寄生世界と3人の特殊部隊 〜エリートお姉さんと、アンドロイドとエイリアン〜

わしまる

第1話 召集

 ビルや山の残骸、木々や抉れた大地が、まるで海の中を泳いでいる魚のように、空中に浮いている。

 重力の概念そのものが壊れかけている世界の中には、血脈のような、何かの生き物の巣がそこら中にある。


 ミラ・レイヴンは、その光景を見ても眉一つ動かさない。前哨基地の屋上で、錆びれた手すりにもたれながら、タバコの火を指先で弾く。


「……また汚染が広がってやがる」


 そう言いながら彼女が吐き出した煙は、紫色の空に溶けていった。


 人類がまともに暮らせる範囲は、今じゃ地上の二割しか残っていない。残りの8割は、彼女がみている今の景色のように、物理学的な原理が崩壊した世界になっている。

 その境界線のすぐそば――汚染で歪んだ風景が見えるこの場所が、ミラの“左遷先”だった。


「こんなクソ辺境だとはな」


 と、ブツブツ文句を言っていた時だ。

 彼女が立っている場所の後方にある古びたエレベーターが、軋む音を立てながらその扉を開く。


 出てきたのは、やけに清潔なスーツを着た軍の男。彼は6人ほどの護衛と、銃器を搭載したドローンをつけている。ミラは、スーツ姿ってだけで、男を激しく警戒した。

 男は張り付けたかのような笑みを浮かべている。


「失礼。あなたがミラ・レイヴン曹長で間違いないですね。訓練兵をボコボコにしたとかなんだとか……」


「“元”曹長だよ。殴り飛ばした新兵のことでこんな所に来たの?」


「違いますよ。まあ、軍の中じゃもう有名な話ですがね」


 スーツの男は苦笑しながら、ミラの近くまで歩いてくる。

 だが、その後ろに浮いていた護衛ドローンが、突然ビリッとノイズを走らせた。


 ――ピピッ……ギギギ。


「おい、なんだ?」


 ドローンの腹部の隙間から、黒い粘液がじわりと滲み出す。

 次の瞬間、金属板が内側から破裂し、細い触手のようなものが飛び出した。触手は全体的にヌメっとしていて、黒い光沢を帯びている。


「汚染反応!? ヴェスティア幼体だ、下がれ!」


 護衛兵が叫ぶより早く、ミラは腰に携えてある剣を引き抜く。これは普通の鉄で作られた武器ではない。

 カッターのような刀身は、紫色に輝いていて、パチパチと電流のような音が響いている。


 触手は勢いよく伸びて、スーツを着た男の首に掴みかかろうとする。しかし、その場に居合わせた護衛兵たちは、銃を構える動作を止める。

 なぜなら、触手が苦しそうに動きを止めたからである。動きを止めてるのは、他でもないミラの力だった。


「これが“超能力者”か。さすがたな」


 ミラは触手に向かって手を伸ばしていて、空中を握るような動作をしている。そして相手の動きが止まっている間、彼女はゆっくりと近づく。

 右手に持っている剣で触手を切り裂くと、割れた風船のようにしぼんでいった。


「間抜けが……ちゃんとメンテナンスくらいしろ」


 ミラはスーツの男と、その取り巻きに悪態をつく。触手が寄生していたドローンは、中央にあるライトが点滅して、終いには一切動かなくなる。


「出会い頭に戦わせてしまい申し訳ございません。あとでキッチリと技術部の方にクレームを入れておきますので」


「で、何の用?」


 ミラは、ポケットからタバコを取り出してまた吸い始める。

 対して、スーツの男は胸ポケットから軍の認可証を取り出す。そこには、ミラも知っている名前があった。


「特務隊管理官、ハルド・シェルバーです。あなたに新しい任務を依頼したい」


「へぇ。除隊された私を、ね。理由は?」


 ハルドは、ミラの前で堂々と告げた。


「腕っぷしの強いベテランが必要なんです。うちには今、“問題児”が二人いまして。あなたの新しい仲間ですよ」


「問題児?」


「言葉の綾というやつですよ。一人は、優秀すぎるアンドロイド。もう一人は……“ヴェスティア”の遺伝子を組み込んだ少女。歳は12ですね」


 ミラは思わず眉をひそめて、ハルドの胸ぐらを掴む。


「お前、そんなくだらない実験してんのか?」


 ハルドは笑みを崩さない。だが、その額からは汗が数滴流れ落ちていた。彼は銃を構える護衛兵をハンドサインで制止させる。


「いえ、私ではないです。ヴェスティア専門の研究チームがやたらと喜んでましてね。軍事利用するために私のところで育てて欲しいと押し付けられたのですよ」


