第30話 カミーユの弓
翌朝、カミーユは寝台の上で目を覚ました。
夜はまだ明けておらず。カミーユは自らの身体に流れる竜の血に由来する瞳の力で、周囲を明るく見渡した。
従者フローラはカミーユの体に抱きついて眠っており、反対側には侍女たちが、これまたカミーユの体に集うように眠っていた。
騎士クラリスは少し離れたところで眠っている。
カミーユは、フローラの眠った頬を撫でながら、騎士クラリスを観察する。
クラリスの横顔は、まるで優れた職人が掘り上げた美しい彫像のようである。
その顔が安堵の様子で眠っている。カミーユはクラリスの緊張が解けたようで、安心した。
カミーユはフローラと侍女たちを起こさないように慎重に起き出し、ベッドの隅で座禅を組み瞑想する。
自らの魔力がもっと洗練されれば、戦士ダノンにかけられた魔法を解くことができるかもしれない。カミーユはそう思いつつ、瞑想に入った。
カミーユが瞑想から覚めると、女たちは皆、起き出していた。
カミーユは水桶の水を使うように指示した。幸いなことに、兵たちはまだ寝ている。
良い兵士は、眠っても良いときにはしっかりと寝て疲労を残さない。カミーユは兵たちを訓練した自らの副官、ヘブナーを思い出した。
故郷のクリン村から離れて久しい。春の種まきは無事に終えられただろうか。
ヘブナーに任せているものの、不安は尽きない。
カミーユの心に望郷の念が起こった。
カミーユは考えを振り払い、朝食はどうしようかと思案する。
この部屋で食べても良いが、巨人の戦士たちに彼女ら、彼らを紹介したほうが良いだろう。
そう考え、皆で食堂へ向かうことにした。
フローラとクラリス、侍女と兵を伴って食堂へ向かうと、すでにそこは戦士たちの朝食の喧騒に包まれていた。
カミーユが姿を見せると、おい、千人戦士がいらっしゃったぞ、席を用意しろ。と巨人の戦士たちから声が上がった。
カミーユに付き従う人間たちの分の座席も用意される。
それらの座席は木材で高さがかさ増しされており、人間でも十分にテーブルに手が届いた。
「ありがとうございます。戦士の皆さん。人間たちは少食ですので、焼いた肉を二本と、蒸した芋を二つ、それぞれに用意してください。エールも少量で問題ありません」
カミーユがそう頼むと、戦士たちは甲斐甲斐しく食事の用意を整えた。
「では、いただきましょう」
カミーユと人間のみなは、神に祈りを捧げたあと、食事を摂った。
ある巨人族の戦士は問う。
「千人戦士カミーユ。今の仕草は何だ」
カミーユは答える。
「我らの神に祈りを捧げているのです。食事の前に、それらの糧を得られることを神に感謝するのです」
巨人族の戦士はふむふむと聞いている。
「神とは、我らにとっての大樹のようなものか」
巨人族の戦士は、大樹を神のように崇めている。ここ数日の巨人たちとの会話で、カミーユは気がついていた。
「はい。あなたがたの大樹と同じように、私たちは神に祈ります」
巨人は合点がいったようだった。
「なるほど、よくわかった千人戦士カミーユ。我らと人間も、共に祈る。それは同じなのだな」
カミーユは微笑んだ。彼らとの友情が永く続けば良い。そう思った。
あちらの席では、カミーユの部下の兵士たちが、巨人族の戦士と笑いながら食事を取っている。
互いに言葉はわからぬはずだが、共にエールを飲み。肉をかじり、友情が芽生えたのだろう。
今など、巨人語の歌を真似て共に歌っている。
カミーユは、百人戦士グルドを呼び、黒鉄の飛竜について尋ねた。
「黒鉄の飛竜ですか。俺も若い頃、今代の父王ゾンネが戴冠するときに、千人戦士ダノンに付いて戦いました。やつの黒鉄の鱗には、俺達の槍も剣も、矢も、通用しませんでした。唯一、千人戦士ダノンの放った矢だけが、その鱗を貫き、射止めたんです。ダノンの矢がなけりゃ、俺達は全滅していたかもしれません」
戦士グルドはエールを一口のみ、言葉を続ける。
「そう言えば、そろそろ黒鉄の飛竜がまた現れてもおかしくない時期ですね。奴ら、数十年毎に現れますから。千人戦士カミーユ。まさかあんたがその黒鉄の飛竜をやろうってんですかい」
カミーユは頷く。
「はい。その通りです。百人戦士グルド」
グルドは天を仰いだ。
「そうですか。あれを倒すには、弓矢が必要です。それもとっておきの強弓が。ちょっと前に、俺等の間でも、黒鉄の飛竜の話は出ました。そしたら、千人戦士ダノンが頭を押さえてうずくまっちまったんです。で、その時はそれ以上、黒鉄の飛竜の話をするのはやめよう。そうなったんです」
カミーユは答える。
「事情を教えてくださって、ありがとうございます。私のための強弓が間もなくできます。以前のダノンのように行くかは分かりませんが、私の弓で、黒鉄の飛竜を射止めたいと思います」
