第25話:神速を噛み砕く

『遅い、遅いぞ! 止まって見えるわ!』


斬鉄(ザンテツ)の刃が、嵐のように迅(ジン)を襲う。 目に見えない斬撃。 迅の着物が切り裂かれ、皮膚に薄い血筋が走る。


「……チッ、ちょこまかと」


迅は舌打ちした。 速さだけなら、確かに今まで戦った鬼の中で最速だ。 だが、それだけだ。


「テツ! 左だ!」


「あいよっ!」


迅の指示に、テツが反応する。 彼女は敵を見るのではない。迅の視線を信じて、何もない空間に大口を開けて飛び込んだ。


ガキンッ!!


テツの歯が、空気を切り裂いて現れた斬鉄の「腕(刀)」を捉えた。


『な、に……!?』


斬鉄が驚愕する。 この小娘、我が神速の太刀筋を「予測」したのか? いや、違う。迅が斬鉄の動きを完全に見切り、その「未来位置」にテツを誘導したのだ。


「い、いただきまーす……ッ!!」


テツの顎(あご)に凄まじい力が籠もる。 彼女の歯は、古龍の心臓と青銅の鏡を喰らい、ダイヤモンド並みの硬度になっている。


バキィィィィンッ!!


硬質な破砕音が峠に響く。 名刀と謳(うた)われた斬鉄の右腕が、半ばから噛み砕かれた。


『グオオオオオッ!? 馬鹿な、我が刃が……!』


「ご馳走(ちそう)には早ぇぞ」


隙が出来た斬鉄の懐に、迅が滑り込む。


「テメェの自慢は速さだけか? なら――」


迅は刀を振るわない。 代わりに、斬鉄の胸元を素手で鷲掴みにした。


「捕まえちまえば、ただのナマクラだ」


ドゴォォォォォン!!


迅の頭突き。 単純にして最大の物理攻撃が、斬鉄の顔面(刃の集合体)を粉砕した。 金属が歪み、火花が散る。


『ガ、ハ……ッ……貴様……!』


「緋桜に伝えろ。『包丁はへし折った。次はテメェの首を皿に載せて待ってろ』とな」


迅はグラつく斬鉄の腹を蹴り飛ばした。 吹っ飛んだ剣鬼は、崖下へと真っ逆さまに落ちていく。


「あーあ、落ちちゃった。……腕一本じゃお腹いっぱいにならないよぉ」


テツが残念そうに、口の中に残った刃の破片をガリガリと噛み砕く。


「贅沢言うな。帝都に行けば、もっと上等な鉄が山ほどある」


迅は懐から手ぬぐいを取り出し、腕のかすり傷を拭った。 峠の向こう。 雲の隙間から、巨大な都市のシルエットが見え始めていた。


何重もの城壁に囲まれ、中央には天を衝(つ)くような巨城がそびえ立つ。 あれが「帝都」。 緋桜が待つ、最後の処刑台だ。


「行くぞ。……楽しみだな、おい」


迅はニヤリと笑う。 その瞳は、眼下に広がる大都市を、すでに「戦場」として捉えていた。


(続く)

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