第24話:峠の剣鬼、あるいは錆びない殺意

聖域を離れ、帝都へと続く険しい峠道。 冷たい風が吹き荒れる中、テツが鼻をひくつかせた。


「……ジン。すごい匂いがする」


「ああ? また腹が減ったのか?」


「ううん、違うの。……すっごく研ぎ澄まされた、鋭い鉄の味。美味しそうだけど……喉が切れそうな匂い」


テツの警告と同時だった。


キィンッ!


甲高い金属音と共に、迅(ジン)の目の前の空間が裂けた。 不可視の斬撃。 迅が咄嗟(とっさ)に刀を抜き、防御していなければ、首が飛んでいた一撃だ。


「……ほう」


迅はニヤリと笑い、痺(しび)れる腕を振った。


「いい太刀筋だ。野盗じゃねえな」


岩陰から、一人の男がゆらりと現れた。 いや、それは男の形をした「凶器」だった。 皮膚の代わりに鋼鉄の刃が重なり合い、両手は指の代わりに鋭利な刀身になっている。


『……我が刃(やいば)を防いだか。半人半鬼(ハーフ)ごときが』


金属が擦れるような声。 緋桜(ヒザクラ)が放った刺客、「剣鬼(けんき)・斬鉄(ザンテツ)」だ。


「挨拶なしかよ。……緋桜の差し金か?」


『あのお方は言った。「退屈しのぎに、切れ味のいい包丁を送ってあげる」と』


斬鉄が両腕の刃を擦り合わせ、火花を散らす。


『光栄に思え。貴様は我が刃の錆(さび)となり、あのお方の愉悦となるのだ』


「包丁だと?」


迅の目つきが変わる。 殺気というより、もっと冷たく、ドロドロとした感情が渦巻く。


「あの女……俺を料理人気取りで待ってやがるのか」


迅は足元の岩を強く踏みしめた。 地面が蜘蛛の巣状にひび割れる。


「上等だ。……その包丁、へし折って逆にあいつの喉に突き立ててやる」


「ジン、私もやる!」


テツが前に出る。 彼女にとって、目の前の敵は「最高級の食材」に見えているらしい。ヨダレが垂れている。


『鉄喰いか。……貴様の歯で、我が神速の刃が捕らえられるかな?』


ザンッ! 斬鉄の姿が消えた。 目にも止まらぬ高速移動。


「来るぞテツ! 食い散らかせ!」 「いただきまーす!」


峠道で、火花と斬撃の嵐が巻き起こる。 帝都への旅路は、初っ端から血なまぐさいフルスロットルで始まった。


(続く)

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