第12話 会話の必要性





 私はシーツから普通の服に着替えると、キッチンに向かった。

 大抵の家事は、モデルをする前に終えているが、夕食の支度はまだ。


(とにかく、食事を作ろう)


 私は若干、『現実逃避かもしれない』と思いながらも食事を作った。

 野菜を切り終わり、鍋を木べらでかき混ぜながらふと考えた。

 

(……他にも人格があるのかな? これからどうしよう……ん? どうしよう? どうしようも何も、家事をするのが最優先だよね……)


 もしかしたら、他にも人格があるかもしれないし、ないかもしれない。

 その辺りはよくわからない。

 だが、よく考えてみると私は医師ではない。ここに働きに来ている下働きの人間だ。たとえ雇い主が多重人格者だったとしてもやるべきことは変わらないはずだ。

 ということは、今の私にできることは、美味しい夕食を作ることだけだ。


(うん、とりあえず食事を作ろう)


 ハロルド様に言われた言葉とか、ジークに言われた言葉とか、どうして多重人格者になったのかとか、今考えたところでどうしようもない。

 私はとにかく料理を作ることに集中した。





(出来た!)


 料理が完成したので、私は冷めないように鍋のフタを閉めた。

 

「さぁ……ジークはどこかな……夕食は食べるわよね……」


 そう考えて、私ははっとした。

 以前、ハロルド様から『書斎にいる時は近づくな』と言われたが、もしかしたら私をジークに会わせないためかもしれない。


(書斎しかないわよね……)


「書斎に行ってみよう……」


 私は気合を入れて、二階の書斎に向かった。そして深呼吸をして扉をノックした。


「ジーク、今、よろしいでしょうか?」


 しばらくすると、ガチャリと扉が開いた。

 そして中から出て来たジークが思いっきり眉をしかめた。


「……用件は……って、おい!! なんだ、そのみすぼらしい姿は……」


 私は自分のスカートを手に持った。


「みすぼらしいですか?」


 自分では動きやすい服を着ているに過ぎない。それにハロルド様にもこれまでそんなことを言われたことがない。

 だが、ジークは私を見て心底イヤそうに言った。


「いつもそんな格好をしているのか?」

「……はい」


 私がうなずくと、ジークが「はぁ~~」と大袈裟に溜息をついた。


「そんなみすぼらしい格好をしているから、あいつに『シーツを巻け』など言われるのだ。正直、さっきのシーツを巻いた姿の方がずっとマシだ」

「え……そんなに酷いですか?」


 思わず自分を見ると、ジークが本当にイヤそうに言った。


「ああ、控えめに言っても最悪だ。終わっている。俺でもその姿を見ていたら、シーツを巻けと投げつけるだろうな」


――ガーン!!

 頭の中に何かが落ちてきた感覚になった。


「そ、そんなに?」


 自分では少しくたびれているけど、まだまだ着られると思っていただけにショックが大きかった。

 ジークは片手を頭に当てて大きく息を吐いた。


「はぁ、仕方ないな……ではな……」


 何が仕方ないのかわからないが、ジークが部屋の中に入ろうとした。


「待ってください! 夕食は召し上がりますか?」


 引き留めると、ジークが再び私を見て眉を寄せた。


「……夕食? ああ……あれ……お前が作っていたのか?」

「はい。もしかして、4日前はジークは書斎にいましたか?」

「そうだな……いたな」


 私はずっとワゴンの上に食事を置き続けたにもかかわらず、一口を食べてもらえなかった日々を思い出しながら言った。


「廊下に食事を置いていたのですが……」


 ジークは冷めた目で私を見た。


「……確かに廊下に食事がポツンと置いてあったが、どこの誰が置いたのかわからなかったし、毒が入っているかもしれないからな、手を付けなかった」


(食事に毒……その発想はなかった……でも確かに知らない人からもらったものを食べないって習ったな……)