 ミラは胸ぐらから手を離して、深くため息を吐く。


「で、ガキの子守りを私にやれと?」


「有能な子達ですから安心してください。会えばわかります。そして、召集した理由はもう一つある。

 《第六汚染区》で、第十三、十七小隊が遭難しました。彼らを助けに行って欲しいのです」


 遠くの空で、またビルの欠片が軋む音を立てて浮遊する。


 世界は壊れ続けている。

 人間は、それでも戦わなくちゃいけない。


 ミラはタバコを足元に落として、靴の裏で潰す。


「……で、今から行くのか? シェルバーさん」


 ハルドは静かに微笑んだ。


「ヘリで来ましたので。懐かしき故郷——第零防衛圏へ戻りましょうか」


 ミラは大きく息を吐き、背中を伸ばす。


「りょーかい」


 ミラは、ハルド達と共に前哨基地のヘリポートへと移動する。

 ここは旧・群馬県の赤城山山間部に位置している場所である。規模は小さいものの、ちょうど汚染区域との境界線にあるような危険な場所だ。


 ヘリポートに到着したミラ一行は、軍用のヘリに乗り込み、第零防衛圏へと向かう。およそ数百キロ離れた、旧・東京の湾岸に連なる要塞のような都市である。


 ローターの振動が、頭蓋骨まで響いてくる。

 錆びついた前哨基地を離れたヘリは、汚染空気を切り裂きながら上昇した。

 ミラは、座席に深く腰を沈めたまま、窓の外を見下ろす。

 黒紫色の霧が風に流れ、地面はひび割れている。ミラの隣に座っているハルドは、窓からの景色を眺めながらハキハキとした声で尋ねる。


「久々に見る空からの景色はいかがです?」


「別に、なんとも思わない」


 ぼそっと呟く。

 しばらくの沈黙の後、ハルドはまた次の話題へと移る。


「あなたは、特務部隊として復帰します。給料も跳ね上がりますし、そう考えれば除隊されたのは不幸中の幸いだと思いませんか?」


 ミラはハルドをジロッと睨む。


「冗談ですよ」


 またもや沈黙が流れると、ミラは窓の外へ視線を戻した。

 ヘリが紫色の雲を抜けた瞬間、景色が一変する。


 半透明の、膜のようなバリアを突き抜けると、そこには巨大な都市が広がっている。

 そこが、第零防衛圏だ。旧・東京都を中心に広がる、日本で最後の巨大防衛都市。外の腐った世界と違い、ドーム内部の空はまるで別惑星のように澄んでいた。


「……ほんっと、金のかかった場所だな」


 ミラは眉をしかめる。


 地上の八割が汚染されているというのに、ここだけは清潔で、整然としていて、空まで青い。防衛圏を覆うバリアが、内側から見た外の景色を綺麗に見せているというのが、真実である。

 都市の並び方は、旧時代では考えられないほど異質で、円形の防壁に囲まれたドーム状の都市が乱立している。

 防衛圏を覆うバリアの中で、さらに都市の周りに防壁を建てていることで、ここに暮らす人間を必ず守り抜くという意志のこもった設計になっている。


 視界に入る高層ビル群の間を、貨物ドローンが規則正しく飛び交う。

 地表では、企業ロゴが貼られた、戦車のような輸送車が列をなしている。


「相変わらずごちゃごちゃしてるな」


「そりゃあ、人類が生き残るために金を注ぎ込んでますからね。大企業の皆様には頭が上がりません」


「まあね。そういえばさ、もしかしたらそのアンドロイドの子と半エイリアンの子は色んな企業が共同で作ったものなの?」


「そうですねぇ。ま、詳しいことはあまり言えませんのでご容赦ください」


 そんな会話をしているうちに、窓の外で、ヘリが都市中央の軍用タワーへ向けて降下を始める。


 ミラは小さく息をついた。


(左遷されてから一週間。今さら本部に戻るなんて思いもしなかった。ただ、こいつ――ハルドの言葉が頭から離れない)


『あなたの“新しい仲間”ですよ』


(仲間、ね……。私には向いてねぇよ)


 そう思った瞬間、都市の中心部が視界いっぱいに広がった。


 鋼鉄とガラスで組み上げられた、巨大な軍事本部。その周囲には無数の防衛タワーと、ドローン用の滑走路がある。

 防衛タワーには、もしもの時のために、電磁レーザーを照射するための砲台がいくつも取り付けられている。


 ヘリが着陸態勢に入り、ミラはシートベルトを締め直した。


「お帰りなさい、第零防衛圏」


 ハルドの声に、ミラは肩をすくめる。


「……ただいま」


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