第13話 朝の光の中で





「眩しい!!」


 またしても朝の光で目を覚ました。

 時計を見るといつもの時間だ。


(太陽は……働き者だな……)


 毎日同じ時間に照らしてくれるおかげで、私はここに来てから一度も寝坊したことがない。

 この時期はあまり雨が降らない。雨が降る時期になったら注意が必要だ。


「……もう、起きよう」


 私はベッドから出て着替えると、顔を洗ったり歯を磨いたりして身支度をして洗濯に向かった。

 洗濯室には二人分の着替え。シーツはすぐに乾くので朝食の後でも問題ない。


(昨日はあれからお風呂に入られたのね……)


 私は洗濯物を持って外に出た。


「いい天気……」


 洗濯をして脱水して、ロープに洗濯物を干し終わった時だった。

 ガサガサと音がして、茂みを見ているとジークが現れた。


「おはようございます」


 あいさつをすると、ジークが私を見た後に洗濯物を見上げた。


「洗濯、もう終わったのか……随分、早起きだな……」


 私はジークを見て尋ねた。


「ジークこそ……早いですね。何をされていたのですか?」


 ジークが少しだけ表情を緩めて答えた。


「アルタクの世話をしていた……」


 アルタクの世話を言われて一瞬考えてすぐに思い浮かんだ。


「え!? ああ、もしかして馬車の……」


 そういえば荷馬車があるということは馬がいるというのに、私は世話をするように言われていない。


「私、何も世話をしていません!! 申し訳ございません」


 ジークは無表情に答えた。


「アルタクの世話はの仕事だ。いつ辞めるともわからない者に委ねることなどできないからな」


 俺たちという言い方で、ジークとハロルド様だということに気付いた。

 そういえば、ハロルド様も朝食の後にふらりといなくなっていた。

 用事があってアトリエに行ったが姿が見えずに、後で聞こうとアトリエを出たことが何度もある。


(ハロルド様、馬の世話をしていたのね……)


 そういえば、ハロルド様にも馬のことは何も言われなかった。


「あの……ジーク。そんなにここは人の入れ変わりが激しいのですか?」


 ジークはあきれたように言った。


「元貴族なのに知らないのか!?」

「は、はい。私は男爵家の二番目の娘なので社交の場に出たことはあまりなくて……」

「そうか、知らないから来たのか……みんなあいつの資産に目を付けて、ご丁寧に使用人付きで、この家に入り込んでくる」

「使用人付き……」


(それってどういう状況!? 押しかけ女房ならぬ、押しかけ令嬢!?)


 令嬢一人では何もできないので、使用人と一緒にこの家に乗り込んでくるということだろうか?

 だとしたら、とても迷惑な話ではないだろうか?

 もしかしてアトリエの絵のモデルになった人は、そういう人たちなのだろうか?


「そういうヤツは大抵、『あいつの絵が好き』だと言って潜り込んでくる。そして、俺を見て逃げ帰るっていう図式だ。だから大抵、ここに居ても3、4日といったところか……」


 優しいハロルド様を見て、ジークを見たら……確かに心が折れるかもしれない。

 逆にジークにいきなり会ったら、貴族令嬢は耐えられないかもしれない。


(大抵滞在するのも3、4日……そういえば、以前に書斎にこもったのも4日だった……もしかして、二人の入れ替わりの周期ってそのくらいなのかな?)


 そんなことを考えていると、ジークが私を見ながら、憐れむような視線を向けて言った。


「だから……『居場所がないからしばらく働かせてほしい』なんて言って使用人も付けずに、単独でここに来た女は恐らく、お前が初めてだ」


 ジークはそう言うと、私をじっと見つめて続けた。


「早く起きているなら都合がいい。今日は町に行く」


 ハロルド様は、食材の買い物以外に出かけることはなかったが、ジークは出かける用事があるようだ。


「はい。いってらっしゃいませ」


 私が返事をすると、ジークが眉をしかめた。


「何を言っている。お前も行くんだ」


 食材はまだもう少しあるが、ジークも買い出しに連れて行ってくれるようだ。

 もしかして、ハロルド様のノートに書いてあったのだろうか?


「はい、ではどんな食材を買うのか足りないものを確認いたします」


 私が答えると、ジークが「ああ……食材も必要だな」と言った。

 食材を買う以外に私を町に連れて行く理由があるのだろうか?

