第4話 四面楚歌②

最早記憶すら曖昧な中、レイは計12時間に及ぶ雪掻きを終えた。唇は裂け、凍りつき、ガチガチと歯が鳴っている。自分が何をしてどこにいるのかもあまり認識していなかった。

ガンズがレイを宿舎に連れていくと、皆はまだぐっすりと眠っている。


「お疲れ、お前中々根性あるじゃないか。疲れたろ?早く休め」


「あ……あ」


レイは倒れるように布団に入ると、数秒もしないうちに意識を手放した。




そんな過酷な生活を3日間こなし、遂にサバイバルの日を迎えた。レイはそこでようやく、ガンズによって嵌められた事に気が付ついた。


「今日からお前らには生存をかけて約1ヶ月サバイバルしてもらう。この3日で食料になる草木や動物の狩り方、雪山での過ごし方はしっかり頭に叩き込んだな?」


レイが寝ている朝から夕にかけて生徒は雪山についてレクチャーを受けていたのだ。食料の乏しいこの地で知識がないというのは最悪も最悪。


(あ……あの野郎、やりやがったな!くそ、馬鹿だ俺は!何であんなやつを信じたりしたんだ。少しは疑うべきだったんだ!!)


そうは言っても12時間の雪掻きをこなすのは尋常ではない。終わる頃には思考など二の次で休息を受け入れてしまうのは無理もない話だ。


「リタイアする者は宿舎に戻ってこい。禁則事項以外何をしようと自由だ。支給した装備は紛失しても構わん。では、お前達の健闘を祈る。全員散開!」


合図が響くと約50人の生徒は各方面に散らばった。レイを残して。


「……汚いぞ、あんた」


「はて、一体なんの事だ? これ以上留まるならリタイアとみなすが」


合否を握っているガンズは圧倒的有利。たった一言でレイが得た千載一遇のチャンスは無に帰すのだから。


(堪えろ……堪えるんだ。シュバルツも言っていたじゃないか。地獄の道だって……こんな奴に屈しない。俺は絶対に屈しないぞ……!)


「待ってろよクソ野郎。お前の思惑通りに行くと思うな」


「っ! な、生意気な」


あまりの気迫にガンズは怯み、レイから目を逸らした。


「俺は必ず生きて戻る」


血が滲む程強く拳を握り、己に誓うようにそう言うとレイは唯一の安息地帯を後にした。


◇◇◇◇◇


この合宿での生徒の装備は生き抜く為の最低限と言っていい。厚手の防寒着と火の魔石が三つ、それから剣だ。火の魔石はあまり大きなものではないが、軽い衝撃を与えれば発火する優れものだ。


宿舎から離れて2時間ほど経つだろうか。相も変わらず雪は吹雪、歩けど歩けど銀世界。


「く、寒すぎる……食料もそうだけど、まずはこの吹雪を凌げる寝床を確保しないと本格的にヤバそうだ」


この思考は正しい。食料の前に生活圏を探さなければとても防寒着程度で生存出来る場所ではない。

当然この問題についてレイが寝ている間に指導があった。イグルーやかまくらと言った雪で作る簡易的な住居の事だ。特別難しいものではないが、これに関して全く知識のないレイが思いつくのは非常に難しい。


彼の頭にあるのは洞穴のような場所を探す事であり、自分で作るなんて考えは1ミリもない。

この猛吹雪を避ける場所を探す為、ひたすらに歩を進めている。

その時だった。


「──うわっ!」


背中に強い衝撃を受ける。柔い雪の上では踏ん張りがまるで効かずレイはそのまま雪の上へとダイブする形でずっこけた。


「お〜、随分派手にいったなァドブネズミ」

「ぎゃはは、だっせぇ奴」


(……最悪なタイミングで見つかったな)


