第15話 淡い空の色


その日、空は澄んだ青色だった。



白と青い旗が風に揺れ、星の飾りが町を彩る。

大地と空が繋がる、

一年でいちばん特別な日。




ノースフィアは祭りの朝を迎えていた。



いつものように洗い物をしていると、イファがリアの背中に声をかける。


「リア、ちょっとこっちに来てくれるか?」


振り向くと、イファが淡い青色の紙に白いリボンがかかる包みを抱えて立っていた。

リアが手を拭き、イファのもとへ行くと、彼は少し照れたように目をそらした。


「これ……リアに」


差し出された包みを手にとり、リボンをほどく。


淡い青色の包みからするりと現れたのは、雪のように白いワンピースだった。

胸元と袖口、スカートの広がる裾に繊細な金色の刺繍があしらわれていて、光を受けるたびに星屑のように煌めく。



「その……リアも、祭りを楽しめたらいいなって」


水祈の星灯にふさわしい、伝統的な装いだった。


「これを……わたしに?」


リアは思わず、目を見開いた。


「うん、町の仕立て屋のとこに頼んで、作ってもらったんだ」


イファは誇らしげにニカっと笑う。

リアは衣装をそっと胸に抱きしめた。


イファのまっすぐな気持ちをたしかめるように。


「……ありがとう、イファ」


その言葉に、イファは安心したように穏やかに微笑む。



すると奥から、マリナも小さな箱を持ってやってきた。


「そして、これも。リアに外出かけてもらっている間に、内緒で作っていたのよ」


「わたしに、ですか?」


マリナはふふっと笑う。


リアがふたを開けると、布でできたコサージュが姿を現した。

やさしい淡青と白でまとめられた花。

添えられたレースはキラキラと輝き、リアは目を離せなくなった。


「これ……髪飾り……」


「ええ。あなたに贈りたくてね」


マリナの指先が、花びらをそっとなでる。


「あなたが大切にしていた、あのお花がいつでもあなたの髪でまた咲けるように。

リアにきっと似合うと思って、心を込めてつくったの」


リアは胸に押し寄せてくる何かをそっと抱きしめた。

まだ、言葉にならない、何かは、喉を熱くした。



マリナは優しく微笑んで、リアの手を包み込む。


「あなたと一緒に過ごせる毎日は、私にとって、これ以上ない、幸せな贈り物よ」


リアはゆっくり、でもたしかに届くように、声を発する。


「……わたし、今日のこと、きっと、忘れません……」


「えぇ。わたしもよ。忘れられない素敵な一日に、なりますように」


やさしい祈りのような言葉が、朝の光にそっと刻まれた。







夕暮れが近づく頃、リアは自室で純白の衣装にそっと袖を通した。

青い飾り紐を腰に結ぶと、胸の奥がふわりとくすぐったくなる。

鏡に映る自分を、ほんの少しだけ息を潜めて見つめた。


慣れない装いに戸惑いながらも、胸の奥に小さな灯りのような感情が揺れる。

その名前はまだよく分からない。

けれど、たしかに温かくて柔らかな何かが胸のあたりにある気がした。


マリナからもらった髪飾りをそっと添えると、扉の向こうからマリナの足音が近づいた。

「リア、とっても素敵よ」


リアの胸の奥が温かくなる。


「ふふ……私の目には見えにくくてもね、あなたの気持ちはよくわかるの。今日はきっと、あなたの世界が、またひとつ広がる日ね」





二人きりで町へ向かって歩き出す。

イファは警備の仕事で朝から詰所へ行ってしまったからだ。


通りには、星型の灯りが浮かび、白い花があちこちに飾られていた。

灯籠の柔らかな光に照らされて、石畳の通りが淡く染まっていく。


リアはマリナの手を引いて、ゆっくりと歩いていた。


「……とっても、きれいです」


そう言ったリアの声に、マリナはにっこりと笑った。


「そうでしょう? リアに、この町の景色を見せてあげられてよかったわ」


マリナは一度、小さく息をついてから、まるで昔の景色をそっと手繰り寄せるように話し出した。


「実はね、このお祭りにちゃんと参加するのは、はじめてなのよ。

 この町で暮らすのは四年目になるんだけどねぇ……三年前に引っ越してきてから、一度も来たことがなかったの」


「……どうして、ですか?」


「そうねぇ……引っ越してきた当初はね、そんな気分になれなかったの」


マリナは、そっと笑う。

まるで、寂しさや悲しさを紛らわせるように。


そして、ひとつ、呼吸をおいて、ゆっくりとリアに語りかけた。


「わたしとイファ、そしてイファのお父さん、レオと一緒にこの町に引っ越してきたのよ。……昔住んでいた町にはね、住めなくなってしまって……ふるさとを捨てなければいけないのは、とても、とても、辛かったわ」


「……そうだったんですね」


「今でも、ふるさとの景色をたくさん思い出すわ。風で花が揺れる庭先、みんなで囲む食卓、鳥たちが飛ぶ夕暮れの空……今よりも少し幼いイファと……レオと、一緒に見ていた日々を、ね」


大きく、深呼吸をする。


「彼は、優しくて、不器用なほど、まっすぐな人だった……」


マリナは、空を見上げる。遠い昔の記憶を、思い出すように。


「リア、あなたには、いま、なにが見える?」


リアは、マリナが“見ている”空を見上げた。


雲はゆっくりと流れ、淡い夕暮れが町を包む。

星飾りが揺れ、世界は淡い光でいっぱいだった。


「……空も町も、世界はとても、優しい色をしています」


「……それなら、きっと、大丈夫ね」


マリナとリアの間をあたたかな風が抜ける。

マリナは微笑んで、リアの手をそっと握る。

その手は小さくて、あたたかくて、決して揺らがないものだった。


リアは、その手のぬくもりを胸の奥でそっと包みながら、こたえた。


「……はい。わたしも、そう思います」




遠くで祭りの音がする。特別な日の夕暮れだった。




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