Werewolf Before⇔After

第1話 狼男とアメジストの瞳

その年のハロウィンは満月だった。

街の人々は思い思いの姿に扮し、夜のパレードを楽しんでいた。家々の庭先ではジャック・オー・ランタンに灯りがともり、妖しい笑みを浮かべていた。

そんな多くの人々がにぎわう夜、その男だけは憂鬱な気持ちでいた。


山小屋で独り、満月を睨む長身の男。

窓辺にかけた手には鋭い鉤爪が生え、頭には先の尖った獣の耳が付いている。

━━狼男だ。


満月の夜に変身し、人や家畜を襲うとされる狼男。

しかし彼の場合、幸か不幸かこの姿になった今も人の心を失ってはいなかった。

いっそ変身とともに正気も失えたら、苦しまなくて済んだだろう。

彼だって何も最初から狼男だったわけではない。三年前までは一人の人間として普通に暮らしていた。しかしある晩、魔女に呪いをかけられて彼の人生は変わってしまった。住んでいた村では狼男の姿を見られ騒動となり、命からがら逃げてきた。そのときもちょうどこんなお祭り騒ぎの夜だった。人間を襲う他の狼男とは違うのだと説明しても、誰も信じてはくれなかった。

だからこうして満月の夜は人目を忍んでひっそりとやり過ごしているのだ。


 (早く夜が明ければいいのに・・・)

 彼がそう思った矢先、何処からか銃声が鳴り響き、女の悲鳴が聞こえた。狼の大きな耳がピンと立ち、緊張が走る。心臓は早鐘のようだったが、男は一歩も動けなかった。

今出て行ったら、この姿を見られてしまう。だが、行かなければ誰かを見殺しにするかもしれない。そうした不安と恐怖で彼の心は揺れ動いた。

そして強く歯ぎしりした後、狼男は山小屋を飛び出した。

 (あぁ、心なんてなければもっと楽だったのに!)


 銃声のした方角とわずかな血の匂いを頼りに、彼は一目散に山道を駆け下りた。暗闇の中、山道を行くことは普通なら骨の折れることだろうが、狼男の姿である今、それはたやすいことだった。ただ、正体がばれないよう今はその獣の耳はマントのフードで、口元はマフラーで覆い隠していた。

 

ほどなくして彼は悲鳴の主であろう女のもとへと辿り着いた。地面に倒れている修道服姿の若く美しい女。右脚から血を流している。

「オイ!大丈夫か?!」

呼びかけに反応はない。

男はフードを一層深く被りなおして女に近付き、息があることを確認する。どうやら気を失っているだけのようだ。

彼は自分の服の袖を鋭い爪で破り取り、止血のために女の脚に巻き付ける。そして両腕で彼女を抱え上げる。

「麓の街までの辛抱だ。それまで頑張ってくれよ?」

 聖女を抱え、狼男は走り出した。


 麓の街へと向かう途中、彼は必死に考えを巡らせていた。

 まだ夜は深い。狼男の変身は解けない。しかし朝を待っていては、女の命が危ないかもしれない。出血の量はもとより、魔物が巣くうといわれるこの山にケガをした状態で一人残しておくわけにはいかなかった。

 (早く手当てができる人の所に連れて行かなければ・・。だがどうする?狼男の姿で一体誰が信用してくれるだろうか?)

 彼がそんなことを考えているうちに、女が意識を取り戻した。そしてすぐそばにある狼男の顔を見てはっと息をのむ。

「気が付いたか!安心しろ、俺はアンタを襲うつもりなんてない。そのケガ、手当てが必要だろ?麓の街まで連れてってやる。」

男は口早にそう説明して女を安心させようとした。はじめは身構えていた女も、自分の傷口に巻かれた布が、この男の片方だけ袖が破れた不格好な服の一部だと気づくと少し警戒を緩めた。

