東大志望の受験生なのにピエロンナに好かれまくって困ってます

氷野ニーチェ

第1問 始業式!

 オレの名前は湯川隼樹しゅんき。今日、四月一日から晴れて高校三年生となる。二週間の春休みも一瞬で終わり、今日は朝の九時から始業式だ。


 どうせ始業式するだけなんだし、午後からでいいだろ……。


 そう思いながら下駄箱で眠い目を擦る。久々の早起きで頭の中に靄がかかったみたいだ。二年間の酷使の末ボロボロになった上履きを引っ張り出してきて右足を履いたところで、後ろから聞き馴染みのある声が聞こえてきた。


「隼樹おはよ!!!!!!!!!」

「マジでうるさい」

「おーおー今日もシケた顔してんねー!」


 声の主は夢野ゆら。去年オレと同じクラスだった、とにかく声のデカい女である。声に比例して背も高い。オレと5、6センチくらいしか変わらないんじゃないか? ちなみにオレは171センチ、平均身長だ。頭の高さが近い分、声も至近距離で響いてくる。


「お前のスピーカー、調節ボタンとかついてないの?」

「え? スピーカーって?」

「やっぱいいや」

「いいから早く教室いくぞ!!!!!」


 そう言って夢野はオレの首根っこを掴んでひっぱり出した。


「ほらいーそーげー」

「いや、まだ左足履いてないんだけど…」


 ずかずかと歩いていく夢野になかば引きづられて、オレは上履きの踵を踏んづけたまま歩き出すしかなかった。これじゃあまるで母と子である。いや、子供っぽいのは向こうの方なんだけどな。




 教室に入ると、すでにクラスの半分以上が登校しているようだった。寄せ木張り特有の歩き心地が足の裏をくすぐる。窓は全開で外にラインも引かれていないグラウンドが見えた。新学期の始まりに胸を鳴らしたいところだが、あいにくもうそんなに若くはない。


「えーみんな早くない???」


 前を歩いていた夢野は教室に入るなりそう言ってクラスの中央部へと突進していった。しかしすぐさま異変に気付いたようで、相変わらず素っ頓狂な声を張り上げる。


「あれ? 私の席ここじゃなかったっけ?」

「いや、もうクラス変わってるから…」

「あ!!!!そっか!!!!!!!」


 周りでくすくすと笑い声が聞こえた。こいつの天然っぷりには頭を抱えるが、人とに好かれることにおいて彼女の右に出るヤツはいないだろう。事実、初日から存在感を示しまくっている。


「座席表なら黒板にはってあるよ」


 すぐ近くに立っていた一人の女子がそう夢野に教えてくれた。「あマジか!ありがと!!!!!」という夢野の言葉を心の中で反芻はんすうしながらオレも黒板の方に目をやる。ざっと見た感じ、半分くらいは知っている名前のようだ。ひとまず安心して、今度は詳細に席の並びを確認していく。


「あ!!!!」

「え」


 隣から聞こえてきた耳をつんざくような声に嫌な予感を感じ取りながらも「湯川」の文字を急いで探す。ん? これ、よく見たらただの名前順だな。ってことは…






「隼樹隣じゃん!!!!!」


 『夢野 湯川』の並びが目に入った瞬間、爆発みたいな声が聞こえてきた。


 *


 おはようございます。みなさん、春休みはどのように過ごされたでしょうか。羽目を外して周りの人に迷惑をかけたり、違法なものに手を出したりしていませんか。今日から、また新しい一年が──。


 校長先生のありがたい言葉をメインとする始業式が終わると、教室に戻ってHRホームルームが始まった。


「長かったねえ」

「そうだな」

「なんで午後にやらないんだろうね…」


 夢野が珍しくおさえめな声で話しかけてくる。横を見ると、夢野は眠気でその大きな眼のほとんどが隠れてしまっている。さらにその上から長い髪がふわりと覆い被さって、眠るのに最適なヴェールが出来上がっていた。どうやら校長の効果は抜群のようだ。


「早く帰って寝たいよお〜」


 そう言いながら今にも入眠してしまいそうな彼女を跳ね起こしたのは、勢いよく開く教室の引き戸だった。


「はいみんなこんちわーーー」


 入ってきたのは深い紺色のスーツに身を包んだ三十代前半の男。中背ながらがっしりとした体格がスーツ越しにも伝わってくる。村野。今年の担任である。彼が教壇に上がるなり、教室全体がざわざわとし始めた。とはいってもこの高校は1学年4クラスで、同じ4人の担任団が学年を3年間持ち続ける。すでに教室の中のほとんどの者がこの村野のことは知っていた。彼らがざわめいたのは…


「なんでスーツ着てるんだよ!!」

「ありえないって笑笑笑笑」


 毎日上下黒ジャージの村野が、あまりにも似つかわしくない服装で登場したからである。そのことを知らなくても、彼の顔に残る剃り残した無精髭を見れば服装とのギャップに誰でも笑ってしまうだろう。半分寝ていたはずの夢野もお腹を抱えて大笑いしている。


「いや始業式は正装しないとダメだろ!」

「先生の正装はジャージっすよ!笑笑」


 しばらくは村野も生徒と戯れていたが、はい、と一呼吸を置いてから真面目な話を始めた。


「さて、みんなは今日から受験生になる──」


 村野の話に右耳を傾けながら、オレはまたも夢の世界へと誘われつつある隣の席の女に視線を向けていた。元気溌剌はつらつ高身長女子、天然で人好きで、おまけに顔も整っている。まさに男子の理想のような女子で、実際死ぬほどモテてるらしい。噂によれば、高1の一年間だけで10回以上告白されたとかなんとか。そんなヤツとオレがなぜ話せているのかというと、単に去年、たまたま席がずっと隣で、保健委員が一緒で、生徒会もやっていたというだけだ。要するに運が良かったのだ。とはいえ、オレも一介の男子。あんなに距離を詰めてくる女子のことが、多少なりとも気にならないといえば嘘になる。だがしかし……


「──今配ってるのは、去年の進路希望調査票だ」


 手元に回ってくるプリントに視線を落として、気を引き締める。


【大学:東京大学 学部:理科三類】





 そう。色恋にかまけてる時間など必要ない。オレは東大、それも理三を目指す受験生だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

東大志望の受験生なのにピエロンナに好かれまくって困ってます 氷野ニーチェ @itosute

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