第3話 四面楚歌①
レイとシュバルツが出会ってから約4ヶ月後。彼は学がなかった為、出会ってから3ヶ月は最低限の知識と常識を得る為、座学に費やした。知識がある程度整ったのが1ヶ月前で、彼が裏口入学したのもちょうどその頃だ。
そして今、ヴィンディクタスの校長室では、ものすごく嫌そうな顔をしている人物が一人。
「はぁ、お前か……何の用だシュバルツ・イグニール。よもやまた厄介事を持ってきた訳ではあるまいな」
やや短めな銀色の髪、鋭い眼光、初老の男性にしては若々しい。肉体は極限まで鍛えられており、服の上からでもそれがよくわかる。座っているだけで圧倒的なオーラを放つ彼こそが、名門ヴィンディクタスの校長、ドレイク・ベルセリオンだ。
「かかか、明らさまに嫌がるなよドレイク。近くに寄ったからあいつの近況でも聞こうと思ってな」
あいつとは勿論、レイの事だ。本来は一生徒の事など気にする事のないドレイクだが、シュバルツの拾ってきた子という事もあり多少気にするようにはしていた。
「そうだな、単刀直入に言えばゴミ同然。この1ヶ月あの子は周りに溶け込めず酷い虐めを受けているな。期待していた剣も酷いもんだ……今回ばかりはお前の勘が外れたんじゃないか? シュバルツ」
そう、ドレイクの言う通りこの1ヶ月、レイの環境は酷いものだった。新入生の一部の生徒から虐めを受けている。
殴る蹴るなど当たり前で、食堂では食事をわざと落とされ、踏みつけたそれを食べるよう強要している。スラム出身のレイは、それでもスラムの飯よりいいと、躊躇なく口に運ぶ事で彼らを刺激したりもした。
そんな環境だ。当然、友人の一人も出来はしない。というよりも、まともに口をきいてすらもらえない状況だ。
他にも様々だが唯一幸運とも言えるのは同室の寮生は居らず、レイ1人だけな事か。授業さえ凌げばとりあえずの安全地帯を確保する事ができるのだから。
そんな常に生傷の耐えない生活にも関わらず、レイは一日たりとも休まずに通っていた。
その話を聞いてシュバルツは、心配する所か面白がっているように見える。
「いや? その程度は想定内だ。私に啖呵切る度胸がある奴が餓鬼の虐めなんざに屈するはずもない」
「ふん、随分な評価をするものだな。しかしシュバルツ、もしかすると彼は今頃死んでいるかもしれんぞ」
ニヤリと笑うドレイク。シュバルツがその言葉の意味を理解するのに数秒の時間を要した。
「なにを……あー、もうそんな時期か。すっかり忘れてたぜ。ヴィンディクタス最初の難関、暗黒大陸との境界線……超豪雪地帯ヴァルブ大山脈でのクソ合宿か! かかか、あいつクソみたいなタイミングで入学しちまったな」
シュバルツ・イグニールは他人事だからといって心底楽しそうにしていた。
◇◇◇◇◇
新入生達が入学して5ヶ月、レイが編入してきてからは1ヶ月。彼らはヴィンディクタス伝統の長期合宿を合格する必要があった。入学したら安心ではなく、これを合格しない限り、実質は生徒見習いだ。
ヴァルブ大山脈と言えば帝国領地外にある、超豪雪地帯。一年中視界を覆い尽くす程の雪が吹き荒れ、魔物も生息する危険区域だ。液体は数秒で凍りつき、入念な準備をしない限り人間が立ち入るような環境ではない。
そして未開の地、暗黒大陸と人類の生存圏を隔てる自然の砦でもある。暗黒大陸は調査すら非常に困難であり、現状でもほぼ何も分かっていない。
そんな暗黒大陸のまじかにあり、過酷な環境の大山脈で合宿すれば、死者が出てもなんら不思議ではない。そしてやはり毎年少なからず死者は出ているらしい。更に数年に一度は暗黒大陸から魔物が迷い込んでくる、なんて物騒な報告すらある。
とにかく、レイ達は今そんな場所に来ていた。
ヴァルブ大山脈の中間地点にある宿舎でレイは今、必死に雪掻きをしている。今期の新入生は53人。それをA、B、Cの3チームに分け3日間はひたすら雪掻きをする。
その後はサバイバルとなり1ヶ月の間、雪山で生存する事が合格条件。暗黒大陸に入ったり、こっそりと雪山から離脱したものは即退学。それ以外のルールは特にない。
3日間の雪掻きと聞こえは悪いが、3日はこの極寒の中衣食住が保証され、リタイアも受け付けている。何よりいきなり放り出されるより、3日と言えど過ごせば多少は寒さに慣れる。
「はぁ……はぁ……」
(さ、寒い……なんて寒さだ。俺はこんな所で1ヶ月も生き延びれるのか……?)