それから三日後。巨人族の火事場から、カミーユの弓ができたとの報せが入った。
カミーユが取りに行くと、巨人の鍛冶師達は唸っていた。
「どうされたのですか。何か問題がありましたか」
鍛冶師の親方と思われるものが口を開いた。
「俺達は千人戦士ダノンに頼まれた。人間の持てる大きさで、ダノンの弓と同じ強さの弓を作ってくれと。それで、俺達はミスリル、よくしなる、魔法の金属で、弓と弦をあつらえた」
カミーユは驚いた。ミスリルと言えば、伝説に名高い魔法の金属だ。その加工も大変難しいと聞く。
「ありがとうございます。それほどの金属の弓を私のために」
カミーユは頭を下げて礼を言う。
「よしてくれ。千人戦士のための弓だ。俺達は全力を尽くす。だが」
鍛冶師たちは頭を垂れた。
「あまりにも小さく強い弓に、弦を張ることができなかった。弓を渡す前にその確認ができないなんて、鍛冶師として失格だ。本当に申し訳ない」
カミーユは事情を理解した。
「わかりました。その弓を見せていただけますか」
カミーユがそう言うと、鍛冶師の親方は弓と、幾つかの弦を持ってきた。
弦は予備もあるのだろう。
「ありがとうございます。私が張ってみますね」
カミーユは弓と弦を受け取り、弓の片側を踏みつけ、弓を逆向きにそらし始めた。力強い反動が手に伝わってくる。
カミーユは自らに流れる竜の血から、魔力を汲み上げる。足と腕、腹と背、肩と腰の筋肉が隆起し、弓を力いっぱい引き絞る。
弓がしなやかに曲がり、弦をつがえる長さまで曲がった。カミーユは片手で弓を支えつつ、もう一方の手で、弦を張った。
そうして、一つの弓ができた。それは魔法の金属ミスリルにより、白銀に輝いた。
弓は、まるでカミーユの手によって、命を得たかのようだった。
カミーユは弦を引く。自らの全力でちょうど良く引ける。まさにカミーユの弓であった。
「ありがとうございます。皆様。とても良い弓です」
カミーユは頭を下げた。
「ありがとう。千人戦士カミーユ。俺達の仕事が報われて、本当に嬉しい」
鍛冶師達は喜んだ。
その後、カミーユは鍛冶場を離れ、千人戦士ダノンを尋ねた。ダノンはまた、食堂にいた。
「ダノン。私の弓ができました。早速ですが、弓を教えてもらえますか」
カミーユは、まるで子どものようにせがんだ。
「カミーユ。約束だったな。射場へ行くぞ。カミーユ、その前にお前は胴鎧を着てくるんだ」
巨人の戦士ダノンは、カミーユの仕度が済むと、射場へ連れて行った。
そこは、大樹を下り、十分程歩いたところにある。大きな砂山だった。
砂山の前には、幾つもの的が、組まれた木材によって、吊り下げられていた。
戦士ダノンはカミーユを連れて、歩き出した。五分ほど歩くと、大きな小屋が見えてきた。
そこには矢や弓が駆けられており、射場であることがわかった。
ダノンは砂山に向き直った。砂山の的は、小さく点のように見えた。
「今からあれを射る。心配するな。最初は砂山に当てれば十分だ。まずは俺が射る。良く見ておけ」
戦士ダノンは自身の強弓を構えた。その姿は、物語に出てくる弓の神のようであり、美しさすら纏っていた。
矢が弓から離れた。幾つもの音の壁を突き破り、矢は真っ直ぐに飛んでいった。
そして、一瞬で的に当たり、それを射抜き、後ろの砂山に潜り込んだ。
「こんな具合だ。真似してみろ」
ダノンはカミーユに丁寧に教えるつもりだった。
「ダノン。あと二回、射てみてもらえますか」
カミーユは、ダノンに頼んだ。ダノンは少し訝しんだが、カミーユの願いを聞き入れた。
ダノンは二回射る。カミーユはその様をしっかりと見た。
「ダノン。ありがとうございます。私もやってみますね」
カミーユは足をやや開き、自らの弓を引いた。
弓に使われた魔法の金属が美しくしなった。
カミーユはつがえた弓を大きく引き、矢を放つ。
矢は音の壁を幾つも居抜き、的に当たった。それは的の中心であり、ダノンの矢より真ん中に近かった。
「ありがとうございますダノン。弓矢の当て方は分かりました」
戦士ダノンは驚き見つめる。
「カミーユ。お前はすごいやつだと思っていたが、俺の予想をはるかに超えるな」
カミーユは答える。
「まだ、止まった的に一度当てただけです。ダノン。今度は石を高く投げていただけますか。それを射て、黒鉄の飛竜を射る為の訓練としたいと思います」
カミーユはダノンに頼む。ダノンはもちろんだと言って、石を集め、上空に投げた。
カミーユはそれらを全て射抜いた。
こうして、カミーユの弓は、カミーユの良き相棒となった。
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