現代が現代であることが自分にとっては幸せである。

チーズ

最近恐ろしかったこと

 一芸特化、そんなことを聞いたことがあるだろうか? 色々な定義があるだろうが……ここでは生まれた時に他の人に劣らない才能つまり、一芸が1つだけあると言うことだと定義する。

 そんな定義をするのならば、私の執筆は一芸となるだろう。これが努力故手に入れた物なのか、もともと持っていた才能なのかはどうでもよい。

 結局、いま出来ることに変わりないからだ。 

 

 本題に入ろう。

 ある本の中には、歴史の中の職業として水売りについての情報が書かれていた。水売りについてはココでは語らないが重要なのは、歴史の中……つまり、今はない職業と言うことなのだ。

 水売りは現代には存在しない職業だ。

 少し前までは、それだけで考えることは終わっていただろう。だが最近あったことによってこうも考えられるようになった。

 現代に水売りの才能を持って生まれたら役に立つことは少ないだろうな……と。




 さて……話は結構変わってしまうが自分は今、コンピューターの前に存在している。そして、少し前までのことを思い出していた。

 本当に数日前のことだった。

 その時の私は、アンケートに答えていたのだがそれはアナログな物であり、インターネット上で回答するものではなかった。


「……」


 そのアンケートで書いた文字を見ると、私はある事実を再認識してしまった。

 ご自由にお書きくださいと書かれている部分には、自分が書いた文章がしっかり存在していたのだが、私自身が不自然だと感じてしまうほどにひらがなが含まれていた。

 いや、正確に言うのなら……ひらがなしか存在していなかった。

 ……コンピューターでキーボードをたたいて書かれるこの文章には漢字を含むことができているのにだ。


 この文章を見ると、自分は学習障害らしいことを認めなければならないだろう。

 ……それ故なのかとかは一旦は置いとくとして、自分は幼いころから漢字が書けなかった。小学校低学年の頃はよかったのに、急にできなくなったのは今でも頭の片隅で覚えている。

 きっと、当時の自分は苦しんでいたのだろうと思う。……苦しんだが故に頭の片隅で覚えているのだろうから。


 最近はコンピューターのおかげでそれほど気にはしていなかったのだが……自分はやはり漢字が苦手なのだと自覚してしまう。なぜなのかは自分自身では説明できないが、コンピューターつまりPCでの入力では漢字を書くことができるのである。


 本題に入ってから水売りについて話題にした。

 その時は現代に水売りの才能を持って生まれたら……と言ったがこれは水がない世界の場合でも同じだと考えることができるだろう。

 水がなければ、水売りの才能は生かす場所を見つけられないはずだ。


 さて、これは今の自分にも当てはめることができるはずだ。

 自分の一芸は執筆だ。

 なら……もし、コンピューターがない世界だったら?

 コンピューターに自分が触れられなかったら?

 コンピューターが発明される前だったら?

 自分でも触れられるほど一般家庭にコンピューターが普及していなかったら?



 ……それを考えるのはとても恐ろしかった。




 





 

 

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