 本気で首を傾けていると、ジークが呆れたように言った。


「……では、すぐに着替えて来い」

「え? 着替える?」


 着替えろと言われて私は驚いて声を上げた。するとジークも驚いた声を上げた。


「まさか、そんなみすぼらしい格好で行くつもりか!?」

「わ、わかりました。着替えます……あの、朝食は召し上がりますか?」


 みすぼらしいと言われて、そういえば昨日もそんなことを言われたことを思い出した。

 そして気になることを確認した。

 昨日のお風呂の件で確認が大事だと学んだのだ。

 ジークは少し考えた後に私を見た。


「用意してあるのか?」

「まだですが、すぐにご用意できます」

「そうか、では持って来い」

「はい」


 ジークはそう言うと、スタスタと歩いて、屋敷の中に入って行った。

 私は急いで洗濯道具を片付けると、食事の支度をするためにキッチンに向かった。

 パンを焼いて、スープと野菜のソテーを作った。

 そしてパンが焼ける間に、昨日の片付けをして足りない食材をチェックしてメモをした。

 

(これでよし!)


 少しキッチン内を掃除すると、パンの焼き上がる時間になった。

 私は焼き上がったパンをお皿に入れて、スープを注いで、野菜のソテーを盛りつけた。

 そしてトレーに食事を載せると、2階に上がった。

 ワゴンの上にトレーを載せて、ノックをした。


「お食事をお持ちいたしました」

「そこに置け」

「はい」


 私はそのまま3階に上がって、ここに来た時に来ていたワンピースを手にした。

 これまでずっと学生だったので基本的には制服で過ごしていた。

 だからあまり服は持っていなかった。

 それに結婚すると、その家のしきたりなどで着る物が変わるので、私はあえて服をあまり作らなかったのだ。

 その後は、実家で引きこもっていたので、服は必要なかった。


(これしかない……)


 これはお茶会などにも対応した服なので町に行くには浮くかもしれないが、仕事の時に来ているヨレヨレの服よりはいいだろう。

 私はワンピースに着替えると、キッチンに戻って自分の食事を始めた。


「ガチャリ」


 扉が開いて、視線を向けるとトレーを持ったジークが入って来た。

 そして眉をひそめて私を見た。


「どうしてそう極端なんだ!! そんな華美な服で町を歩けば、スリや盗人に狙われるだろうが!! 完全に悪目立ちだ!!」


 やはりこのワンピースは華美過ぎたようだ。これは困った。もう、私にはこれを除くと、寝着くらいしか服がない。


「え……と、昨日の夜に着ていた寝着にしますか?」


 私が新たな提案をすると、ジークが眉を寄せた。


「ふざけているのか!? どこの世界に寝着で町に行く者がいるというのだ!?」

「では……その……朝に着ていた服でもよろしいでしょうか?」

「もしかして……それしか服はないのか?」

「ありません」


 ジークは同情の眼差しを向けながら尋ねた。


「一着も?」

「……はい」


 ジークは頭に片手を置いて、大きく息を吐いた。


「はぁ~~もう、それでいい。さっきのみすぼらしい服よりは幾分マシだ」

「え!? こっちの方がいいのですか!? 悪目立ちするのに!?」

「朝一で服屋に行く。とにかく、仕事をするにしても、もっとまともな服を着ろ」

「わかりました」


 ジークはそう言うと、食器を水の桶に漬けてくれた。


(あ、食器……つけてくれるんだ……)


 てっきりこのテーブルの上に置いて出て行くと思ったので、洗い場に片付けてくれたことが意外だった。

 さらに意外だったのは、ジークはキッチンから出て行かずに、ソファに座った。

 もしかして待ってくれているのだろうか?

 私が急いで食べようとすると、ジークが口を開いた。


「急がなくていい。ゆっくり食べろ」


 てっきり「急げ」と言われると思ったので驚いた。


「パン……まだ残っていたのだな……」


 ジークが外を見ながらつぶやいた。


「はい。召し上がりますか?」


 ジークは立ち上がって、私の前の席に座った。


「いただく」


(あ、食べるんだ……)


 なんとなく『必要ない』と言われると思ったので意外だった。

 そしてパンを手に取ると、私に尋ねた。


「前に買い物に行ったのはいつだ?」


 私はすぐに答えた。


「7日ほど前です」


 ジークはパンを見ながら「7日前……」と言った後に、私を見た。


「このパンを買った店はどこだ?」

「このパンは私が作りました」

「なんだと!?」


 ジークがこれまで一番驚いた顔をした。


「お前、貴族の娘だったのだろう? 王都の学院を卒業したばかりではないのか!?」


 私は前世の記憶を取り戻したので作れるが、一般的には令嬢は料理などできない。ましてや、一般の人でも自分でパンを焼ける人は少ない。


「そうですが……料理は勉強しました」


 ジークは私の作ったパンをちぎって、口に入れてゆっくりと味わうように咀嚼して飲み込んだ後に、再びパンを見つめた。


「これほどのパンの作り方を独学で習得した娘と婚約破棄か……本当にニール子爵家は……愚かだな」


 そう言って再びパンを口に入れた。

 なぜだろう、私は泣きそうになってしまった。


「いい味だ」


 ポツリと呟いたジークの言葉に、私はついに涙を流したのだった。




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