第2章 咲く前の約束
指先が、本に触れた瞬間だった。
風が逆流するように吹き、花畑が一斉に音を立てる。
カルミア「やっぱりダメ!!」
先ほどまでの冷たく、落ち着いた声とは違い、叫び声をあげた。
カルミア「ダメ。ダメ。ダメ」
私「カルミアお願い。この先何があっても私は後悔しない」
カルミア「その震えた手で何を言ってるの?やっぱりこの本は花菜に読ませられない」
気づけば、手は震えていた。
胃の奥がせり上がり、体そのものが、本を拒んでいるようだった。
カルミア「ほら、ここには青いカーネーションもベゴニアもルピナスもあるよ」
まるで、私をここに繋ぎ止めようとしているみたいだ。
『永遠の幸福』『幸福な日々』『いつも幸せ』どれも素敵な花言葉だ。
たしかに、このままカルミアと話す人生もわるくない。
そんなことを思った時、紙は音もなくめくれた。
私の指が、意思とは関係なく、勝手にめくっていた。
次の瞬間、花畑が、静かに溶けはじめた。
その景色は世界が崩壊していくようだった……
気がつくと、見覚えのある場所に立っていた。
?「花菜おはよう」
背後から、私の名前を呼ぶ声がする。
聞き慣れた、柔らかい声。
振り向こうとした。
けれど、体は動かない。
声も出ない。
私はただ、そこに“いる”だけだった。
沢山並べられた机。
窓から差し込む光。
チョークの匂い。
——そうだ、ここは逃げ場のない、教室だ。
?は、私の隣の席に座り、鞄から教科書を取り出していた。
何事もない朝の風景。
なのに、胸の奥が、理由もなく重い。
?「今日さ、放課後ちょっと寄り道しない?」
返事をしようとした。
でも、唇は動かない。
?は気にする様子もなく、続ける。
?「校舎の裏に、綺麗な花が咲いてるの知ってる?
名前は忘れちゃったけど、花言葉がほのかな喜びなんだって」
花言葉。
その言葉を聞いた瞬間、胸がきゅっと締めつけられた。
知っている。
私は、知っているはずなのに。
?「あとで一緒に調べようよ。花菜、こういうの好きでしょ」
笑いながら言うその横顔は、あまりにも穏やかだった。
授業が始まり、時間が流れていく。
?はときどき私の方を見て、些細なことを囁いた。
私は何も答えられないまま、ただ、それを聞いていた。
机に触れる感触がある。
床の冷たさを、足の裏で感じる。
——違う。
これは、記憶じゃない。
私は、見ているだけのはずなのに。
ここに、確かに存在している。
放課後になった。
夕日が沈んでき、教室が少しずつ空いていく。
?は立ち上がり、振り返った。
?「校舎の裏の花を見に行こ。花菜、嫌だったら嫌ってちゃんといってね。」
一拍置いて、?は笑った。
?「やったー。楽しみだね」
その瞬間、視界の端で、何かが白く揺れた。
ほんの一瞬。
花の色が、抜け落ちたように見えた。
次の瞬間、教室は遠ざかり、音が歪む。
——花畑だ。
私は、再びあの世界に戻っていた。
足元に、一輪の白いゼラニウムが咲いている。
本を開く前には、咲いていなかった花。
胸の奥に、嫌な感覚が残った。
理由は、まだ分からない。
ただ一つ、はっきりしていることがあった。
私はもう、この本の続きを読むことから逃げられなかった。
拝啓:過去の私へ 美月 @pluiaki
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