぎワロタ。俺はただ、古風なセットで美男美女が番組収録してるのを平和に見たいだけなんだよ。死人出ませんように、平和第一 [合掌]】

【銀河系キック:だな。特に今回のステージは歌舞伎と能がテーマだろ? Ringがあの時出したソロMV、年間ランキングTOP3に入ってたよな。練習生たちがどう表現するか楽しみだわ!】



 天幕の上で、様々なコメントが乱舞する。

 懸念、期待、そして悪意と祈り。それらが交錯し、形のない喧騒となって渦巻いている。


 だが天幕の下――

 ステージの内側では。

 

 その喧騒は、瞬きする間に死ごとき静寂へと飲み込まれた。

 氷のように冷たく、湿った空気が、積年の埃と朽ちた木の匂いを伴って、乱暴に鼻腔へと流れ込んでくる。

 凌空の意識は、瞬時に覚醒した。

 網膜が薄暗さに順応し、現状を淡々と処理していく。

 自分が立っているのは、人ひとりすれ違うのがやっとの、狭い回廊だ。

 足元は、長い年月を経て黒ずんだ古い板敷き。

 両側の壁もまた、塗装の剥げた板壁で、そこには歌舞伎の隈取くまどりや能面が、所狭しと掛けられていた。


 窓はない。

 壁の高い位置に、等間隔で吊るされた古めかしいガス灯だけが、頼りなく揺らめいている。

 その青白い光は、足元を照らすのがやっとだった。


 亡霊のようなガス灯の揺らめきの下、壁面のおもてたちは、驚くべき怪異を湛えていた。

 立役、女形、荒事、実事、三枚目――。

 忠義も、

 奸悪も、

 善も悪も。

 本来ならば鮮やかであるはずの表情は、

 木の板の上で凝固していた。


 顔料は色褪せ、ひび割れ、一部は剥落して、その下から覗く木目が、

 まるで皮を剥がされた筋肉のように、

 あるいは骸骨のように、

 獰猛な質感を晒している。


 空虚な眼窩が、招かれざる客を無言で見つめているようだ。

 口元に刻まれた笑みも、剥き出しの怒りも、光と影の揺らぎの中で、不気味に蠢いて見えた。

 凌空はそれらの面を一瞥したが、眉一つ動かさなかった。

 そのまま、音もなく視線を手首へと落とす。


【役型:実事じつごと

    裏芸:三枚目・軽業かるわざ


(……実事?)

(それに、三枚目の軽業か)

 凌空は心の中で低く呟く。動揺はない。あるのは純粋な疑問だけだ。

 かつて映画史を深く研究した商業映画監督として、彼は伝統芸能の源流と規律を熟知していた。


 彼の認識において、「実事」と「三枚目」は、水と油が決して交わらないように、まったく別の二つの役どころだ。

「実事」は通常、分別のある中高年の男性役を指す。

 威厳ある忠臣、あるいは老獪な策士。その演技は端正かつ重厚であることが求められる。

 対して「三枚目」は、いわゆる道化だ。

 滑稽で俗っぽい小市民や、機転の利くお調子者。

 そしてそこに添えられた「軽業」の文字は、彼らが単なる道化ではなく、舞台狭しと飛び回り、宙返りを決める身軽なアクションの担い手であることを示している。


 実事と三枚目。

 重厚な静と、軽妙な動。

 あまりに明確に分たれた二つの領域。

 だがシステムは、この相反する二つの役柄を、強引に一つに縫い合わせている……。


 ――ギギギ


 思考を巡らせていたその時、異変は起きた。

 左手の壁にあった、長い髭を蓄えた『実事』の面が

 ――生きた。


(……そもそも)

 変異する面を見つめながら、凌空は思考を続ける。

(歌舞伎は本来、面をつけず、顔に直接「隈取」を施すものだ。面をつけるのは「能」の領分。

 だが、このステージの壁には、隈取を模した木彫りの面が飾られている……)

 この空間そのものが、伝統を歪めた異質なコラージュであることを示唆していた。


 面の上半分がねじれ始め、口元が見えない力で無理やり引き裂かれる。 

 耳まで届くような異形の角度で吊り上がり、

 空虚な眼窩からはドロリとした黒い粘液が滲み出し、

 じっと凌空を“凝視”する。

 が、凌空はそれを冷ややかに見据えているだけだった。

 脈拍は変わらない。恐怖よりも先に、冷静な分析が脳裏を走る。


(……やはり、おかしいな)

 原作漫画のシナリオでは、主人公である「はる」の視点で進んでいたはずだ。

 彼に割り当てられた役は至って普通の「立役ヒーロー」だった。

 面を選ぶフェーズでも特にアクシデントはなく、役柄に合った面をつけて、この回廊を出るだけだった。


 だが今はどうだ。

 自分にはなぜか相反する二つの役を与えられ、あろうことか、壁の面たちがシステムの制御を離れ、異形化し始めている。


(バグか、あるいは

 ――イレギュラーな演出か)

 凌空の視線が、壁に並ぶ森羅万象の面々を高速で薙ぐ。


 実事、若衆、女形、赤っ面、道化、鬼……。

 何かが彼らの逆鱗に触れたかのように、壁面の振動が激化する。


 一枚の女形の面から、暗い血の涙が流れ落ちた。

 隈取の施された大鬼の面が、顎が外れるほどに口を開ける。


 そして、最初に変異したあの実事の面が、突如として壁の束縛を引きちぎり――

 一直線に凌空めがけて飛来する。

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