むくりと起き上がり雪を払うと、目の前にはいつも絡んでくる4人組がいた。彼らはスラム出身というのを理由に何かと難癖をつけてくる連中だ。


「……なんの用だよ。こんな時にまで一々絡んでくるな」


「雪掻きで鬱憤溜まってんだ。あんまり調子乗らない方がいいぜドブネズミ」


ステイン・ライトニング、それが彼の名だ。四大貴族ライトニング家の次男であり、スラム出身のレイを疎んでいる。

金髪に目付きの悪い彼だが、四大貴族とあって剣の腕だけはクラスでも頭一つ抜けている。


ステインが子分達に目配せをすると、レイを囲むように位置取りをした。


(こいつら……まじの馬鹿だ。この雪山でこんな事し始めたら本当に死ぬかもしれないって想像が出来ないんだ。想像力のないクソ馬鹿か、あるいは本気で殺しに来てるか……いやそんな度胸はないだろうな)


なるべく体力を温存したいレイはどうにかこの場を治める方法を考えた。が、彼らの頭の悪さは一級品。耐え凌ぐしかないとすぐ気が付いた。

彼らは互いに目配せをすると、ほとんど同時に飛びかかってきた。


「ぐっ……!」


前からの拳を避けると、後ろから蹴飛ばされ、その直後に左右からも衝撃を受ける。足場の悪さもあるが、そもそも視界の悪い中、複数相手に立ち回るのは至難の業。それをレイが出来るはずもない。


それからは一方的な展開となり、羽交い締めにされ、殴られ蹴られ。ボコボコだ。


(……どうしてこいつらは毎回邪魔をするんだ。どうして、放っておいてくれないんだ……俺はただ、剣を学びたいだけなのに)


「がはっ……うぐ、も……じゅ、十分だろ」


しばらく暴行を受け、顔も身体も腫れ上がったレイは絞り出すようにそう言った。しかし、悪意の炎はそれくらいで消えることはない。


「スラムのドブネズミが剣聖なんて夢見てんな。剣聖の格が落ちんだろうがよ!」


再び拳がレイの腹部にめり込む。胃液が逆流するのを感じる。

ステインの目を見ると瞳孔が開き、興奮状態にある。明らかな害意を向け、それが止むことがないとわかったレイはある決心をした。


「ぐは……はぁ、はぁ……そうかよ。死ぬ、まで……辞めない、って……言うなら、お前らも……道ずれにしてや、る」


レイはふらつきながらも剣を抜き振り回す事で距離を取ると、ポケットから火の魔石を2つ取り出した。そして1つを地に置き、もう1つを握る。


「お前……正気か?」


ステインは何をするかすぐに分かったのか、狼狽え始める。


「へ……へへ……ざ、まぁみろってんだ」


「イカれた目しやがって、この野郎」

「馬鹿!早く逃げるぞ!」


そして握っていた魔石を全力で、もう1つに目掛けて打ち付けた。

カン、というこ気味いい音が響く。次第に2つの魔石は黒から赤色へと変わっていく。


火の魔石は魔石同士で強い衝撃を与え合うと、数秒後、爆発を起こす。こんな所で爆発があれば雪崩を引き起こす可能性が高い。


4人は悪態をつきながら我先にと逃げ出した。レイはまだ爆発まで数秒の猶予がある事を理解していたため、痛む身体を無理に動かして魔石を出来る限り遠くに投げた。


その数秒後、魔石は爆発し雪山を揺らす。振動はやがて隅々まで伝わり雪の奔流、雪崩を引き起こした。


「……分の悪い、ギャンブルだ」


あのまま暴行を受けていれば本当に死んでいただろう。それならば、雪崩を身を任せた方がいいと判断したのだ。もっとも、生存率は極めて低いが。

次の瞬間、押し寄せる白はレイを飲み込みより一層勢いをまして全てを飲み込んでいった。


◇◇◇◇◇


「かはっ! げほっ!」


数時間後、雪に塗れたレイは息を吹き返した。それは偶然流れ着いたこの場所がどこかの内部で、吹雪を防いでいた事が大きい。単純に運が味方をしたのだ。


「まだ生きてるか……はは」


身体中痛むが、とりあえず雪崩による負傷はないらしい。息を整え一先ず生きている事に安堵する。ふと先程まで猛威を奮っていた寒さがかなりマシな事に気が付き、キョロキョロと辺りを見回す。


「なんだ、ここ……遺跡?」


そこには明らかに、人工的に造られた空間が広がっていた。

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