 貴族ならワゴンの上に置いてあった食事を食べないというのも有り得るかもしれない。

 どうやらジークは『知らない人からもらった物を食べてはいけません』という教えを忠実に守っていたようだ。


「では、今日もいりませんか?」


 ジークは眉を寄せながら言った。


「そんなことは言っていない!! 持ってこい!!」

「え?」


 この流れでは断られると思っていたので驚いた。


「なぜ驚く?」

「あ、いえ。すぐにお持ちいたします。廊下のワゴンに置けばよろしいですか?」

「なぜそうなる……ノックをして、声をかけろ。教えてもらえないと、冷めてしまうだろうが……」

「はい。では、もう食事はできていますので、すぐにご用意します」

「では、持って来い」


 ジークはそう言うと、バタンと扉を閉めた。

 ハロルド様とは一緒に食事をしていたが、本来なら下働きの者と主人が一緒に食べるなんていうのが有り得ない。


「これが普通……よね……」


 ハロルド様の美味しそうな顔を見るのが楽しみだったので、それが見られないのは寂しいと思えた。

 でも、これは仕事だ。

 近くの倉庫からワゴンを出すと、きれいに拭いた。そして1階に行くと、トレーに食事を乗せて2階に上がった。

 ワゴンの上に食事を置くとノックをした。


「ジーク、お食事です」

「そこにおけ」


 短い一言が返って来た。

 まだ料理からは湯気が出ているが、しばらくすると冷たくなってしまう。


「ジーク、冷めますよ」


 再び声をかけたが、反応はない。私は扉に背を向けて書斎から離れた。するとガチャリと扉が開いて、中からジークが出て来た。


(あ……)


 振り向くと、ジークはワゴンを押しながら自分の部屋に入って行った。

 いつもは廊下に置いたまま手も付けられなかったが、今日は部屋の中に持って行ってもらえた。


(食べてくれるといいな……)


 そう思いながら私もキッチンで一人、食事を済ませた。

 自分の分の食器を洗って拭き、食器棚に片付けた。

 テーブルを拭いて、ふと息を吐いた。


「ふぅ、お風呂どうしようかな……」


 掃除は終わっている。

 ハロルド様なら、食事を終えるとすぐに入っているが、ジークは入っている様子はない。

 私はいつものように、3階に寝着を取りに行った。

 そして帰りに書斎の前を見たが、ワゴンはなかった。


(まだ食べていらっしゃるのかな?)


 私は声をかけることはせずに、お風呂に向かった。

 そして、身体を洗って湯舟の中で両手と両足を思いっきり伸ばした。

 今日のお湯も身体を包み込むようで、身体の表面だけではなく中から癒やされる。


「ん~~気持ちいい……」


 そんな時だ。

 ガラリとお風呂の扉が開いた。そして、服を脱いだジークが私を見て目を大きく開けていた。


「え?」


 思わず声を上げると、ジークは平然とした様子で「入っていたのか」と言ってお風呂を出ていった。

 私は浴槽内の段のようになっているところに座っていたので、上半身は見えていた……


「えええ!?」


 急いでお風呂の中に浸かって胸を両手で隠したが、今更もう遅い。

 すでにジークはいない。

 

(うう……3階に服を取りに行った時……確認すればよかった……)


 私は自分の行いを心から反省した。

 そして、のぼせてきたのでお風呂を出ると脱衣所にはジークはいなかった。

 

(さすがにいないか……)


 私は急いで服を着て、髪を乾かすと2階の書斎の前に立った。

 そして何度か深呼吸して扉をノックした。

 するとしばらくして、中からジークが出て来た。

 ジークは無表情で何を考えているか、読めない。


「あの……先ほどは……」


 いたたまれなくて、声をかけたが言葉が続かなかった。

 

(どうしよう、何を言えばいいんだろう)


 頭の中で混乱状態に陥っていると、ジークの静かな声が聞こえた。


「あいつと……普段から一緒に……入っていた……のか?」


 私は顔を上げて大きな声で答えた。


「いいえ!! 誓って、一人で入っていました」


 ジークは私を睨みながら言った。


「一緒に入っているわけではないなら、鍵をかけろ!! 愚か者め!!」

「はい!!」


 ジークはそう言うと、バタンと扉を閉めた。


(鍵……お風呂に鍵があったのね……)


 私はこれまでお風呂に鍵があることも知らなかった。

 そのくらい安心して暮らしていた。

 だが、確かにジークの言う通りだ。

 私はとぼとぼと廊下を歩いていると、ガチャンと扉が開いて、カラカラと音がした。

 振り向くと、ジークがワゴンを持って廊下に出た。

 そして、着替えを持って早足で私の横を通り過ぎながら言った。


「旨かった」

「え?」


 私はジークの背中をじっと見つめた。

 そして階段を下りて姿の見えなくなった彼を見送って、ワゴンに近づくと、どれもきれいになくなっていた。


「ふふふ、食べてくれたんだ……」


 私はトレーを持ってキッチンに行くと、水を張った桶に食器を漬けた。

 もうお風呂に入ったので、食器は明日洗おう。



 そして、3階の部屋に戻るとベッドに入ってなんとなく『裏切り』という小説に手を伸ばした。

 なぜだろう、よくわからないが、この本を手に取っていた。


「ずっと読んでいなかったな……」


 私は再び本をベッドサイドのテーブルの上に置いて目を閉じた。


(明日は……客間の掃除をして……そろそろ食材もなくなってきてるからジークに聞いて……)


 明日のことを考えているうちに私はいつの間にか眠ってしまっていたのだった。


 

 


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