防寒着を着ているとはいえ気温はマイナス30度。とても防寒着ごときで防ぎ切れる気温ではない。まつ毛は凍りつき、耳や鼻はちぎれそうになるほど痛い。眼球すら凍りついてしまうんじゃないかと心配になる。
「Aチーム、Bチームと交代だ。今日はもう就寝しろ」
ちょび髭を生やした新入生の担当教師ガンズが呼びかけると周りの生徒は即座にスコップを投げ出し、ぶつくさと文句を言いながら寒さから逃れる為、一目散に宿舎に駆け出した。レイも同様に駆け出そうとするが、直後に肩を掴まれた。
「おい、ドブネズミ。お前は残ってBチームに入れ」
レイの扱いはとても教師とは思えないが、最初からこうだったので彼はもう諦めている。
「は……?」
何を言っているのか分からなかった。レイは確かにAチームとして約4時間の作業を終えた。寒くて体中凍りつきそうなのを堪えて、なんとかこなしたのだ。
それをもう一度やれと、ガンズは無情にも言い放った。それもレイたった一人だけ。
「何か文句があるのか?」
「何故俺だけなんですか。こんなのはおかしい。俺はやるべき事はやったはずです」
「くじを引いたらお前の名前が出た。それだけの事だ。それともなんだ? 早くもリタイアか」
ガンズは平然と明らかな嘘を言い放った。彼は入学当初からスラム出身のレイを目の敵にしていた。その延長である事は間違いない。
しかし断ればリタイア扱いとなると、選択の余地はない。リタイアとは退学を意味するからだ。
「……くそったれが!!」
レイは腸が煮えくり返りながらも再びスコップを手に取り雪掻きを始めた。既に体力はかなり消耗していて、最初の方と比べるとスピードは落ちている。これまでも嫌がらせを多く受けてきたレイだが、この仕打ちはさすがに応える。
「あの野郎、いつかぶっ飛ばしてやる……!」
しばらくしてBチームが来たが寒さで手一杯らしく、普段レイにちょっかいを出す生徒ですら雪掻きに専念していた。
ガンズは明らさまにレイを潰そうとしている。ヴィンディクタスから離れた今、この雪山は彼の天下だった。
更4時間が過ぎBチームの雪掻きが終わる頃、再びガンズはレイの元へと近寄ってきた。
「はぁ、はぁ……あいつ正気じゃない。まだ……俺にやらせる気か……」
極寒の中、慣れない作業で体力は底をついている。身体の感覚すら危うい程に。それでもガンズはニヤついた顔で一歩、また一歩と距離を詰めてくる。
「おいレイ、おつかれの所すまんなぁ。Cチームに混ざってくれ。その代わりと言ってはなんだが、明日の夕方までお前は特別に休養をとれ」
「……ほ、本当に、これが終わったら……休ませてくれるんだな」
「ああ、それは約束しよう」
ニヤついたガンズに不信感すら抱けない程、レイは憔悴していた。単純にレイを休ませるなんて、編入当初から目の敵にしているこの男がするはずがない。
何も知らないボロボロの背中を見て、ガンズは酷薄な笑みを浮かべていた。
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