19話 黒き翁、夜を統べる者

黒蓮会本部――

 深い闇に閉ざされた玉座の間では、

 無数の蝋燭の炎がゆらゆらと歪んでいた。


 その中心に座る男、

 **蓮条 黒翁(れんじょう こくおう)**は、静かに目を閉じたまま

 報告を聞いていた。


「……〈朱の追跡者〉と〈黒蓮の刃〉、敗北、と」


 低く囁く声は、

 恐ろしいほど“感情”を欠いている。


 跪く部下は全身を震わせ、

 目を合わせることすら許されない。


「で、ですが……!

 相手は紫苑家の娘、紫苑 葎……!

 そして例の執事とメイドが――」


 言葉の途中で、

 炎が一斉に揺れた。


「言い訳は要らん」


 黒翁の声が落ちた瞬間、

 部下の息が止まった。


「葎……あの娘だけは、生かしてはおけぬ」


 黒翁の瞳がゆっくりと開く。

 冷たい金属のように光るその目は、怒りよりも――


 執念 そのものだった。


「紫苑家の“呪い”を断つために。

 母親のように――消してやる」


◆◆ 紫苑家の屋敷――


 戦いの終わった庭には、

 朱鷺と羅刹の倒れた影が遠く横たわっている。


 葎は、震える体をなんとか立たせていた。


「柚葉、御影……大丈夫……?」


「私は……なんとか……」

 柚葉は肩で息をしながら答える。


 御影は、地に膝をついたまま空を見上げた。


「……来るぞ。今度は、“あの男”が」


「黒翁……」


 名前を聞いた瞬間、

 葎の胸がきゅう、と締めつけられた。


 理由も分からないまま、

 ただ強烈な不安が体を走った。


 そのとき——


◆◆ 闇の中から声がした


「――あぁ、よくも生き延びたものだ」


 三人が振り向くと、

 屋敷の門の上、黒い着物をまとった男が立っていた。


 銀の髪。

 異様なほど静かな佇まい。

 その瞳は光を拒むように深く沈んでいる。


「黒翁……!」


 御影が歯を食いしばった。


 黒翁は、葎を真っ直ぐに見つめる。

 そこに憐れみも憎しみもない。


 ただ殺意だけ。


「母に似ている。

 ……あのときの“目”とそっくりだ」


「……母を、知っているの?」


 葎の声が震えた。

 黒翁はゆっくりとうなずく。


◆◆ 語られる“母の死”の真実


「お前の母――紫苑 静流(しずる)は、

 黒蓮会を裏切った女だ」


「裏切った……?」


「いや、正確には……

 我々が紫苑家に封じていた“情報”を奪い逃げた。

 お前を身ごもったままな」


 葎の心が大きく揺れる。


 柚葉も御影も、その言葉に表情を変えた。


「そのせいで部下が数十人死んだ。

 我々の計画は大きく狂った」


 黒翁は淡々と語る。


「静流は、最期に言い残した。

 『娘だけは、絶対に渡さない』と」


 葎の胸が、激しく疼く。


「――だから私は、お前を殺す」


 黒翁は微笑さえ浮かべていた。


「紫苑の血筋がある限り、

 我々の計画は完成しない。

 娘……お前は存在そのものが邪魔なのだ」


◆◆ 葎の覚悟


 葎は拳をぎゅっと握った。

 膝が震えている。

 だけど、後ろには柚葉と御影がいる。


「……母は、私を守ったんだよね」


「そうだ。だから殺す」


 黒翁が足を一歩、踏み出した瞬間——


 葎の瞳が光る。


「……なら私も、

 “守るために”戦う」


 夜風を切るその声は、

 母の遺した意志と重なっていた。

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