第14話 町へ





「はぁ、町に出るのも憂鬱なのに……道化師になった気分だ……」


 町に入った途端、ジークが手綱を持ちながら深い深いため息をつきながら言った。

 彼のため息の原因は確実に私だ。正確に言うと、私の服だ。

 案の定、私の貴族感満載の煌びやかな姿はとても注目を集めていた。

 ちなみに貴族のお茶会に行くとこれでも地味な方だが、町の中ではかなり目立つ。


「お貴族様が荷馬車に!?」

「何かあったのか?」

 

 町の人たちも私の姿を見て困惑していた。


(服装だけでこんなに変わるのね……いつも買い物に来ているのに……)


 普段はヨレヨレの服を着て買い物に来ているので平和だ。だから、まさかこんなにもいつもと違った反応をされるとは思わなかった。

 そして荷馬車は、町に入ってすぐの初めて停まる場所で停まった。

 私は何の店なのか看板を見上げた。


《配達》


(配達……郵便でも出すのかな?)


 ここはどうやら、手紙や荷物を届けてくれる場所のようだ。

 ジークは大きな鞄を持って荷馬車から降りたので、私も彼の後をついて行った。

 カランコロンとドアに付けられた鐘が鳴って、奥から背の高い男性が出て来た。そしてジークを見ると、嬉しそうに笑った。

 

「いらっしゃい、ひさしぶりですね。ずっとお見えにならないので心配しました」

「ああ、すまないな」

「いえ、今、お持ちしますね」


 そして彼はごそごそと手紙の束をジークに差し出した。


(こんなに手紙が来ていたんだ……)


「ああ、いつも助かっている。今回はこれを頼む」


 ジークは大きな鞄からたくさんの手紙と、本二冊分くらいの大きさの小包を取り出した。


「はい。確認します」


 店主が一枚一枚行先を確認して、印を押した。


「670ピリオンです」


 料金を告げられて、ジークが財布からお金を取り出した。

 店主が金額を確認すると小銭をジークに差し出した。


「おつりです。ところで今回、ニール子爵領への手紙がありませんでしたが、よろしいんですかい?」


 ジークはおつりを「取っておけ」というと財布を鞄に入れた。そして店主を見て無表情に言った。


「今後はあの領に送ることはないだろう」


 店主は一瞬黙った後に、ニヤリと笑った。


「……さすが、お耳が早いですね」


 ジークは「まぁな」と答えると店主を見た。


「では頼んだ」

「はい」


 ジークが外に出たので、私も急いで外に出た。彼は受け取った手紙を素早く確認すると、鞄に入れた。


「手紙……届けてもらわないのですか?」


 通常、貴族の屋敷には手紙を届けてもらえることが多い。

 でも、ジークは自らの手で受け取っていたので不思議だったのだ。

 ジークは手綱を手に持ちながら答えてくれた。


「ああ。あいつがきまぐれに手紙を確認して、予期せぬことをされても困るからな。俺が確実に受け取るようにしている」

 

 あいつとはつまりハロルド様のことだろう。

 きまぐれに何かをするという言い方に、過去に何かあったのだろうということが容易に想像できた。

 馬車をゆっくり走らせながらジークが呟くように言った。


「お前の家からの手紙は、直接早馬が届けたのだろうな。俺の手には届かなかった。全く、あいつ報告を怠りやがって……何も知らない俺の時にお前が来ていたら、追い返していたな、確実に……」


(ハロルド様の時に来てよかった!! 追い返されたら家に戻れないところだった……)


 私はここに来た瞬間、御者に置いていかれたし、路銀もそれほど持っていなかった。

 もしも追い返されていたら、路頭に迷っていただろう。

 追い出されなかったことにほっとしていると、ジークが前を見たまま言った。


「次はお前の服だ。もうすぐ着く」

「はい」


 正直に言って、この服で朝市に行くのは遠慮したい。町の外れでさえこの目立ちようなのだ。

 朝市になんて言ったら、悪目立ちどころの話ではなく他の買い物客の迷惑だ。

 そして私は、ジークに一般の人というよりも、貴族や裕福な商人が出入りするような服屋に連れて行かれた。


(ここも高そうだけど……)


 ジークは店に入ると、恰幅のいい男性に声をかけた。


「店主。この女に、家の中で働いてもおかしくない服を出してくれ」

「はい、かしこまりました」


 私は、「こちらへどうぞ」と奥に案内されて、丁寧な扱いを受けた。


(あ、私がこの服を着ていたからか……)


 きっと、朝着ていたような服ならぞんざいな扱いを受けたかもしれないが、この服のおかげでこれほど丁寧に接してくれるのだろうと思った。


「汚れが目立たないように、こちらの色はいかがでしょうか?」


 持って来てくれたのは、真っ黒なメイド服といった服だった。


「お願いします」

「かしこまりました。ただいまお嬢様のサイズにあった物をお持ちいたします」


 まさか、こちらの世界でメイド服を着ることになるとは思わなかった。

 そして持って来てもらった服に着替えた。


(可愛い、そして着心地最高!!)


 もしかして、メイド服とはかなり高価な服なのだろうか?