「今はこんな姿をしているが、俺も好きでこうなったわけじゃないんだ・・。」

 男は寂しそうにそうつぶやいた。急いで走ったせいで顔に巻いていたマフラーはすっかりずり落ち、もうその尖った鼻も鋭い牙もあらわになっていた。

 聖女は狼男をじっと見つめる。そして彼の頬を両手で優しく包み込んだ。これには男の方がうろたえる。

「アンタ、怖くないのか?!」

「心優しいお方。助けていただいたお礼に・・・」

聖女の紫色の瞳が月の光に照らされて、アメジストのように輝く。そしてゆっくりと男に顔を近づける。

「褒美をやろう。」

「えっ?」

 突如、風が強く吹き荒れ、木々がざわめきだす。

 女は男の瞳を覗き込み、その奥にある何かを読み取っているようだ。

「“満月の晩”に“狼男”に“変身する” か━━。フン、この程度の術式、手負いであっても書き換えることなどたやすい。」

 すると女は何やらブツブツと唱えだした。紫色の瞳は妖しく光り、男は目をそらすことができなかった。そして体中の細胞が燃えるように熱くなり、激しい痛みが男を襲う。悲鳴とともに男は女を抱えたまま後ろに倒れこんだ。


 「痛ってぇ・・一体何が起こったんだ?」

 まだズキズキと痛む頭を左手で押さえながら男は上体を起こした。そして、そこであることに気づく。その手には獣の毛も鋭い爪もなくなっていることに。反対の手で自身の頬に触れる。続けて鼻と口も確かめる。どういうことだろうか。まだ満月は空高く昇っているというのに、人間の姿に戻っているではないか。

「嘘だろ?!何で・・?」

「言っただろう。助けてもらった礼だ。

しかし代わりと言ってはなんだが、街まで運んでもらえるかな?まだ傷が痛む。知り合いの医者がいるんだ。」

 男は自分の身に起きた出来事がまだ信じられないといった様子だったが、元の姿に戻れたことがよほど嬉しかったのか、女の頼みを快く引き受けた。

「ああ、もちろんだ!」


 男の名はエドワードといった。右眼に傷がある赤髪の青年だ。鍛えぬかれた身体で、狼男になる前までは軍隊にいたのだという。そのため元の姿に戻っても、女を抱えたまま山道を下ることはそう難しくはなかった。

 山を下り、女に案内された通りに進んだ先には、ひっそりと佇む一軒の家があった。真夜中だというのに女はお構いなしに扉をドンドンと叩く。

「私だ。シルヴィアだ。開けてくれ!」

少しして家の中でバタバタと音がして、ゆっくりと扉が開かれる。黒髪の純朴そうな少女が寝間着姿で現れた。

「急患だと伝えてくれ。」

シルヴィアはそう言って修道服の裾をひらりとめくり、負傷した脚をさらけ出す。それを見た少女は驚いて「先生!先生!」と言って、慌てて部屋の奥へ駆け出した。

どうやら、ここに医者がいるというのは本当らしい。

「もう大丈夫そうだな。」

そのやりとりを見てエドワードは安堵したようにそう言うと、近くにあった椅子に彼女を降ろした。

「じゃあ、俺はもう行くよ。お大事にな。元の姿に戻してくれてありがとな。」

そう言って立ち去ろうとする彼をシルヴィアは呼び止める。

「あら、一体どこへ行くというの?」

「どこって・・、帰るんだよ。折角元の姿に戻れたんだ」

「危ないわよ?だって、もうじき夜が明けてしまうから」

「え?」


ドクンッ!


瞬間、エドワードの身体中の細胞がざわつきだした。狼男に変身する時にも似ていたが、何かが違う。力が増強されるそれとはまったく逆の感覚がした。

落ちていく視界。それまで優に見下ろしていた椅子に腰掛けたシルヴィアを、またたく間に見上げる形になる。

「お前、俺をだましたのか・・?!」

その言葉を最後に彼は意識を失った。

そしてシルヴィアはそんな彼を軽々と抱き上げ、愛おしそうにこう言うのだった。


「こんにちは。私のかわいいワンちゃん」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Werewolf Before⇔After @silver-01

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