第14話 言葉にする勇気
祭りの前日。
ノースフィアの町には、早くもお祝いの雰囲気が広がっていた。
家々の軒先には、星の形を模した飾りが揺れ、商店の前には屋台の準備が進められている。
青や白の布が風に踊り、子どもたちの笑い声が通りを走り抜けていく。
リアはひとり、買い物のついでに町の様子を眺めていた。
「……きれい」
風に揺れる飾りに、指先を伸ばしかけたそのとき。
「……ほら、あの子よ。あの銀色の髪の……」
「あら、やだ。最近、よく見かけるわねぇ」
誰かの声が、遠くで響く。
小さな、小さな声のはずなのに、ひどく、大きく聞こえた。
リアは一瞬、足を止めたが、そのまま、顔を上げて歩き出した。
町の音、匂い、色。
そのすべてを、しっかりと受け止めながら。
大丈夫、そう小さく言葉を落として。
それは、マリナが信じてくれたこと、
イファやカイと過ごした時間が、
少しずつ教えてくれたことだった。
──と、小さな泣き声が耳に入った。
「うぅ……ぐす……」
広場の片隅、転んで膝を擦りむいてしまった男の子が、地面に座り込んでいた。
手にしていた星型の飾りも、壊れてしまっている。
リアは近づいて、しゃがみ込んだ。
「……大丈夫?」
男の子は、泣きながらも、ちらりとリアを見上げた。
そして、声を上げて泣き出した。
大粒の涙が地面に跡をつくる。
リアはそっと、自分のハンカチを取り出して、男の子の手に包ませた。
そして、男の子にも自分にも言い聞かせるように言う。
「大丈夫。」
その言葉で、男の子はゆっくりと顔をあげる。
「……なおる?」
「……えっと……傷は、少し時間がかかると思います。……でも……」
リアの目線は、男の子が握りしめている飾りへ。
「……これは、きっと、直ると思います。」
男の子は目を輝かせて、小さく頷く。
袖でごしごしと顔をふいた。
「おねがい……」
差し出されたそれは、部品が外れてしまっていただけだったので、すぐに直すことができた。
「……これで、直ったと、思います。」
リアから星の飾りを受け取った少年は、みるみるうちに笑顔になった。
「すごいねぇ!」
男の子は、リアの手をぎゅっと握って、言った。
「ありがとう! おねえちゃん!」
リアは、その一言を、ゆっくり噛みしめる。
小さな手から伝わる、まっすぐな言葉の重み。
自分の“してあげたこと”が、ちゃんと届いたこと。
それを証明するようなリアに向けた“ありがとう”だった。
──誰かの役に立てたんだ
「……どう、いたしまして」
夜が深まるとともに、部屋はしんと静まり返る。
冷たい空気の中、リアは、机の前に座っていた。
目の前には、白い便箋と封筒。
約束どおり、手紙を書こう。
そう決めてから、何度も書いては、破り捨てた。
ペンの先が空を泳ぐ。
──大切な人に、伝えたいこと
“ありがとう”
“あなたと出会えて、よかった”
最初に浮かんだ言葉は、やさしくてあたたかい。
でも、それだけじゃ足りない気がした。
どの言葉が正しいのか。
なぜ、ありがとうと思ったのか。
どうしたら、彼にちゃんと届くのか。
深く、息を吐いて。
また、ペンを置いた。
──昼間、あの子に言われた“ありがとう”
まっすぐ、だった。
「……ありがとう」
小さな声で、真似してみる。
「ありがとう」
今度は、さっきよりも少しだけ強く。
悩んで、考えて、そっと胸に手をあてた。
思い出すのは、昨日のイファの姿。
人に囲まれて、頼られて、忙しそうなのに、誰よりもまっすぐで、誰よりも誰かのことを思っていた。
そしてリアは、再びペンを握り、ゆっくりと書きはじめる。
丁寧に、慎重に、何度もためらいながら。
それでも、少しずつ書いていく。
風が鳴る、夏の夜。
眩く揺れる星たちは、ずっと、そんなリアを見守っていた。
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