 動きやすく、軽く、デザインもいいし、着心地もいい。

 正直にいってさっきまで着ていた服の何倍も心地よい。


「いかがでしょうか?」

「ぴったりです。これをお願いします。もうこのまま着てもよろしいですか?」

「かしこまりました」


 私はこの服で、ジークの待つ場所に向かった。

 ジークは私を見ると、目を細めた。きっと悪くないのだろう。

 そして私から視線を逸らすと、店主を見た。


「店主、あれを、5、6着用意してくれ」

「え!? そんなに!?」


 てっきりこれだけだと思っていたので驚いてしまった。すると店主が慌てて声を上げた。


「申し訳ございません。現在用意できるのは、現在お嬢様が着ていらっしゃる分を含めて2着になります」

「仕方ないな……では、2着でかまわない」


 店主はほっとしたように言った。


「はい」


 私はジークに近づき、小声で尋ねた。


「あの……2着も買っていただいてよろしいのですか?」


 するとジークが不機嫌そうに答えてくれた。


「替えがなければ、あのみすぼらしい姿で屋敷内をうろうろするのだろう? それは許せん。その姿なら幾分マシだ。あいつにも、もうシーツを巻けとは言われないはずだ」


(シーツを巻いて欲しいって、私の服がダメだったせい!?)


 ショックを受けながら、ヨロヨロとしていたがジークは特に気にした様子もなく、店主と話をしていたと思ったら、お店の方が荷馬車に服の入った箱と、私の着ていたワンピースを入れた箱を運んでくれた。

 そして二人で馬車に乗り込むと、さっきまでの視線がなくなった。


「これでようやく、ゆっくり買い物ができるな」

「そうですね……」


 その後私は、ジークと一緒に食材を買った。

 全ての買い物を済ませて「終わりました」と報告すると、ジークが驚いたように言った。

 

「もう終わりか?」

「……はい」

「女の買い物は長いと覚悟していたが……まぁ、いい。戻るぞ」


 それから二人で荷馬車に乗り、ジークが馬車を走らせた。

 馬車を走らせながらジークが口を開いた。


「……ところで、今日の昼食は何だ?」


 私はジークに尋ねた。


「そうですね。パンとパスタどっちがいいですか?」

「パスタだと!? 作れるのか!?」


 反応がハロルド様と同じで少しおかしくて微笑みながら答えた。


「はい。作れますよ」

「そんなのパスタに決まっているだろう!!」

「決まっているのですね……」


 どうやら、パスタに決まっているらしい。

 私は笑顔で答えた。


「では、帰ったらパスタを作りますね」

「ああ」


 ジークは少しだけ機嫌が良さそうだった。

 もしもパスタを楽しみにしてくれているとしたら、嬉しいな、と思ったのだった。





 屋敷に着くと、ジークもキッチンのすぐ裏に荷馬車を付けてくれて荷物を下ろした。


「アルタクを小屋で休ませる」


 ジークはそう言うと、キッチンの裏から出て行った。

 私は買った物をしまうと、ソファに置いた服を見た。


(3階に持って行きたいけど、先にパスタの生地をつくってねかせよう)


 私は先にパスタの生地を作った。

 そして、生地を寝かせて箱を積み上げて持ち上げた。前が見えないが歩けないこともない。

 ヨロヨロと歩いていると、エントランスでばったりとジークに会った。

 ジークは呆れ顔で私に近づくと、「貸せ」と言って箱を全部持ってくれた。


「ありがとうございます」


 そして階段を上ると、西の方に進もうとした。


「ジーク、待って下さい」

「何だ? 部屋に運ぶのではないのか?」


 ジークは不思議そうな顔をした。


「私の部屋はそっちではありません」


 ジークが不思議そうに首をかたむけた。


「何を言っている。客間はこっちだろ?」


 私は階段を上がってすぐの扉を指差した。


「私の部屋はこっちです」


 その瞬間、ジークが箱を床に落とした。


「あ……」


 私が近づくと、ジークが青い顔で私を見た。


「なんだと!? あの部屋にいるだと!?」

「はい……」


 うなずくと、ジークが焦った様子で声を上げた。


「あんな場所に居てはダメだ。あの部屋には近づくな!! いいから、すぐに荷物をまとめて、部屋を移動しろ!!」

「え!?」


 ジークのあまりの慌てぶりに私の方がオロオロしていた。

 そしてジークが私から離れて、3階への扉に足を向けた時だった。

 ガクリとジークが膝をついた。


「どうされたのですか?」


 私が近づくと、ジークが口を開いた。


「アリシアさん……」

「え?」


 名前を呼ばれて、私は固まってしまった。

 ジークはいつも『お前』と呼ぶ。名前を呼んだことなどない。

 心臓の鼓動が早くなる。

 そして、背中に冷たい汗が流れて、私は恐る恐る尋ねた。


「もしかして……ハロルド様……ですか?」


 私が問いかけると、彼は切なそうな顔をした。


「その言い方……会ってしまったのですね……ジークに……」


 間違いない。

 この人は――ハロルド様だ……


 私は彼を見つめて、うなずいたのだった。




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