第28話

あれから、数ヶ月の月日が流れた。


わたくしとアレンさんの婚約は、両国に正式に認められた。わたくしのお父様は、最初こそ鬼のような形相でアレンさんを問い詰めていたけれど、わたくしの幸せそうな顔と彼の揺るぎない誠実さに、最後には「娘を……よろしく頼む」と、涙ながらにその手を握ってくれた。


隣国の皇女殿下も、大層喜んでくださったと聞いている。


そして今日、わたくしは愛する人々の待つ、あの北の領地に最後のお別れを告げに来ていた。


「皆、本当にお世話になりました!」


館の前に集まってくれた、ゼバスチャンやモーリス、メイドたち、そして村の皆。その一人一人の顔が、涙と笑顔でぐしゃぐしゃになっている。


「リーファ様!お幸せに!」


「向こうに行っても、お体を大事になさってくださいよ!」


「隊長!いなくなると、寂しいよ!」


畑仕事探検隊の子供たちが、わたくしの足に泣きながらしがみついてくる。


「ありがとう、皆。わたくし、皆のこと絶対に忘れないわ。この領地で過ごした毎日はわたくしの一生の宝物よ」


わたくしは、涙をこらえ精一杯の笑顔で皆に手を振った。


ヨハンとも今日でお別れだ。彼はこれからも、父の護衛騎士としてヴァインベルク家を支えてくれる。


「……達者でな、お嬢様」


「ええ。ヨハンも元気でね。今まで本当にありがとう」


兄のようにずっとそばにいてくれた彼に、心からの感謝を告げる。彼はわたくしにだけ聞こえる声でそっと囁いた。


「あの堅物騎士がお嬢様を泣かせることがあれば、いつでも私を呼んでください。地の果てまで追いかけて叩きのめしてやりますから」


その言葉に、思わず笑ってしまった。最後まで、彼はわたくしの最高の騎士様だった。


やがて、わたくしは迎えの馬車へと歩みを進める。


その扉の前には、わたくしの生涯の伴侶となる人が優しい眼差しで待っていてくれた。


「……行こうか」


アレンさんが、そっと手を差し伸べる。わたくしは迷いなくその手を取った。


馬車がゆっくりと動き出す。窓の外で、皆がいつまでもいつまでも手を振ってくれているのが見えた。


さようなら、わたくしの愛した人たち。さようなら、わたくしに本当の幸せを教えてくれた第二の故郷。


「……後悔は、ないか」


隣に座るアレンさんが、静かに問いかける。


「これらすべてを、置いていくことに」


わたくしは彼の肩に、こてんと頭を預けた。


「いいえ。後悔なんてありませんわ。だって、わたくしは、何も置いてきたわけではないのですもの。皆との思い出もこの領地の温かさも、すべて、この胸の中にちゃんとありますから」


わたくしは、にっこりと彼に微笑みかける。


「それに、これからは、あなたがいる場所こそが、わたくしの還る家になるのですわ」


その言葉に、アレンさんは愛おしそうに目を細めた。


「ああ、そうだな」


「向こうに着いたら、早速、新しい畑を作らなければなりませんね!帝国のお野菜は、どんな味がするのかしら。ポテトガレットも、皇女殿下に、気に入っていただけると、いいのですけれど」


「きっと、気に入るさ。君が作るものなら何でも」


彼は、そっとわたくしをその腕の中に抱き寄せた。


「約束する。必ず、君を幸せにすると」


「知っていますわ」


わたくしは、彼の胸に顔をうずめて答えた。


「わたくしたちなら、きっと大丈夫。これから、二人でたくさんの幸せを作っていきましょうね」


馬車は輝く未来へと続く道を、どこまでもどこまでも進んでいく。


かつて悪役令嬢と呼ばれたわたくしの新しい人生が、今、最高の形で始まった。甘くて香ばしい幸せの匂いに満ち溢れて。

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婚約破棄は結構ですが。その罪、存じ上げません。 パリパリかぷちーの @cappuccino-pary

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